第2話:花の復帰。身バレは勘弁して!

 前略。私はアイドル見習いだった。

 ぶっちゃけそれは変わらぬ事実ではあるが、それは終わったこと。今は少し違っていた。


 前略。私はVtuberである。

 あのキラキラしていて、フレッシュな、あの今を生きているVtuberだ。


 どうしようもなく今を生きているからこそ、あそこまでのきらびやかさと面白さを放てるんだ。


 引っ越ししてから数日。

 ダンボールを片付けて、必要なものをどんどん部屋へと投げ込んでいく。

 こういうとき、都会の部屋が狭いことを思い出しほくそ笑む。


「くっくっくっ、実家で一人暮らしは広いなーーーーー!!!!」


 流石に調子に乗っていると思われるかもしれないので、近所の人や瑠璃ちゃんにはこんなテンションでは口にしない。

 でも。でもね。こうやって1人ひろーーーーい家を1人で活用できる日が来るとは思わなかった。

 キッチンは広いし(使わないけど)、お風呂場も広いし(シャワーで済ますけれど)。

 今度インテリアにも手を加えてみようか、などと思うが流石に必要ないか。


「……はぁ。さびし」


 だからより一層思う。こんな広い家で1人は、寂しいなということを。

 私はものぐさだから掃除は頻繁にしないし、大変だろうから自分の部屋しかしないと思う。

 仏壇はちゃんとキレイにするけど、それ以外のところまで行くと1日では掃除しきれそうにない。

 それに人のぬくもりを故人に頼むなんて無理なことだ。


 瑠璃ちゃんが私の家に暮らしてくれたなら、いろいろ教えてあげるのに。

 例えばアイドルのいろはとか、Vtuberとしての心得とか。とにかくエンタメ関連なら!

 あと料理も美味しかったし、通い妻辺りにもなって欲しい。もちろん犯罪にならない程度で。


「いけないいけない、配信の準備しないと」


 今日は来るべき咲花奈苗こと、フワワー・フワリーの復帰配信だ。

 凝った演出なんて引っ越しや諸々の処理で一切できないが、まぁそのぐらいフワリーの可愛さで許してくれると嬉しい。

 復帰配信するということはすでにSNS上では発信済みだ。あとは時間が来るだけ。


「あ、その前に連絡しとかなきゃ」


 というのも今回の配信を楽しみにしているのか、私の公式絵師である、白雪しらゆきにか先生にも一報を寄越してほしいとのことだった。

 まぁあの人も忙しい人だしなぁ。たまに通話するけど、基本何らかしらのイラストを描きながら通話していることが多い。


『19時ぐらいから、復帰配信します』


 準備はこんなもんか。軽く胃に食べ物も入れておいたし、さぁ準備万端だ!


 息を吸って、吐いて。

 ふぅ……。この自分を自分でないものに上書きする感覚は久々だ。

 若かりしアイドルにお熱だった頃の魂を組み込む。今はそんな情熱なんて失せてしまったが、ここに必要なのは若々しさと、力強さ。

 この配信ですべてを使い切る覚悟を決めて、私は配信開始ボタンを押下した。


 ◇


「おはようございますー! 不思議な花の精霊、フワワー・フワリーです! みんなおまたせしましたーーーーーー!!!!」


:ふわふわさんの新鮮な配信だぁ!

:はろふわーーーーーーー!!!!!!

:キターーーーーーーー!!!!!!

:ふわふわさんの配信や!

:この空気感を味わいに来た……っ!


 おぉおぉ、久々にリスナーたちが高ぶってるじゃないか。感心感心。

 というか、1ヶ月もの間待たせてしまったんだ、これぐらいは受け止めるのがVtuberとしての役目だろう。


「ありがとぉ……っ! 私もホント、みんなに会いたくて……およよ……」


:このわざとらしい味が好き!

:いつもと変わりなくて良かった!

:元気そう


「なんですかわざとらしい味って!」


 こほん。こういうネタも1ヶ月味わっていないと確かに寂しさを感じるのは間違いないよね。うんうん。

 この人たち、決して私がアラサーだの、古臭いだの言ってるわけじゃないもんね。


「まぁまぁ、ちゃんと休止中も元気だったんですよぉ! ほらこんな感じにぃぃぃぃ!!!!」


:モデルめっちゃ動いてて草

:さすがにか先生のモデルや

:母に感謝


「それだよ、にか先生には感謝の言葉しかないですね。さて、別になにか用意してるわけじゃないから、今日はフリー雑談ね」


:草

:ママは偉大

:サボったなこいつ


「忙しかったんですぅ! まぁ、地元に引っ越してきたって言いましたよね? いやぁ、懐かしくなっちゃいましたよ。遊びに行ってた公園とか、駄菓子屋さんとか」


:地元、いいね

:駄菓子屋さんとかあったなぁ


 そうそう。こういう雑談がしたかったんだ。

 久々にリスナーたちと会話しあうこの感じ、友だちと喋っている感じがして好きなんだぁ。

 私も昔は友だちがいたけど、高校卒業と同時に地元から出ていったし、しばらく会えてないんだよなぁ。元気にしてるかなぁ。


「そうそう、10年前の幼馴染? にも再会したんですよ! めっちゃ美少女になってた」


:マ?!

:紹介して

:どこ中?


「絶対紹介しません! 中学校は私も知りません! 花の精霊さんなので!」


 可愛かったのは事実だ。あんな美少女に成長するなんて、当時接してた私ですら分からなかったんじゃないだろうか。

 色濃く覚えているところもありながら、風化していた記憶も徐々に浮かび上がっていく。


「それがもうなんというか、10年前の正当進化って感じでねー! 髪も長くて艷やかで。ちょっと甘い匂いもしてて……」


:通報?

:お巡りさん、この花の精霊です!


「そうじゃないんだよ! ホントに。ホンットに可愛かったんだってば! あれならアイドル行けるよ、うん」


 間違いない。あの美貌なら清楚系アイドルとしてやっていけるだろう。

 なんだったら私がプロデュースしてもいい。ローカルアイドルなんて少し古いかもだけど、概念としては弱いわけがないのだ。だってアイドルだもん。


「あ、そういえば昔、結婚して、とか言われたっけな」


:!?

:ぬ?!

:キマシッ!


 その時だった。家のチャイムが鳴ったのは。

 しかもただ鳴ったわけではない。連続してピンポンピンポンピンポンピンポンって、ホラーかよ!!


「え、何?!」


:えこわ

:リア凸?!

:住所特定来たか?!


「え、待って待って。なになになんなの……。ちょっと行ってくる……」


 マイクオフ、そしてすかさずモデルも非表示にして恐る恐る2階の自分の部屋から、1階へと降りていく。

 この瞬間も文字通りピンポンが止まらないんだから、悪寒がだらっだらに走っていく。

 誰だこんな時間に。しかもこのタイミングで。防音対策は万全だったと思うけど……。


 念のためチェーンロックをかけて、ドアののぞき窓から向こう側を覗いた。


 そこにいたのは、顔を真っ赤にして今もなおピンポンを鳴らし続けている瑠璃ちゃんの姿だった。

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