第12話:雨の配信。緊張の初配信
「えっと。えーっと……」
どうしよう。配信が始まった直後に緊張で頭が真っ白になってしまった。
えーっと、何すればいいんだっけ。まず。あー、まずは……っ!
「濡れた心にタオルと傘を! バーチャルかざ……っ!」
:噛んだ
:噛んだな
フワワー・フワリー:噛んだね
自分の名乗り挨拶を噛んでしまった。
嘘でしょ。でも当たり前と言えば当たり前か。普段からみんなの前に立って発表とかするタイプではなかったし。
でも恥ずかしいものは恥ずかしい。両手で顔を覆って恥をみんなに見せないようにする。
「は、はずかしい……」
:かわいい
:かわいい
このままではダメだとは頭のどこかでは考えていても、動かなきゃいけない脳みそのどこかが緊張で完全にフリーズしてしまっている。
えっと。とりあえず、名前を言わなきゃ。えっと。えっとぉ……。
「あま、雨衣っ! じゃなくて、雨犬しずく、です! はい!」
:かわいいぞ!
:あまいぬー!
:初見です。チャンネル登録しました。
フワワー・フワリー:b
あ、なんとかなった? えっと。大丈夫かな。
「大丈夫ですか? 配信とか音とか」
:BGMが付いてない
:声ちょっとちっちゃいかも
「あぁっ! すみません!!」
こんなことならちゃんと奈苗お姉さん、もといふわふわさん相手に練習すべきだったかもしれない。
インパクト重視で1週間の突貫工事は当然ながら脆い。
モデルの動きとか、背景とか、最低限のことは何とかなったとは言えども、すべてがオール満点なわけじゃない。
付け焼刃にはボロが出る。ふわふわさんの作戦、本当にうまく行ってるのかな。
「こ、こんな感じでどうでしょう?!」
:おけ
:いいね
:落ち着いて落ち着いて
そ、そうだ。コメント欄の人の言うとおりだ。落ち着こう。落ち着いて……。
フワワー・フワリー:深呼吸! はい!
「すぅー……はぁ……。すぅ……。はぁー……」
暴れていた心臓が爆音からちょっと収まった気はした。
はぁ。冷静に。冷静に……。
「えー、今日は来てくださってありがとうございます。今日の配信は簡単な自己紹介ということで、こんな感じで画像を用意してきました」
:えらい
:たのしみ
:うぉ、クオリティたか
画像。所謂自己紹介パネルみたいなやつだが、これはほぼ全部ふわふわお姉さんに作ってもらった。
というのも、わたし自体パソコンは持っていても、もっぱらスマホの現代っ子。画像を編集する技術はあまり持ち合わせていなかった。
ただ配信の完成度という面で言えば、それじゃあ物足りないし、来てくださった方が必ずチャンネルを登録してくれるかは限らない。
これからの活動をどうするかはさておき。今回はふわふわお姉さんにお手伝いをしてもらう運びになった。
一緒に活動するって言っても、どういう感じにやるんだろう?
「名前は雨犬しずくです。一応雨の日の犬の具現化Vtuber、って感じです」
:一応
:雨の日の犬。謎概念
:はしゃぎまわるタイプには見えないけど
「趣味は甘いもの食べたり、犬の動画見たりです。あまりはしゃぐ方じゃないですね」
:おしとやか
:真・清楚か?!
フワワー・フワリー:清楚だねー
清楚? まぁ。うーん。汚れてるところはないと思うけど、そんなに清楚かな。
もちろんVtuberが率先して口にする『清楚(?)』ではないことは確かだが。
:まだわからん。猫かぶってるかもしれない
「素の自分、だと思いますけど。どうなんでしょう?」
:ワイらに聞かれても
:なんか心配になるな
:天然な方で清楚かぁ
会話にはなってるんだと思うけど、わたしってそんなに頼りないのか。
心配になるって言われても……。あー、でも綴にはよくぼんやりしてるだの、心配するだの言ってたなぁ。
「えーっと。性格は見てのとおりです」
:把握
フワワー・フワリー:むしろ心配になる
:守護らねば
「年齢は犬の年齢としては2歳で、人間としての年齢は17歳の未成年ですね」
間違ってはいない。未成年だということはここで公言しておかなければならない、というのはふわふわさんにも言われたことだ。
あくまでふわふわさんという親代わり? みたいなVtuberがいないと、面倒なことになるって言っていた。
:若い
:まぶしい
:2歳も17歳も確かに未成年だわな
「成人するまではコメント欄にもいるフワワー・フワリーさんが保護者代わり? になるんでしょうか」
フワワー・フワリー:そうです! 私が育てました!
:あぁ、だからいるのか
:なるなる
:りょ
「しばらくはふわふわさんと一緒に活動する流れになります。ソロの時も、多分いるのかな?」
いちいち言葉が曖昧な理由は、わたしがそこまで飲み込めてないのもある。
忙しかったのか、詰める時間が無かったのか。活動の方針はあまり決まってなかったりする。
だからかなりふわふわしていた。リスナーの方々にはそれ以上にわたしの性格がふんわりしてるから、心配なのかもしれないけど。
:まぁふわふわさんがいるなら大丈夫か
:フワネキなら
:初見です。モデル綺麗ですね
「あ、そうだった。わたしのママのご紹介しますね。モデルの作成者は白雪にか先生という方で――」
◇
それからしばらく。初見さんへの対応や質問などを読んでいると、あっという間に1時間が経過しようとしていた。
ふわふわさんに聞けば、自己紹介の初配信は1時間程度で収めておくべきらしい。
なのでこの辺で終わりにしようと思う。
「切りが良い感じなので、今日はここまでです。はい」
:初配信楽しかった!
:不安になるけど癖になる!
:フォローしました!
明るい言葉ばかりで、なんというかわたしがもらっていい言葉なのか少し悩んでしまう。
けれど前に奈苗お姉さんが言っていたことを思い出した。
賛辞は素直に受け取るべきだと。
「あ、ありがとうございます!」
フワワー・フワリー:これからよろしく!
「はい! それでは今日はこれで。雨の降る日にまた!」
:あまおつ!
:あまおつ?
:お疲れ様でしたー!
:おつおつ
フワワー・フワリー:おつかれー!
えーっと、配信終了ボタンを押下して。
自分の配信画面がちゃんとオフラインになったことを確認する。
よし。よし。よーし……。
「お、終わったぁ……」
バクバクの心臓がここぞとばかりに重たい鉛のようにずっしりと重たくなる。
同時に全身から力が失われたかのように、ぐだーっと椅子にもたれかかった。
はぁ。はぁ……。終わった。終わった。
「終わったんだ……っ!」
まるで真っ白だった。何も覚えてない。けれど楽しかった、という気持ちだけが残っていた。
疲れた。でも楽しい。夏休みに海に行って、家に帰ってきた後の感覚。
過酷な環境だったのに、それ以上に楽しいが上回っていて。とにかく不思議な感覚だった。
1つ小さな息を吐き出すと、ぽろん、とロインの音が鳴った。
『初配信お疲れ様! 後でご飯食べよ!』
奈苗お姉さんからだった。そっか。初配信、なんだもんね。
終わったんじゃない。今から始まるんだ。わたしのVtuber活動は。
何にも満たない実感だけが手の中に残る。
だけど……。
「頑張ろっと」
今日、この日を無駄にしないように、わたしは前に進みたいな、と思った。
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