世界は光で満ちている

星見守灯也

世界は光で満ちている

 一体、誰だっただろうか。


 世界は光で満ちている、と言ったのは。




 彼女の部屋は、普段と何ら変わりはなかった。


 すっかり日が落ちて薄暗くなった部屋、彼女が慌てて室内灯を点けに行く。


 窓ガラスにはぼくの横顔が反射している。その奥には街の灯りが点々と広がっている。


 こんな街の中だと、星はあまり見えない。


「ごめん、ごめん。忘れてた」


 マグカップを二つ、ぼくの前に置いて彼女は軽く謝ってくる。


「いや……かまわないけど。電気くらいはつけようぜ」


 砂糖の小さな粒が天の川のように煌めいて、コーヒーの黒の中へ消えた。


 今更、ブラックの気分なんだとは言い出せない。


「どんな闇の中だって光はあるのよね」

「君にしては臭い台詞だね」

「あら、紫外線に赤外線に、あとX線とかマイクロ波……」


 知った顔しているが、ぼくが「じゃあそれって何なの?」と聞けば顔を真っ赤にして困るのだろう。


 まあ、どこかの誰かさんの入れ知恵だな、これは。


「そりゃあ、電磁波じゃないか」

「同じものじゃないの?」

「一般的には人の目に見えるものを言うんだよ」


 彼女をいじめて楽しむような趣味はない。もちろん、そんな度胸もない。


 結局はぼんやりとした概念の中の話。


「闇の中にも光はある、か。見えなくても」

「そう。人の目に見えないだけで」


 赤が見えない犬は、赤外線が見える蛇は、紫外線の見える鳥は、世界をどう見ているのだろう。


 それは想像するしかないのだけれど。


「いいじゃない。希望だって似たようなものよ」

「そうだね」


 目には見えなくとも、通信は出来るし、物は温まる。それでいいのかもしれない。




 半分ほど中身が減ったカップをそっとテーブルへ戻す。


 底に描かれた模様が薄ぼんやりと透けて見えた。ハートマーク。


 へえ、珍しく可愛いことするんだね。


「そうそう、そのカップこないだ懸賞で当たったの。ちょうどいい大きさでしょ」


 ……彼女がこんなのを買うはずがないじゃないか。


 一瞬のトキメキを、希望を返せ。

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世界は光で満ちている 星見守灯也 @hoshimi_motoya

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