第7話:雨の勧誘。楽しいって、どういうこと?

 正直なところ、気になっているのは本当だった。

 Vtuberはアイドルみたいなものだと思ったのも本当だし、これであれば不向きな見た目も克服できると思ったからだ。

 でもそれ以上に考えてしまったのは奈苗お姉さんとのことだった。


 沈黙の中、出前で頼んだ天丼を食べつつ考える。

 奈苗お姉さんはわたしの憧れだ。今も昔もそうで、わたしが考えるまでもなく、Vtuberにならないかという答えには二重丸を付けるレベルでOKサインを出すと思ってた。


 この際、自分の気持ちをもう一度認識しよう。

 わたしは奈苗お姉さんが好き、かもしれない。

 まだ分からないけれど、学校で男の子に告白されたとき、一番最初に思いつく顔が奈苗お姉さんの笑顔なのだ。華やかできらめいていて。夏の幻みたいに見えたそれは10歳のときも、14歳のときも、脳に焼き付いて消えようとしなかった。


 10年経てば。わたしもそれぐらい経てばあの人のことを忘れるだろうと思っていたのに。

 お姉さんは帰ってきた。10年という月日を否応なく感じさせながら。


「……お姉さんは、今までどうしてたんですか?」

「うーん。接客業とか派遣業とか。まぁいろいろ。その後1年ぐらい前にリモートワークになったんだよね」

「Vtuberもその辺りから?」

「そっちは半年前から。リモートワークって、本当に人と会わないから対人スキルを失わないためにね」


 そっか、Vtuberってリスナーと会話するもんなぁ。配信だし、間違いはないか。

 わたしが学校の友達やお姉さん以外と会話をする。想像もつかない。

 Vtuberはアイドルみたいなこととは言ってたけど、顔も名前も知らない人と会話するんだ。

 それは、少し怖いかもしれない。


「その。怖い人とかいないの?」

「ネットだからね。変な人は多いよ。その中にも怖い人とかもいる。でも基本は好意的な人ばかりだよ」


 いい人、とは言わないんだ。

 でもそうだよね。ネットって怖い人もいるからインターネットなんだよね。

 悪い側面だけ見ても分からない。よい側面だけ見ても分からない。

 だから、わたしみたいな私欲しかない存在は、どうなんだろうって思っちゃうんだ。


「ごちそうさま。ふー、やっぱここの天丼は美味しいなぁ!」


 箸があまり進まない。美味しいのに。

 考え事ばかりしてるからだと思う。

 わたしは。わたしが思っている以上にお姉さんのことばかり考えているのだろう。

 でも自分のことも考えている。そんな考えが2つ。天秤から溢れ出して1つになろうとぐちゃぐちゃに融合しようとしているんだ。切り分けて考えないと、なんてぐちゃぐちゃになる前に思いついてほしかったところだ。


「瑠璃ちゃん、何か見る? プライム入ってるから映画とかアニメも見れるけど」

「あ、お姉さんの好きなのでいいですよ!」

「おっけい」


 実際奈苗お姉さんには気を遣われているとしか思えない。

 より一層距離感に悩むし、どうやって話題に触れていいかも怪しいところだった。

 そう思えばVtuberになって、共通の話題を持つのもいい。再会してからの新しいお互いの共通項。これなら気を遣う必要もないかもしれない。


 踏み込めないから、逃げるように新しい趣味を取り込む。

 無理に踏み込もうとするからダメなんだ。奈苗お姉さんが招き入れようとしてくれているなら、いっそ……。


「ごちそうさまです」

「美味しかった?」

「はい! とても!」


 知らない人と話す。確かに怖い。

 でも、だけど……。それ以上にこの機会を逃したくは、ない。


「あのっ!」

「ん?」

「えっと、その……。Vtuberの話って、聞いてもいいですか?」

「いいよー」

「実際にやってみて、どうでしたか?」


 所感。やっぱり気になっていた。

 日本人は未知のものに対して、異様な警戒心を持つ。

 奈苗お姉さんの配信でなんとなく雰囲気は掴めているけれど、当人の感想も聞いてみたかった。


「うーん。大変なことも、もちろんあるけど。楽しいよ!」

「楽しいって、どんな感じに?!」

「どんな感じ……、難しいことを聞くね、瑠璃ちゃんは」

「まぁ、気になりますし……」


 何に対する楽しい、なのか。やっぱり気になりはする。

 どんな風に、どのように楽しいのか。さっきも言ったけど、未知のものに飛び込む勇気は必要だから、少しだけでも情報を仕入れたいんだ。


 指を額に当てて、考えるような素振りを数十秒続ける。

 すっごい悩んでるな、お姉さん。そしてその絞り出すかのように出てきた答えは、少し意外だった。


「…………青春?」

「え?」

「うん、考えても青春かなーって」

「ん? そうなんですか?」

「瑠璃ちゃんは学生だしね。あんまり分かんないかもだけど、私にとってはそんなかな」


 青春。青春かぁ。学生時代のあれそれなのか、はたまた失ったものなのか。

 よく、分からない。でも楽しそうって気持ちだけは分かる。

 今のわたしが充足感に満ち溢れているか、と言われたら多分首を傾げると思う。


 物足りない、何かが足りない。それを日常的に感じながら生活していく毎日。

 飽きはしない。でも何か欠けた生活にやや刺激が欲しくなってしまうのもある。

 だからアイドルなんてものに憧れている。きらびやかなものに、光り輝く何かになれるなら、って。


 お姉さんと青春できるなら。10年の歳月を、わたしの中にある答えを求められるのであれば……。


「出費って、どのぐらいですか?」

「いや全然だよ? こういう時ぐらい大人としてドーンと構えたいし!」

「流石に分かりますよ、PCとかってそう安い買い物じゃないですよね?」

「うっ……。うん、まぁ……」


 狼狽えた。これかなり高い買い物してる。

 わたしが出せる手札なんてものはない。だから身を削るしかない。


「な、ならっ! 今後も奈苗お姉さんのご飯作ります! それで、こう……。どうでしょう?」


 これしかないからこれを切るしかない。

 わたしがお姉さんに必要とされているのはこのぐらいだと思うから。


「いいの?! ありがとう! あんまり外でないから全然外食先とか分からなくて! それに瑠璃ちゃんのご飯は美味しいから嬉しいよ!」

「そ、そうですか。ありがとうございます……」


 なに狼狽えてるのわたし! これは契約。等価交換。

 だからその。気になってる人に褒められて嬉しいとか、そういうことじゃなくて……。

 もうわっかんないや。とりあえず、今後の献立はわたしが作る。健康なお姉さんを作るためにも、うん。頑張ろう。


「よーし、じゃあモデル諸々とかの手配はこっちで済ませておくから! デザインの要望とかあったら私を通して言ってね!」

「で、でざいん?」

「うん。髪色はこうで、モチーフはこうで、みたいなの」

「……あっはい」


 そんなに決めなきゃいけないことあるんだ。勉強になるなぁ。

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