第13話:雨の配信。初配信のご褒美
配信が終わって、事前に買っていた材料を持って奈苗お姉さんの家まで向かう。
家が近いのもあるが、こうやって女子高生が夜に出歩くのはどうなんだろう、とはたまに思う。
まぁ、多分だけど。そんなに危険じゃないから大丈夫なはずだ。
「来ましたよ」
「ん、お疲れさま、瑠璃ちゃん」
でも生活態度壊滅的お姉さんの家に毎日遊びに行くのは、それはどうかと思ったりもするが。
とにかく、今はお姉さんの料理を作ってあげなきゃ。
「今日はどんなの?」
「冷凍コロッケをそのまま揚げようかと」
「えー、なんか本格的じゃない!」
「節約も大事ですよ、お姉さん」
仕事はしているのだろうけど、ホントに仕事しているのかなこの人。
奈苗お姉さんのお部屋を覗いたことはあるけど、資料まみれというわけではなく、ただ殺風景な部屋だった。思った以上に簡素で、質素で。パソコン以外は椅子と机だけ。
10年前はもうちょっと賑やかで可愛いお部屋だったと思うんだけど。
あるいは思い出補正なだけで、実は今も昔も、それほど変わっていないのかもしれない。
でも。なんか本当に。突然いなくなってしまってもおかしくないぐらい、身の回りが整頓されていた。
「はい、おまたせしました。牛肉コロッケ」
「おぉー、ありがとー! それじゃあ、いただきます!」
「いただきます……」
Vtuberとしてやっているから大丈夫だろうという反面、少し心配になってしまう。
ふとしたタイミングで、目の前から姿を消してしまわないだろうか。
「いやぁ、初配信よかったよ! かわいかった!」
「ありがとうございます。すごく緊張しましたけども」
「それが初々しくてとてもよかったよー!」
わたしって、ぼんやりしている割にはきっとそういうことには敏感なのかもしれない。
例えば人が離れようとした時に、何らかのセンサーが反応して、引き留めようとしたり。
だからわたしが引き止めれば、奈苗お姉さんはここにいてくれる。多分だけど。
「それって本当にいいんでしょうか……?」
「いいに決まってるよ! 瑠璃ちゃん、すごくいい声してるし登録者だってもう100人行ってるし!」
「そうですかぁ? えへへ、ありがとうございます」
純粋に嬉しい。わたしのやったことが、素直に評価されてお姉さんに褒められるのが。
いい声してるって、たまに言われるけど自分では自覚がなくて。でもお姉さんはいいって言ってくれて。
……もしかして、わたしが甘えれば。わたしが奈苗お姉さんにくっついていれば消えたりなんてしないんじゃないだろうか。
しょうがないよね。10年間、ほったらかしにされたんだから。少しぐらい甘えても。
「お姉さん」
「ん? なにー?」
ちょっと恥ずかしいけれど、勇気を持って口にする。
「頭、撫でてもらっていいですか?」
「頭ねー……。へっ?!」
「……~っ!」
奈苗お姉さんの隣に座ると、わたしは彼女の方に頭を寄せる。
少しお姉さんがのけぞったのなんて構わない。そう傷つく心を無視して頭を差し出した。
「で、でも。子供じゃあるまいし……」
「まだ未成年ですし」
「ほ、ほら! 特に記念すべきこととかないでしょ?!」
「今日の初配信、わたし頑張りました! ご褒美が必要です」
「いやぁ、こういうのは。その。好きな人にしてもらうべきで……」
「10年間ほったらかしにしてたんですから、このぐらい……。してください」
あはは。お姉さん、すっごい困ってる。実際わたしもとても困ってる。
言い訳はいくらか考えてきたけど、10年ほったらかし罪以外に、特に言い訳はなく。
でも、好きかもしれないから。ほら。そういうのもありなのかもしれないし。
そんなことを頭の中でぐるぐると回転させていたら、ぽんっと、頭の上にふわりと手が置かれた。
愛おしそうに、割れてはいけない丁寧なものを撫でるように。お姉さんはわたしの頭を優しく撫でてくれた。
「ん……。くすぐったい」
「頭撫でてるだけだから! そんな、変な声出さないでよ」
「触り方が優しいからくすぐったいんです」
耳元まで撫でると、繰り返すように頭の天辺に撫でる手を置く。
それからもう一撫で。まだ欲しい。もう一回……。
「ね、ねぇ。このぐらいでいい?」
「は、はいっ! 今日はこのぐらいで!」
一生撫でてもらいたい、だなんて思ってしまうのはちょっといやらしい考えかもしれない。
でもそのぐらい気持ちよくて、豊かで。幸せな時間だった。
「私も、今後はこういうことに慣れていかないとダメなんだよね」
「どうしたんですか?」
「あぁ、今後の方針の話ね。私たち、百合営業っていうのに挑戦しようと思うんだ」
「ゆり、えいぎょう……?」
それはまぁ……。なんですかそれは?
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