第25話:花の努力。シチュエーションボイスにヘタレネキ

 あれは今から36万。いや、1万4000年前の出来事だったか。

 まぁそんなことはないのだけど……。


 だいたい5年ぐらい前だっただろうか。

 昔から声だけはいいという話を聞いていたので、兼業として同人声優としての仕事も受けてみよう、という話になったのだ。

 まぁ私は演劇の練習とかはしたことないけれど、声がいいなら問題ないかな。なんて楽観的に考えていたんだけど……。


『え……。奈苗ちゃん、それ本気で言ってる?』

『本気って、ちゃんと演技してますけど』

『……やめようこの話は。奈苗ちゃん、演技ひどすぎ』


 ◇


「っていう話があったんだよぉぉぉぉぉ!!!!」

「あぁ……」


 流石に同情の目で引かれてしまった。

 それはそうだ。私に演技を鍛えたことなんてなかった。

 それこそ半年ほど前に、Vtuberという半分演技に触れたものの、たったその程度。

 私には演技力のえの字もないのだ。Vtuberフィルターを通さなくても、ふえ~! なんて情けない声が出てきてしまうかもしれない。


「奈苗お姉さん、そんなに演技力ダメなんですか?」

「ダメ、って……。ダメって……。ダメじゃないもん。ダメじゃない……」

「あぁ……」


 案の定、私はかなりトラウマになっていた。

 明確にあんなにも否定されたのは初めてだったかもしれない。

 それにひどすぎって。ひどすぎってそんな……。私、真剣に演技してたのに……。


「ちなみにどんな感じだったんですか?」

「あー、えっと……。ちょっと待ってて」


 そういえば当時のデータがあったようななかったような。

 えーっと、うーん……。パソコンの中を漁ってなんとか見つけ出した。

 怖い。怖すぎる。今からこんなデータを2人で聞くだなんて本当に怖い。


「い、行くよ?」

「はい……っ!」


 瑠璃ちゃんの生唾を飲み込む、ゴクリ、という音が合図となり再生を開始する。

 台本の内容は確かシンプルな恋愛もの。愛の告白、みたいなやつだった覚えがある。

 流石に5年前の記憶。そこまで酷いことはないと思う。


『……あ、あ、あ』


「え?」


『えあ、えっと……。すすきです!』


「ん?」


『ずと前から! えその。なんだっけ次。あ、えーっと……っ!』


 思わず再生を停止した。

 頭を抱え、のたれ死にそうになった。


「なんなんだよこれはぁ!!!!」

「いや、えっと。わたしは好きですよ? すごく。とても緊張しているご様子がとても……」

「基本棒読みじゃん……。この後もう聞きたくない……。死にたい……」

「うわ……」


 正直に言おう。この後も一応聞いたけど、ボロボロだった。

 緊張で棒読みのセリフ。緊張で噛むセリフ。緊張で飛ぶセリフ。

 それからガチガチの抑揚のない声が、普段とは違い、完全に死んでいた。


 これならふわふわさんとしてやってきた半年の方がまだマシに見える。

 ふえ~! とか、ふわふわですよ~! とかそういうので客を取ってきた方が実はマシだったらしい。


「ま、まぁ……2人で撮りますから。なら大丈夫じゃないですか?」

「大丈夫じゃない気がするんだけど」

「これはかなり重症ですね……」


 なんというか。自分の演技がこれほどまでに酷かったのかと、再確認してしまって大分やる気が削がれてしまった感じだ。

 これ以上にないほどの恥。世間には晒したくない黒歴史。封印しておきたい記憶。

 もうこれを聞いた以上、瑠璃ちゃんも合わせて、活かしてはおくまい。


「瑠璃ちゃん、今からこの恥を墓まで持っていくから、絶対に誰にも言わないで」

「あ、はい……」


 鬼気迫る表情と声色だったからだろうか。

 瑠璃ちゃんは素直に怖気づいてしまったらしい。ふぅ、これで口止めはなんとかなったかな。

 あとはなにか今度賄賂でもご馳走しよう。


「誰にも言わなかったら、今度何かごちそうするよ」

「……え?! デートしてもいいんですか?!」

「そんなこと言ったっけ?!」

「言いました! わたしが!」


 自分本位すぎか?!

 まぁいいですけど。デート。デートなぁ……。


「そういうデートって、男子とかと行かないの?」

「行きませんよ。男子って怖いですし」

「そんなもん?」

「だって怖くないですか? いきなり呼び出して『好きです!』って言ってくるの」


 わっ。モテモテだぁ。

 こんなにかわいい子だったら、学校では高嶺の花なのかもしれない。

 清楚で、ぽけーっとしてて。それを憂い帯びたものとしてみるのであれば、さらに美しく見えてくる。

 そりゃあモテるだろうな。男子もワンチャンあれば告白するだろうなぁ。


 同時に考える。確かに見ず知らずの人からいきなり好きですって言われるの、かなり怖いな。

 断ったら何をしてくるか分からないし、暴力に訴えてくるかもしれない。

 それは、うん。怖い。同情した。


「その分お姉さんなら知ってますし、残念ながら安心できますし」

「なんで残念なの?」

「お姉さんが知らないことなのでいいです」


 何の話なのだか。

 まぁ無闇矢鱈に襲うような真似とか、裏で黒い組織と繋がってることなんてないし。

 ただの社会不適合者のぼっちだからね、あはは。はぁ……。


「でも演技の練習は必要かもしれませんね」

「え、しないよ?」

「ならリスナーさんの声を無視するんですか?」

「うぐぅ……」


 それは。それはそうなんだよ。

 リスナーが期待しているのは私たちのシチュエーションボイス。

 要は私みたいな声で演技してほしいというものだ。


 でも都合よくそんな演技できるような知り合いなんていないし。

 稽古をつけてくれるだなんて、以ての外だと考えている。


 もしかして、瑠璃ちゃん。いるの……?!


「わたしと一緒に練習しましょう! お姉さんのことはあまり紹介したくないですが、相手はいらっしゃいますので」

「あ、いるんだ……」

「なんで落ち込むんですか」


 瑠璃ちゃん、私よりもコミュ力あったんだなぁ、ってちょっと目の前が眩しくなっただけだよ、うん。

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