第11話:雨の配信。Vtuber、始めました!
それからあれよあれよと時が過ぎ去っていき、1枚のモデルがわたしの元に届いた。
「わぁ……」
「どう? にか先生のイラストは」
「すごく、素敵です……」
繊細なペンの使い方が毛先まで行き届いている。
でも華奢や鋭角的なイメージはなく、むしろ女の子らしいちょっと丸みを帯びたかわいい印象を受ける。
表情も少し憂い帯びたところまで、わたしそっくりなところもあったり。
すごい。こんなの本人のことを見ないで描けるんだ……。
「だから言ったでしょ、天才って」
「ちょっと腰抜かしました」
「つぶやいたーに上げてみたら? 反響すごいと思うよ」
「はい、やっておきます」
今はこのモデルの細部を見て、この細やかさに浸っていたいところだった。
自分のために描いてもらったイラストなんて、一般人にとっては未知なる体験だ。
それに全身、フルデザインで自分を描いてもらって。こんなの喜ばない方がおかしい。
これがこれからわたしになるんだと思うと、すごく。すごく現実味のない話だった。
◇
「それで、呟いたら瞬く間に広まっちゃったと」
「まぁ、そんな感じ」
翌日。昨晩投稿したモデル発表つぶやきが思いの外ヒットしてしまったようで、引用や拡散、いいねが止まらない。
夜中は怯えてその音を切るのに精一杯だったのを覚えている。
「しかしまぁ、瑠璃も有名人になったもんだねぇ、
「やめて綴。わたしも、まだ戸惑ってるところだし……」
Vtuberネームは「雨犬しずく」
見た目通りといえば見た目通りだ。犬耳に雨衣装のかっぱ姿。
そんなにネーミングセンスがあるわけでない。だから自分なりにこの子の名前を表現したら、こうなったのだ。
「んで! 初配信は? いつ?!」
「1週間後」
「うわはや」
「それまでに機材のいろいろを覚えないと」
インパクト重視で、早ければ早いほど良いだろう。
ということで1週間後に配信することが決定した。
パソコンは安いものを使っていたけれど、奈苗お姉さんに買い与えられ、カメラもマイクも、その他諸々も。とにかく急に機材が全部揃ったの割りとパンク状態だった。
確かに1週間もしたら落ち着くだろう。でもちょっと急すぎる気がしないでもない。
「でもよくよく考えたら奈苗お姉さん、どうしてこんなことまでしてくれるんだろう?」
「私にも分かんないねぇ、それは。これじゃあまるで活動の強制みたいなところあるし」
「活動の強制。確かに」
言われてみれば。ぼんやりしていたうちにあれよあれよと言いくるめられた気がする。
じゃあ奈苗お姉さんにも本来の目的があるってことになるんだよね。
配信でも日常でも、そんな話聞いたことがないけど……。
でもやりたい理由のときにはしっかりと言っていた気がする。
「なんか、一緒にやりたい。とか言ってた気がする」
「ふーん。コラボでもするのかな?」
「……かなぁ」
コラボ。複数人でゲームしたり、色々したりして配信を盛り上げる1つの手法とは聞いているけれど。
わたしとコラボ。具体的に何がしたいんだろうか。ゲームかな? 雑談かな。
ゲームって、わたし今生でそこまでやった試しがない。
そりゃあ友だちとゲーセンで遊んだりはするけれど、本気になってやることはまずない。
家にもゲーム機は存在しないし。それほど無縁の生活を送っているのだ。
あとは雑談。雑談、かぁ……。
普段からやっていることをどう配信にのせればいいんだか。
「でもまぁ、しずくちゃんの初配信、楽しみだなー!」
「期待しないでよ。思った通りのものにはならないと思うし」
「それでも初配信だからね! 期待するよ、友だちなんだから!」
「それには感謝しておく」
「ふふっ! 素直じゃないなー!」
家に帰って、奈苗さんの配信風景を見ながら、イメージを固めていく。
こうかな? それともこんな感じ? サムネは可愛くして、それから告知つぶやきもして……。
学業と趣味。両立するほうがやっぱり難しいのだと気づく。
過ぎ去る日が瞬きもしないうちに過ぎていき、気づいた頃にはもうデビュー当日になっていた。
「あれはできてる。これも大丈夫。あとは奈苗お姉さんが見てくれれば……」
その場で写真を取ってロインに共有する。こんな感じでいいですか? と。
そうしたらすぐに返事が帰ってきた。おっけい! と帰ってきたので大丈夫そうだった。
奈苗お姉さん
:どうにかなったらフォローはするから
奈苗お姉さん
:頑張って。私も応援してる!
「奈苗お姉さん……」
今、その言葉は何よりも心強かった。
他人のせいで始めたVtuberだったけど、ここまでの準備中、なんだかんだ楽しくなかったなんてのは嘘だ。
充実している。間違いない。わたしは充足感に満ち溢れている。
奈苗お姉さんのおかげで勇気だって備え持った。
ならばあとは、駆け出すだけ。
「すぅー……はぁ……」
着々とその時は迫ってくる。
だけど、不思議と緊張はなかった。
ぼんやりしてるからかもしれない。けれどそれだけじゃないって確実に分かる。
フワワー・フワリー:待機!
少なくとも、視聴者は1人はいるみたいだし。
何も恐れることはない。ただ自然に。演じてみせよう、自分のアイドル像を。
「配信、開始!」
間もなくして、赤い丸が点灯する。
わたしの雨犬しずくのデビュー配信だ。
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