第10話:雨の買物。大人と子供のちがい

「はえー、こんなところにスーパーあったんだぁ」


 結構近くにあると思っていたけれど、どうやらお姉さんの活動範囲外だったらしい。

 リモートワークは家から出ないは本当だったんだ。


「それで、今日は何買うの?」

「時間もそれほど多くないですし、ぱぱっと出来合いのものを」

「えー、手作りは?」

「今日配信なんですよね?」


 わたしの理想の中の奈苗お姉さんはもっとキラキラしていて、輝いていていた気がする。

 今はその幻想が端の方から徐々に腐っていって、お酒を飲んでニッコリしてるお姉さんが浮かび上がってくる。大人になるのがこういうことであるのなら、わたしは大人になりたくないなぁ。

 少なくとも、もうちょっと丁寧に生きたい気持ちはある、うん。


「あはは、まぁまぁ」

「……わたし心配です。そんなんでどうやって生活してたんですか?」

「そもそもあんまりご飯食べてなかったな。食べるの面倒だとも思ってたし。でも瑠璃ちゃんが美味しい料理作ってくれたから、ちょっとは食に目覚めたというか……。もうちょっと食べてもいいのかなって」


 ……このお姉さんは、ホント。

 昔からたまにわたしが聞いて嬉しくなってしまうことを平然と口にする。

 反応に困るっていうか。腐った大人になっても、そういうところはあんまり変わらないんだと思う。ドギマギする。

 だからわたしは取り繕うように、皮肉なことを口にする。


「まぁいいですけど……。ホントエナドリ生活とかやめてくださいね」

「分かってるってば」


 本当に分かっているのだろうか。

 荒れた心を鎮めるように自分の跳ねた髪の毛を一撫でする。

 今度から買い出しは学校帰りにぱぱっと済ませておくことにしよう。配信時間に間に合わなくて、出来合いのものを食べさせることはしたくない。愚痴を言われたくないので。


 買い物かごを取り出してから、スーパーの中に入る。

 飲み物は最悪エナドリで済ませるとして、まず必要なものは今日の晩ごはんかな。

 出来合い物売り場に行く途中、奈苗お姉さんからの視線をちらちら感じる。


「お菓子買っちゃダメ?」

「……太りたくないんじゃないでしたっけ?」

「まぁー、お菓子は別腹っていうでしょ?」

「そうですけど……」


 支払いはお姉さんだからいいものの、子供みたいに興味津々な彼女に少し呆れる。

 同時に見た目通りの可愛らしさも垣間見えるから、若干抗えないところがあるのが卑怯だ。

 1個だけ、という制限をつけたところ、お姉さんは満面の笑みでお菓子売り場に進んでいった。


「うーん……」


 あ、こっちのお菓子、新作出たんだ。

 お姉さんが考えている最中、わたしはわたしで少し気になるものを見つけてしまった。

 ビスケットのもぐっこシリーズの新作だろう。水族館をモチーフにしたチョコのお菓子だ。

 これは太りそうだなと思いつつも、サクッとしたビスケットの食感とチョコの風味がマッチしてSNS上で結構話題になっているものだ。確かに聞いただけで美味しそうだった……。


「瑠璃ちゃんは決めた?」

「え?!」

「だって私だけ買っちゃうとか、大人としてダメでしょ。こういうのは子供の瑠璃ちゃんも便乗して買うべき」

「あ、いや。わたしは別に欲しい物とか、ないですし」


 軽く嘘はついたけど、嘘とは言い切れない。

 実際体型維持のためにあまり甘いものは食べたくないし。嘘と割り切れば買わなくても済むし、ダイエットにもなる。一石二鳥だ。


「私の立つ瀬がなくなるから、そこは便乗して貰わないと! そこのもぐっこ水族館、欲しいんでしょ?」


 まさか、と思ってびくりと肩と心臓が跳ねる。

 そんなに注視していただろうか。だとしても、でもなぁ……。


「気づいてたんですか?」

「まぁちょこっと。美味しそうだなぁ、と思ってみたら瑠璃ちゃんも見てたから」

「……無理してないですから」


 そう、無理はしてない。絶対必要じゃないから買わないだけ。それだけ。

 そうやってあまり多くのものを買わないようにはしているだけだ。


「どーせ私のお金だし、無理も何もないけどね、っと!」

「あっ」


 ヒョイっ! と横から手が伸びたと思えば、売り場からお菓子を取ってカゴの中に入れてしまった。

 鎮座するもぐっこ水族館。手にとってもう一度戻そうとしたけれど、やめた。

 確かに、まぁ。まぁ……。


「無理してないんなら、いいでしょ?」

「……まぁ」


 なんか、複雑な気持ちだ。

 お姉さんって、昔からこんなにイジワルな性格だっただろうか。

 分からない。覚えてない。10年も前のことで、わたしは物覚えついたかついてないか、ぼんやりしてた頃だ。

 でもはっきり覚えているのは、あの頃のお姉さんはキラキラしていたということ。こんなじゃなかった気がする。


「さぁて、出来合いのもの買うんでしょ?」

「あ、あぁ。そうでしたね」


 悔しい。でもそれ以上に。

 今のお姉さんを少しだけ理解したかもしれないと思うと、胸の奥の方が少し水に浮く気分だった。

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