第2話 メイドinマンション


 やがて放課後となり俺は駅前へ向かった。


 棚橋たなばし市は海沿いの街だ。海近くの小高い山の上にある学校から駅前では、徒歩で20分ほどかかる。

 俺が向かおうとしている目的地は、駅前に建っている高層マンションだ。


 天城さんが渡してきた手紙には、手書きの地図と『大事なお話があります』と書かれたメモが同封されていた。

 訪問時間も指定されており、一人で来るように書かれていた。

 天城さんは恥ずかしがり屋のようだから、人気のない場所で告白したがるのはわかる。だからと言って、いきなり自宅に呼び出すか?



(まさか告白からの即ベッドイン……!?)



 俺は善良な一般市民だ。今年で16になる健康な一般男子だ。

 隠れ巨乳の女の子に自宅へ誘われたら、エロエロと妄想するわけで。



「いったん落ち着こう。そうと決まったわけじゃない」



 俺は声に出して自分に言い聞かせたあと、エントランスロビーへ向かった。

 受付用のインターフォンに部屋番号を入力。呼び鈴を鳴らす。



『はい。天城です』


「俺俺、俺だけど」


『風馬くんですか?』


「そうそう。俺だ。風馬だ」


『来てくださったんですね。よかったです』



 インターフォン越しだが、天城さん本人の安心したような声が聞こえる。

 ほっとしたのは俺も同じだ。これで悪戯ではないことが証明された。

 エレベーターに乗り込み、最上階である20階のボタンを押す。



(けれど不用心だな……)



 結果的にオレオレ詐欺になってしまったが、俺が本物の詐欺師だったら天城さんはまんまと騙されたことになる。



(天城さんは頼りないところがあるからな……)



 天城さんとは高校に入学してからの仲だ。

 教室ではあまり話したことがなくて、美化委員として一緒に掃除を行うときだけ言葉を交わす。そんな薄い繋がりだった。

 交わす言葉こそ少なかったものの、天城さんが何事にも一生懸命に取り組む頑張り屋なのは知っている。

 誰もやりたがらない美化委員に立候補して、文句も言わず掃除に励んでいる。

 天然でそそっかしいのか、せっかく集めたゴミを転んだ拍子にぶちまける……といったドジな一面も目撃した。



(護りたくなるというか。なんとなく放っておけないんだよな)



 誘われるままにマンションを訪れたのも、天城さんと話をしたかったからだ。

 告白じゃなかったとしても、俺に話があるのは本当だろう。

 もしも困っていることがあるなら力になりたい。それは俺の本心だった。



『――20階です』



 なんてことを考えていると、エレベーターが20階に到着した。

 廊下に出たところで――



「お待ちしておりました。風馬颯人様ですね」



 目の前にメイドさんが現れた。



「は……? えっ……?」



 突然のことで頭の整理が追いつかない。驚きで目が丸くなる。


 俺の前に立ち塞がる女性は、メイドとしか形容できなかった。

 黒を基調としたシックなデザインのエプロンドレスに身を包み、青みがかった黒髪をアップにまとめている。これをメイドと呼ばずして何と呼ぼう。

 年齢は二十歳前後だろうか。メイドのお姉さんは濃い群青色の瞳を冷ややかに細め、値踏みするように俺の体を見つめた。



「背の高さは合格。筋肉量も申し分なさそうですね。これなら”使える”でしょう」


「なんだぁてめぇ……」



 何ですかあなたは。僕はこの階にいる天城さんに用事があるんです。そこを退いてください。

 そう伝えようとしたが、俺の舌は上手く回らず相手を挑発してしまった。



「くすっ。狂犬のような目つき。気に入りました。やる気も十分のようですね」



 メイドさんは俺の挑発(誤発)など意に介さず、キツネのように目を細めて妖艶に微笑むと。



「確保っ!」



 パチンと指を鳴らす。

 次の瞬間、メイドさんの背後からサングラスをかけた屈強な黒服たちが現れた!

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