第14話:雨の百合。期待と不安

 百合営業とは何か。

 というか、そもそも百合とは何か。花の意味ではないらしい。

 花の精霊だから、百合の花を配ろうとかそういう企画ではないのだとか。


「女の子同士の友愛、愛情。もしくは関係性を意味する、かぁ……」


 友愛。愛情。関係性。

 一言で言いくるめてしまえば、多分だけど……。


「恋愛活動……」


 奈苗お姉さんが言っていたことはこんな感じの話だった。

 そもそもわたしをデビューさせたのはお姉さん自身の目論見でもあったのだ。

 目論見通り行って、それはそれで複雑な気持ちだけど、問題はそういう話じゃなかった。


 奈苗お姉さんのアバター、フワワー・フワリーとわたしのアバター、雨犬しずくで百合営業するということだった。

 先日訪ねた時の身バレの際、どうやらわたしの声が思いの外出てしまったらしく、配信内にバッチリのっていた。お姉さんはこれの正体を明かすことでフワワー・フワリーのアイドル性を担保したらしい。それって出来てるのかな。


 続いてわたしがあのとき言っていた幼馴染であることを明かせば、自ずと期待を寄せるはず。

 雨犬しずくとしての注目度も上がりつつ、かつ仲良し活動をすることで、より集客力を上げようという寸法らしい。


 らしいんだけど……。


「奈苗お姉さん、わたしのこと全く考えてない……」


 わたしの! この! 胸の内側に秘めてる感情を! どうすればいいんだ!!

 部屋に戻ってくるまでずっと頭が重たかったよ! なんというか。わたしがそれ相応の変な感情を持っていることに、お姉さんは気づいていない。

 はぁ……。奥手なわたし。というか戻ってきて数日で分かるわけがない。


「でもなぁ。お姉さんってわたしには甘い気がするし気づかなさそう」


 学校ではぼんやり気味だけど、お姉さんのこととなると話は別だ。

 もっとしっかりしないと。少なくとも、料理ができないお姉さんにとってはわたしは必要不可欠なはず。

 でもしっかりするのって、疲れる……。


「はぁーーー……。つかれた……」


 ベッドに倒れ込むようにして寝転がる。

 Vtuberとしての初配信。お姉さんからの百合営業発言。それから……。


「頭、撫でてもらったなぁ……」


 皮膜に記憶している感触を呼び起こす。

 はぁ。優しく撫でてくれた。嬉しかった。この上なく、ご褒美だった。

 もっと撫でてほしい。もっと優しくしてほしい。お姉さんに対してはしっかりしないといけないな、と戒めたつもりなのに、思い出すだけで甘えてしまいそうになって……。


「お姉さん、ずるいよ。こんなんじゃ、好きになっちゃう……」


 わたしは女子校だからそういう話も珍しくはない。

 なんだったら王子様ポジションの女の子がいたりするし、逆に量産型の可愛い子もたくさんいる。

 女の子同士でくっつくのだなんて今の時代はそれが普通なのかもしれない。


 けれど、それは各々の価値観がそうしているだけで。

 お姉さんがどう思っているか分からない。

 大人だからそういうことは口には出さないけれど、もしかしたら嫌悪感を示しているかもしれない。

 逆に無関心で、わたしからそういう目で見られてることすら気づいていないかも。


「はぁ……。前途多難だなぁ……」


 布団を被ってつぶやいたーを眺める。

 フワワー・フワリーもとい、ふわふわさんがわたしのことを褒めてくれていた。

 なんだか嬉しい。嬉しいけれど、そこには営業のことしか頭になくて……。


「あー、前途多難だぁ……」


 わたしの気持ちなんて、全然知らないんだろうな。

 前も考えた気がする。どんな気持ちで次会えばいいんだろう。

 少なくとも、明日呟いたらきっと、返事を飛ばしてくるだろう。営業として。


「はぁ……。寝よ」


 こういう時は寝るに限る。布団は何者も優しく包んで、難しいことを先送りにしてくれるから好きだ。

 願わくば、朝起きたらすべての問題が解決していたらいいのに……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る