第20話:花の紹介。華麗なるコンビを目指して

「はぁ……はぁ……。疲れた……っ!」


 配信が終わり、軽い雑談をした後に通話を切って、どでかいため息が口から溢れ出してしまった。

 いや、配信は割りと大盛況だったよ。途中不仲営業とか言われていたけどさ。私たち本当に仲がいいんだよ。いいんだよね? そう信じていいんだよね、瑠璃ちゃん?!

 だから私が配信の内容で疲れているわけではない。どちらかというと瑠璃ちゃんの暴れ方についての話だった。

 配信ではあんなキャラなのかと再確認して、絶望した。毎回あれとやらなきゃいけないのかと。

 私に対してはグイグイ来るし、稀によく見せる天然っぷりは素なのか、キャラなのか。実際接していてもわからないところだった。


「真面目だけど抜けてて、でも私にはグイグイで……」


 そもそもあんなに天然だったっけな?

 私には世話焼きでちょっとアピール強めな子にしか見えないのに。

 まぁ、それぞれ見え方というものもあるか。ここ10年できっと何かが変わったのかもしれない。


「あるいは、私が変えてしまったのか……」


 瑠璃ちゃんが来るまでの間、ふと過去に思い更けてみることにする。

 ハッキリ言って昔の私はかなりエネルギッシュだった。ギッシュ過ぎて、徹夜とか平然としてたし、その途中ずーーーっとダンスの所作や、完璧な笑顔の作り方などを勉強していた。

 もちろんお母さんには怒られていた。当時はそれが嫌だった。


 それから公園で練習していた時に瑠璃ちゃんが見て、一緒に遊ぶようになったんだよね。

 あの時は普通に普通の女の子だった。周りより人一倍可愛かったし、笑顔もハツラツで眩しくて、これぞ健康的な少女、みたいな?


「そうなんだよなぁ。私と別れた後から変わっちゃんたんだろうなぁ」


 流石に過去のことにはあまり触れづらい。

 どういう心境だったのか。どういう事が起きたのか。それらすべてが私のせいだから。

 悪魔の張本人が何を今更、って感じだもんね。


「それはこれからの交流次第かなぁ」


 まずはあの瑠璃ちゃん天然フォームをなんとかしなきゃ。

 試しに今日は瑠璃ちゃんのことをしずくちゃんと、リアルでも呼んでみることにする。


 そんな事を考えていたら、ピンポーンとチャイムが鳴る。噂をすればってやつだ。


「こんばんは……」

「うん、入って……」


 心なしか、配信で暴れ散らかした後だからだろう。ちょっとだけ凹んでいるように感じる。

 お陰で例のあの気になる人の質問の感情をスルーできそうで少し安心した。


「今日は何作ってくれるの?」

「カレーです。お姉さんは辛いのいけます?」

「無理! 甘口にして!」

「よかった。わたしも甘口派なんです」


 辛さは痛みだという。痛いのを好んで食べる人なんていうのは真の意味でドMに違いない。

 ちょっと主語が大きすぎる悪口だから、この辺で抑えておくけど、それぐらいには辛いのは苦手な方だ。

 でもVtuberを続けていく上で、避けては通れない道なんだろうなぁ、辛いもの。

 できれば甘々なスイーツを食べながら、一生暮らしていけるちょろい人生でありたいものだ。社会人になってからは特にそう思う。


「あの、お姉さん」

「ん?」

「……すみませんでした」


 え、なんのことじゃ?

 なんてことは流石にない。きっと配信内でのことだろう。

 包丁で野菜を切る手を止めると、彼女はその先の話を続ける。


「いろいろ失敗してしまって……。お姉さん呼びとか、ボーッとしてたり、とか……」

「いいよそのぐらいのこと! 緊張してたんだなーって思うし、ネットに慣れてないならなおさらだよ!」


 要するに慣れとか経験の話なんだ。最初は誰でも失敗するし、誰だって初心者からスタートする。

 いきなり大物になれ、だなんてことは、口が裂けても無理だと思っている。

 努力と研鑽。それから図太い神経。これは本人の素質もあってこそできることだ。そう簡単に成功されてたまるかっての。


「でも……」

「私はよく頑張ってたと思うし、不仲営業なんて言われるぐらいにはすれ違ってたわけでしょ? だから大丈夫だよ!」

「それって、いいんですか?」

「さぁ? そもそも不仲営業って何?」


 仲がいいなら百合営業で分かるんだけど、不仲営業って不仲を営業してるの?

 なんでそんなことしなくちゃいけないんだ。私たちは仲がいい事アピールがしたいのに。


「まぁでも、それは仕方ないですよ。お姉さんが鈍感なので」

「え、なんでそうなるの?!」

「ふふっ、なんでもありません」


 手を止めていた調理がまた動き出した。

 私には彼女やリスナーたちが考えていることは分からないけれど、ごきげんそうに鼻歌を歌いながら、具材を焼いている姿に私は何も言えないわけで。

 なんだかなぁ。10歳も年齢が離れていると、若い子が考えていることなんて分かんないんだなぁ。

 悔しい。心はまだ未成年なのに。


「お待たせしました、甘口カレーです」

「やったー!」

「それでは!」


「「いただきます」」


 カレーの味は優しくカレーと野菜の甘味が混合しあっていて、とてつもなく美味しかった。

 私たちもこのぐらいのコンビネーションが見せられるような華麗なるコンビでありたいものだ。


「それで、その……」

「ん? まだなにか?」

「……気になっている人って。あ、えっと。わたしと仲良くなりたいって思ってるのは、本当ですか?」


 まだそんな事を聞いてくるのか。用心深いというか疑り深いというか。


「そんなに信じられない?」

「い、いえっ! 信じられないっていうよりも……。いえ、信じられないかもしれません。あのお姉さんがわたしと、だなんて」


 たまに、彼女は私のことを神格化してくるようにも見える。

 でもそれは違う。私だって普通の人間だ。ちょっと歳を食って、社会に出ていようとも、それは変わらない。


「私はいつだって瑠璃ちゃんのことを気にしてるし、仲良くなりたいって思ってる。それは本当の本当に思ってることだよ。だから信じてよ、私のこと」


 精一杯の微笑みを私は彼女に向ける。

 そこには10年前、何も言わずに出ていったことへの贖罪があるかもしれない。

 けれど今はそれとはまた別の、友だちでありたい、という気持ちも込められている。

 だって。1人は寂しいから。


「……はい。うん、そうですよね。お姉さんが嘘をつくはずないですよね!」

「ううん、お姉さんはわるーい大人だから、瑠璃ちゃんを騙してしずくちゃんにしたんだよー?」

「ふふっ、なんですかそれ。ありがとうございます、これからもよろしくお願いします。ふわふわお姉さん!」

「こちらこそ、可愛いしずくちゃん!」


 くすくすと食卓からは笑みが溢れる。

 そうだ。そうなんだ。私たちはまだ始まったばかりなんだよ。Vtuberも関係性も。

 10年前に戻れるようにとは言わない。けれど私は彼女のお姉さんなんだ。頑張って仲良くなりたい。


 それが、今の夢なのかな。いや、目標だ! 夢は散るもの。目標は、進むもの。

 だから進む。私の目標を叶えるために!


「よーし! 目標は2人揃ってまず500人! そこでパートナー化だー!」

「おぉー!」


 よし、頑張るか!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る