第6話:花の勧誘。Vtuberにならない?
割と投げやり気味に誘ってみたら、やたら食いつきがよい返事がやってきた。
『いつでも! それでしたら明日の放課後に伺います!』
お姉さんとしては、ホイホイ怪しい男についていかないか心配になるレベルだ。
ほら、最近は多いみたいだし。女の子を食い物にしようとする悪い大人たちが。
いや、今も昔もそんな感じか。むしろ明るみに出ている今のほうが割とやばいのでは?
私も一種の同類とも言えるだろうけど、わ、私は! ……いや私はー。
ごめんね瑠璃ちゃん。私、自分で自分のことを擁護できないや。
とりあえず瑠璃ちゃんをVtubarするにしても、相手の要望を聞き、どういう見た目にするかも考えなきゃなぁ。あと絵師とモデラー、か……。
お金ならあるけど、逃げない相手がいい。その辺の絵師に依頼するとする。
その際にいろんなことを聞いて、お金を受け取ってから音信不通になり、そのまま失踪。なんてパターンもあるとかないとか。
そういう不誠実なことをしない相手……。
というか私、にか先生しかイラストレーター知らないからもうその辺に頼むか。
お金さえ払えば、あの人ならなんとかしてくれるだろう。
こうして瑠璃ちゃんをVtubarにするのに必要な機材の出費を算出する。
あー、すごい面倒くさいけど、全ては私の登録者が増えるためだ。
根っこにある理由は全く別で、私利私欲だけではないが、そういう悪い大人ってことにしないと、恥ずかしいし。
そんなこんなで夜が更けていく。
決戦日の翌日放課後は、文字通りすぐにやってきた。
「Vtubarに、ですか?」
「そう! Vtubar! 瑠璃ちゃんも私の配信を見てたんだから、ちょっとは憧れがあったのかなって」
「まぁ……少しは……」
よし、手ごたえありだ。
こういう時、Vtubarの配信を見ているとだいたい二通りの人間が存在する。
片方は本当に視聴専門のリスナー。相手のことが本当に推しであり、憧れはするものの、自分は見るだけで充足感を味わえるという人。
こういう人の大多数は大手Vtuberのリスナーだったりするのだけど、まぁそれは置いておく。
本題となるのはやる気のあるリスナー部門だ。
憧れて、自分もあんな風にキラキラ輝けるような存在になりたい。世界に入ってみたい。
そんなタイプのある種の創作者である。自分を作り、作ったものを何かしらの形で発信したい人。
イラストレーター然り、小説家然り。自分の持っている情熱を表に出したい人だ。
私には瑠璃ちゃんがそういう人に見えたのだ。
だけどスキルを持っていない。高校生だからこそ、可能性がまだ開花していないのである。
そう。私は悪い大人だから、そういうところを無理やりこじ開けるのだ。
「瑠璃ちゃんもやりたくない、Vtuber?」
「うーん。えっと……。憧れは、ありますけど。自分もそうでありたいか、と言われたら、少し分からなくて」
あ、あれ? 私の人を見る目はそんなになかっただろうか。
瑠璃ちゃんもある種こちら側の人間だと思ったんだけどな。
「じゃあ聞き方を変えるよ。アイドルに興味はある?」
「それは、一応……。でもわたし、自分の容姿がそんなにアイドル向きとは言えないと思ってて……。奈苗お姉さんみたいな幼さ残るタイプじゃないですし……」
それは私が童顔だとでも言いたいのか。というのはさておき。
アイドル向きでは言えない、か。アイドルなんて多様性以外の何者でもないとは思う。
けれど実際はそんなの誰も望んでない。アイドルという偶像はある種の固定概念が見せているものだ。人を騙して、嘘をついて相手に夢を見せる。決して醒めない夢を。
そういう考え方であれば、確かにタイプではないと思う。今どき大和撫子が踊って歌うなんて、時代錯誤もいいところで流行らない。
役者とかなら映えるだろうけど、そういう演技力があるかと言われたら分からないし。
でも、Vtuberにはそんなもの関係ない。
「アイドルが気になっているなら、Vtuberこそが天職だと思っていい。それは私が保証する」
「どうして、ですか?」
「大手企業のVtuberを見てみたら一発で分かるよ。えーっと、この辺とかー。この辺とか!」
歌って踊る。綺羅びやかな存在。
そういう意味ではVtuberが適任かもしれない。
容姿は自分の任意で作り上げることができ、中身だってオンとオフで変えればいい。むしろ変えなくたってもいい。
見た目9割の世界において、アニメ調の外見が気に入られれば自ずと人は付いてくるものだ。
試しにいくつか有名Vtuberの動画を見せてみた。
歌ったり、ゲームの配信をしたり。あるいは手元だけを写したVtuberなどなど。
いろんな偏見はあるものの、私にとっては外見から離れなければすべてVtuberだと思っている。
所謂多様性の世界。固定概念は確かにあるが、アイドルVtuberから、専門家のVtuberまで存在する世界だ。とにかく気に入られれば、ファンは出来上がるのだ。
「わぁ……」
「もちろんこれは上澄みも上澄みだけどね。今やVtuber自体が1万人以上いるとかいないとか」
「そんなにいるんですか?!」
「これも憶測の域が出ないから、実際に活動してる人とか、気づかれてない人とかを含めたら、もう分からないけどね」
それでも、これだけの人が熱意を向けているVtuberコンテンツはある種の芸能界なのかもしれない。
まぁ、本気でやってる人ってほんの一握りで、後は趣味でやってる人がほとんど、みたいなところがあるけど。私もその1人だしね。
「改めて相談するよ。瑠璃ちゃんはVtuberになりたい? 機材諸々は全部私が出す」
「えっ?! それって奈苗お姉さんの財布から?!」
「うん。誘ったからにはそのぐらいはするよ」
一応見積もりは出したけど、正直この額を見たら逆に遠慮してしまうと思うので、見せないでおく。
それだけ登録者が欲しい、っていうのもあるんだけど。それ以上に私もちょっとした思惑あっての事だった。
「正直さ。私が家出してから一切連絡取ってなかったでしょ? だからその罪滅ぼしっていうか。改めて関係をやり直したいんだ。曖昧なまま付かず離れずの空気感は息苦しいから」
「……やり直したい」
何も思わないなんて嘘だ。
母親とも瑠璃ちゃんとも。家を出てから連絡を取ってこなかった。
お母さんを看取ることができなかったから、瑠璃ちゃんもほっとく、なんてことは流石にしたくなかった。
寂しいんだ。天涯孤独の身になってわかった、お母さんもこんな気持ちだったんだろうと。
「わがままでごめんね。でも私もいろいろあって瑠璃ちゃんとはもっと一緒に居たいと思ったの。だから、一緒にVtuber、してくれる?」
「わた、しは……」
それは明らかに戸惑いの声色だった。
その意味を私は知らない。分からない。どうしてそんなに困惑しているのかも。
でも私のことを思っていた10年間をまとめるには、きっと。時間がかかる。
「今すぐじゃなくてもいいよ。しっかり考えてから決めてほしいし」
「あっ……。す、すみません……」
瑠璃ちゃんは、何を考えているんだろう。
きっと10年前ならなんとなくでも分かったかもしれないけど、お互いに歳を取ってしまった。
思春期の女子高生のことを考えるには、少し経験が足りなさすぎるし。
「今日は出前でも取ろっか!」
「……そうですね」
私にできるのは、彼女が精一杯考えられる時間を作り、答えを聞くことだ。
きっとそれからじゃないと、私たちのことは始められない気がした。
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