六 敗北者の決闘

ユラユラユラ




ろうそくの炎が消えないように必死に藻掻いている。

その隣には冷え切った紅茶と、手つかずのクッキーが置いてある。

まだ日は高いというのに、部屋が暗く感じるのは午後のティータイムの参加者がこの三人だからだろう。

紅茶の置かれた机を囲むように、ゴブリンのゴットン、エルフのアーグラン、そして、女神のシンコーレシスティアが座っている、

各々の表情は異なってはいるが、皆、深刻に考え事をしているには変わりない。

ギィ

鈍い音をたて、部屋の扉が開かれる。

この屋敷の主、キマイラだ。

「あなた達のご主人様はまだ部屋から出てないのかしら?」

椅子に腰かけながら、彼女は話しかける。

だが、誰も返事をすることはない。

「困ったものね。一週間も引きこもっている客は初めてだわ。ご飯は食べているのがまだ救いかしら。」

誰も答えることがないのに、彼女はみんなに聞こえるように話し続ける。

「本当は彼にも聞いてほしかったけど、仕方ないわ。あなた達がザタ村で対峙した不届き者の尋問が終わったわ。桃白至上主義を口実に集まった、ならず者の集団のようね。尤も、彼らは本当に信じているみたいだけど。」

「そうだろうね。他の種族はいなかったし。

エルフが漸く、音にならない言葉を返す。

「うふ、それ以外にも色々教えてくれたわ。ジチ村、ゼテ村、ゾト村を襲ったのも彼らだし、バッテンルーラーだったかしら? 町を火の海にしたのも彼らみたいね。それ以外にも色々やってくれてるみたいだから、重罪人間違いなしね。まっ、彼らの処遇は領主様に任せることにするわ。わたしにそんな権限ないしね。それより、リーダーのイレイガウディンと相棒のペンジレソーオの方が大事だわ。」

「誰、それ?」

「取り逃がした二人のことよ。体格の良いのがリーダー。奇術師のようなメイクをしていたのが相棒らしいわ。」

女神の質問にキマイラは優しく答える。

「幸い、彼らのアジトの居場所も聞き出すことができたわ。そこに誘拐した人達もいるらしいから、まだ離れてないと考えていいわ。」

「それなら、そこに兵を送ったら捕まえられるね。これで事件は解決。

「そうね。でも、大群で押し寄せたら、彼らに気付かれて逃げるかもしれないわ。そこで少数精鋭で乗り込んでもらうことにしたわ。」

「それで良いと思う。逃がしたら、それこそ問題だもんね。

「そこで、そのメンバーなんだけど、オーラルを含めたあなた達四人に頼みたいわ。」

「「「!?」」」

聞き間違いかと思い、その場にいた全員が顔を上げる。

だが、キマイラはあなた達よと再び口にする。

「キマイラさん、正気!? 主は今、そんな状況じゃないんだよ!

「だからこそ、彼に頼むわ。何があったかは知らないけど、彼は傷ついたのでしょ? それなら、自分で乗り越えるしかないじゃない。他の人にやってもらったら、もう彼は立ち直れないわよ。」

「だからって、今は無理だよ。もう何日も顔を出してないんだよ。こんな事初めてだから、いつまで続くか分からないよ。

「それなら無理言ってでも、連れ出すしかないわね。わたしは構わないのよ。男一人くらい養えるから。出も困るんじゃない? あなた達が、そして彼自身が。」

「ん。」

アーグランは何も言い返せなかった。

なぜ、自分の主がこんなに引きこもっているかは知らない。

だが、それを乗り越えるには、その原因を作った相手と決着をつける方法はかなり有効である。

つまり、今回の精鋭部隊の一員として活躍することが、オーラルの今後の為になると。

だが、すぐに賛同することはできなかった。

見てはいないが彼女は感じ取っている。

主が藻掻き、苦しんでいることを。

そんな状態で再び彼らに出会った方が、逆効果である。

「それなら、この話は一旦お開きだな。」

「「え!?」

女神の唐突な発言に驚く女性陣。

「だって、何をするにしても、あの男が必要なんだろ? それなら、今のボクらにできることは、食べて寝て、元気でいることだ。ってことで、ボクは寝るよ、お休み。」

そう言って、女神は部屋を出て行った。

しかし、彼女は自分(とアーグランが借りている)の部屋に直行しなかった。

自ら言ったことを、自らが実行しない。

天邪鬼な自分に思わず笑ってしまう。

「お~い、いるのは分かっているんだぞ。ドアを開けろ~。」

ドンドンとある部屋のドアを叩く。

この一週間、開かずの間となっているオーラルの部屋だ。

「開けないんだったら、無理にでも開けるからな。」

とドアノブをガチャガチャするが、鍵がかかっているため開くことはない。

「あ~、もう、まどろっこしい。鍵壊してはいるからな。」

「うふふ。元気なのは良いけど、鍵を壊されるのは困るわ。」

キマイラが廊下を歩いてくる。

その手には金色に光る何かが握られていた。

「何を、持っているんだ?」

「部屋の合鍵よ。自分の家なんだから、これくらい持っているわよ。」

鍵穴に鍵をさし、ぐるりと回す。

カチャと音を立てたのが聞こえると、屋敷の主は扉を開けた。

「どうぞ、女神様。お入りになさいませ。」

妙にへりくだっているのが不思議だが、女神は気にせず部屋に入る。

カーテンが開けられていて、思ったよりは明るい。

その部屋の中心にベッドが置いてあり、オーラルはそこに座っていた。

シンコーレシスティアは彼と背中を合わせるように、ベッドに腰かける。

気のせいか、少し痩せたように感じた。

「…。お前と戦ったやつのアジトが分かった。」

「…、そうか。」

「精鋭部隊を組んで、そこに乗り込むらしい。」

「…、なるほどな。かなり強いから、気を付けるよう言っといてくれ。」

「生憎、お前もその一員だ。」

「…、断る。」

女神は天井を見上げ、次に何を言おうか考える。

「何で、いや、なんだ?」

「オレは人を人だと思わない、卑劣な部類らしい。今回の作戦でも、何をしてしまうのか分からない。」

「…。ボクはお前のこと、そんな風には思ってないぞ。お前と奴らは、全くの別ものだ。」

「…。女神を称している割には、目が節穴なんだな。」

「はぁ!? もういっぺん言ってみろ。タルタロスに突き落とすぞ!」

「これでも、オレが化け物でないと言えるか!」

お互い振り返る。

そこには一週間ぶりの顔があった。

しかし、女神は見慣れていないオーラルの顔もあった。

それは彼が普段、長い前髪で隠している左側。

黒ずんでいて、赤い腫れがあって、少しただれている。

天界での鍛冶の神と醜さが勝負できるほどだ。

「火傷、か?」

「そうだな。物心ついた時には、もうこの顔だった。」

前髪を戻し、いつもの顔に戻る。

しかし、表情だけは戻らなかった。

「子供のころからこの顔のことを言われてな。化け物とよく罵られたよ。」

「だから、隠してたんだな。」

「そうだな。化け物呼ばわりされるもの嫌だからな。だけど、いつの間にか、オレは化け物への道を走っていたようだ。人を人だと思わなくなってしまう、奴隷商に。」

女神は思わずオーラルの手を握っていた。

そうしないと、彼がどこかに消えてしまうと思った。

「でも、お前の館にいる奴隷達は、ちゃんと衣食住があって、なんか悪い奴の所以外ではのびのびと働いていて、笑顔が溢れてるじゃないか。部下も真っ当に育っている方が多いし、お前は全然化け物じゃないぞ。」

「そうか? でも、夢の中でいつも言われるんだ。オレのせいだって。みんな苦しんでいるのは、オレのせいだって。」

見えている右の目からは涙が溢れそうだった。

「ここに来ているゴットンも、恐怖でおびえて仕方ないんだって。アーグランは感情を消して、ただのマリオネットとして働いているって。」

「そんなことないって。」

「そんなこと、ある。ゴットンはいつも馬車を引いてくれてるじゃないか。アーグランは何を言ってもやってくれるじゃないか。文句の一つも言わずに。このままオレはみんなの意志を無視して、ただの物のように見てしまうんだ…。」

オーラルの視線が、女神から外れる。

女神が彼の視線を追うと、ちょうど部屋の入り口に行きついた。

そこには、ゴブリンの御者とメイドのエルフが立っている。

彼女はカツカツと主に近づき、そいて、左頬を思いっきり叩いた。

その勢いに押されて、女神はベッドから飛び降りる。

「私は、いつも楽しいからメイドをしているんだよ!

いつになく、大きな声だった。

いや、アーグランは声を出せない。

だからこのセリフも手話なのだが、オーラルには叫んでいるくらい大声に聞こえた。

「私だって、喜怒哀楽くらいあるよ。みんなでご飯を食べるのは楽しくて、主とフーエルさんが喧嘩したら私も怒るし、失敗して泣くこともあるよ。

彼女は涙を流しながら、主を抱きしめる。

「嫌なことがあったら、嫌っていうよ。したくない仕事はしないよ。だって、私はマリオネットじゃないもん。だから、だから、主が人の心を失いそうになったら、しっかり連れ戻すよ。今みたいに、何度も叩くよ。だから、もうそんなこと、口にしないで。一瞬たりとも、考えないで…。

「お頭、オイラもお頭との旅は楽しいでっせ。そりゃ、時にはおっかないこともありやすけど、全部お頭が解決してくれるじゃないですか。オイラは、お頭の御者になれて、嬉しいでやんす。」

「アーグラン…。ゴットン…。」

「ねっ、あの悪人達と主は全然違うよ。だから、彼らの所に行こう。そして言ってやろうよ。みんな大切な仲間だって。

「…。そうだな…。」

オーラルの顔はまだ晴れ切っていなかった。

だが、少しだけ、ほんの少しだけ、彼らとともに歩いても良いと思えた。

それを部屋にいるみんなが感じ取っていた。

部屋の入り口で、女神は少し肩を落として座っている。

「ボクも早く、許さないとな…。」

「何を許すのかしら?」

キマイラが問いかける。

「聞かなかったことにしてくれ。ボクがシンコーレシスティアである所以とだけ伝えるからさ。」

「ええ、分かったわ。」

館の主は、ベッドの三人を見た。

不器用ながらも、前に進んでいる人達は、少し眩しかった。




ザーーーーー




滝のように流れる雨は恵みをもたらすこともあるが、悲劇を起こすこともある。

こんな日は、家でチェスをして、ゆっくり過ごしていると事件に巻き込まれそうだ。

だからと言って、外出すると、それこそ事故に遭いかねない。

世間の貴族がそんなくだらないことを考えながら家で過ごしているときに、この人達は玄関前に集まって馬車に乗ろうとしている。

「生憎の天気になったわね。折角の晴れ舞台が大雨なんて、あなたも付いてないわ。」

「いや、この雨だと、姿も見にくいし馬車の音も気付きにくい。意外と好条件かもしないな。」

見送りに来ていた屋敷の主、キマイラに、オーラルは空を見上げながら言葉を返す。

桃白至上主義者にして村を襲い、バッテンルーラーを火の海に沈めた犯人のリーダー、イレイガウディンと相棒のペンジレソーオを捕まえるために旅立とうとしているところだ。

二人はゼテ村とゾト村の間に隠れ家を作り、そこに潜んでいるようだ。

これまで盗んだ金銀や捕まえた人々もそこに居るらしい。

もうすでに二人が逃げている可能性もあるが、まだいる見立てで突撃を行う。

「お頭、馬車の準備ができやした。後は乗るだけでっせ。」

ゴブリンが手綱を引き、馬が鳴き声を上げる。

「さて、行きましょう。空は気まぐれだから、いつまで程よい雨が降っているか分からないよ。

「お前が乗らないと、ボクも乗れないからな。」

「やれやれ、やはりオレの上に座るのか。」

オーラルが馬車に乗ろうとしたとき、キマイラが止めに入った。

「あなた、決戦に向かうのに、丸腰のまま行くのかしら?」

「一応、短銃は持っているが。一発で仕留めないといけないのが難点だな。」

「そうでしょう? だから、これをプレゼントするわ。」

彼女から渡されたものは、サーベルだった。

「愛用の物じゃないから、違和感はあるでしょうけど。使い勝手の悪い武器一つよりはましだと思うわ。」

「いいのか? 確かに、オレのサーベルは折れて使い物にならないが…。」

「わたしは闇の武器商よ。剣一つくらい造作もないわ。でも、代金もいただくわ。」

「プレゼントじゃないのか?」

渋い顔をしたオーラルに、武器商は妖しく笑う。

「敵の首で手を打つわ。かなり破格な値段よ。」

「どちらが割に合わないんだか。」

そう言って、彼は馬車に乗り込んだ。

続いてメイド、最後に女神がいつものポディションに座る。

「まぁ、ちょっと行ってくる。」

「ボクの活躍、楽しみにしていろよ。」

「ええ、冥土への旅路にならないことを祈るわ。」

ゴットンの合図で、馬車は進みだす。

豆粒の大きさになるほど離れても、彼女は手を振り続けた。

目的地の隠れ家は意外と近く、馬車であれば数時間でたどり着く。

ただ、この大雨の中、敵の本拠地に向かうので、さらに時間がかかってもおかしくない。

それまでは吹きさらしの馬車で揺れるしかない。

だが、一度来たこともあったためか、ゾト村の近くまでは意外と早く来れた。

「女神、寒いのか?」

膝の上にいる少女にオーラルは心配する。

「大丈夫だ。これは、武者震いってやつだ。」

「…。無理するなよ。」

彼は自身のマントに彼女を包み込んだ。

「女神に風邪をひかせたとなると、どんな罰が当たるか分からないからな。」

「…、これも悪くはないな…。」

少しだけ顔が赤くなる女神。

だが、熱が出たからではないだろう。

「ん。」

隣の二人を横目に見ていたアーグランが、急に森の方を指さした。

そこに視線を向けると、獣道のように地面がむき出しのラインが通っていた。

「これが、彼らの隠れ家へ続く道だな。」

「意外と幅の広い道でっせ。この馬車なら、余裕で通れやす。」

「あの人達も、人を運んだりしているから、馬車を使っているんじゃない?

「まぁ、とりあえず進んでみよう。こんな獣道、いくつもある方が珍しいからな。」

馬があまり乗り気ではないため、方向転換に幾分か時間がとられたが大きなロスタイムにはならなかった。

案の定、道と呼ぶには整備がされてなく、馬車の乗り心地もかなり悪い。

土にタイヤがとられることはないが、馬達の進むスピードは明らかに遅くなった。

「今日中にたどり着くのか?」

女神が少し心配気味に言うが、オーラルは優しく答える。

「旅慣れをしているから、大体の距離と道の状況で分かる。この調子でも昼前には着くだろう。昼食は抜きになりそうだが。」

「こんなことなら、クッキーをもらって来ればよかっ。」

溜息をつこうとした女神の口に、アーグランが手を添える。

そして、もう反対の手で空を指さす。

オーラルと女神も空を見上げるが、激しく降る雨以外では黒い雲しか見えない。

しかし、明らかに雨音ではない音が天から落ちてきていることは分かる。

「何が、落ちてきている?」


ドーン


「うひゃぁ。」

オーラルの声とともに、馬車が壊れる。

ゴブリンから情けない声が聞こえたが、突然のことなら誰でも出るだろう。

それに驚いたのは馬も同じ。

馬車という重みが外れたことによって、恐怖の現場から離れようと勝手に走り出す。

「女神、落ちるなよ!」

「へ?」

こちらも情けない声を出したが、それを気にせずオーラルは彼女を抱きかかえ飛んだ。

すでに走り出していた馬に、何とか飛び乗る。

「ここから先は、通ることはできない。是、死守する命令。」

進行方向に奇怪なメイクをした男が立ちふさがる。

手には鞭を持っていて、一目で賊の相方、ペンジレソーオと分かる。

シュタタタタ シュパッ

アーグランが条件反射のように走りこみ、そしてレイピアを彼に突きさす。

紙一重の所で避けられたが、それでも主の道を開けるには十分だった。

「ここは頼んだぞ、アーグラン。」

「ん。」

メイドは力強く頷く。

そして、互いに主の命を受け、行く手を阻もうとする二人の視線が交差した。

「勝敗の結果は、先日出ている。是、ぬしの負けなり。」

「負けた者は強くなるんだよ。知らなかった?

エルフの言うことを相手は分からない。

だが、心の強さだけは読み取っていた。

互いが、武器を再び構える。

そして戦いの火ぶたが切られた。

自由自在に動く鞭の隙間を縫うように、アーグランはメイクの男に近づく。

そして、その鋭い剣先で、相手の利き手を刺しにいく。

「くぅ。」

彼は右手を大きく後ろに反らした。

それと同時にメイドは再び右手を狙う。

だんだん後退する相手に対して、彼女は攻撃の手を休めない。

「流石に、利き手を狙われたら避けるしかないもんね。そしたら、自慢の攻撃もワンモーション多くなって、隙ができてるよ。

「見事な剣裁き。是、感激。しかし、我負けることは、許されず。秘技、とくと見よ。」

奇妙なメイクの男は攻撃をかわすと同時に、手首をひねる。

すると鞭先が、アーグランをめがけて襲い掛かる。

クルッ

彼女は一回転して、彼から間合いを取った。

「私を一度破っただけのことはあるね。流石だわ。

「先日の動きとは、全くの別人なり。是、驚愕の連続。」

アーグランは顔についた泥を拭いつつ、相手を称賛する。

敵も、目を見張りつつ、賛辞を忘れない。

一部始終を、壊れた馬車から覗いていたゴットンは安堵していた。

「お頭、こっちは大丈夫そうでっせ。お頭は、どうなんですか?」

そのお頭は、女神を抱えたまま、馬に乗って疾走していた。

馬は手綱がなくなっており、コントロールが効かない。

だから、彼の木の思うがままに走らせていた。

「このまま走ってて、大丈夫か?」

「馬も賢いから、最も自分が走りやすい道を選ぶ。この山の中なら、獣道以外あるか?」

「確かにそうだけど。」

女神の顔から不安は取り除けない。

だが、大きな建物がもう彼らの視界に入っていた。

そこに近づくと馬を撫で、減速させる。

そして馬から降り、彼と木に留めるようにした。

「さて、女神。この建物はなんだと思う?」

「あいつらのアジトにしては、着くの早くないか?」

「馬がかなり爆走したからな。時間も短縮されるさ。それに、メイクの男が襲撃してきたんだ。それなりに、近づいていた証拠だ。」

「まっ、こんなおどろおどろしいとこ、何個あってもたまったもんじゃないか。」

二人で、建物に近づく。

見た目はレンガ造りの塔で、造りも一昔前の雰囲気を感じる。

入り口は大きな鉄の柱が幾本も立っていて、まるで檻のようだ。

「鍵がかかっていて、入れないな。どうしたものか。」

ガチャガチャと南京錠をゆするが、外れることは決してない。

「それならボクが壊すよ。」

女神が手を前に出し構える。

風が吹くと同時に、鉄柱が吹き飛ぶ。

あまりの威力に、オーラルは開いた口が塞がらなかった。

「女神、壊すのは南京錠だけで良かったのだが。」

「こっちの方が、通りやすいだろ?」

やれやれ、と呟きながら古塔の内部に入る。

特に整備もされていない古塔は、壁が崩れていたり雨漏りがあったりするが、掃除はされているようで、人がいることは確認できる。

一階はロビーのような感じで、上の階に続く階段が何個か並んでいた。

「どの階段が良い?」

「右だな。段差が最も小さい。」

笑いが零れてしまったが仕方ない。

少女は頬を膨らませ抗議をしたが、オーラルは特に聞いてはいない。

二階は牢獄の様で、いくつもの檻が付いた部屋が並んでいた。

「やれやれ、住み心地は悪そうだな。」

「でもここには誰もいなさそうだな。大勢の人を捕まえたって聞いているし、うめき声も聞こえるし。」

「多分、上の階だな。高さから考えると、4~5階くらいはあってもおかしくない。」

二階を見回りながら、二人は感想を述べる。

何もないので階段を昇り始めると、うめき声が大きくなり始めた。

そして、三階。

ここも牢屋が並んでいるが、先ほどと異なるところは部屋の中に多くの人が詰め込まれていることだ。

「助けて、くれ。」

「お願いだ、開けてくれ。」

人々には生気が感じられなく、ただの生ける屍のようになっていた。

「やれやれ、敵を片付ける前に、彼らの解放か。女神、頼んでいいか?」

「任せな。者者、この女神、シンコーレシスティアが皆を開放しに来たぞ。今から戸を開けるから、もう少し、辛抱せよ。」

おおーと歓声が上がる。

ほんのわずかだが、捕らわれている人達の目に希望が宿ったような気がする。

カチャカチャと南京錠を破壊していく女神。

解放された奴隷達は一目散に出口へと向かう。

その様子を見守ることしか出来ないオーラルは少しもどかしかった。

「ありがとうございます。ありがとうございます。」

奴隷の一人が感謝を述べて、階段に向かった。

その直後、大きな悲鳴が上がった。

「ガハハハッ。誰の許しを得て、部屋から出てんだ?」

人より頭二つ分背が高く、体つきも鍛えられていて、まるで獣。

リーダーの大男、イレイガウディンが逃げた人を殴りながら現れた。

「オレが許可した。それ以外に何か必要か。」

オーラルも、相手に気おされないよう胸を張る。

大男は一瞬誰だっけ? みたいな顔をしたが、すぐに悪党の笑顔になる。

「てめえはこの間、ボコボコにした劣等種じゃねえか。何の用だ?」

「君を倒しに来た。」

「ガハハハッ。劣等種の分際で、大きな口を。この間以上に痛めつけてやる。」

大男は愛用の大剣を抜く。

オーラルもサーベルを手に取るが、つい数時間ばかり前に手にしたものだ。

腕に違和感を覚えるのは当たり前だろう。

「俺と戦う勇気があることだけは褒めてやる。だが、この仕打ちを見ても、まだ立っていられるか?」

剣を近くにいた奴隷に振り下ろす。

「危ない!!」

間一髪、女神が飛び込んだことで、二人とも無傷で済んだ。

「このガキが、邪魔すんな。てめえから先に消してやる。」

再び大男が剣を振り下ろすが、今度は彼が吹っ飛んだ。

「やれやれ、戦う相手はオレだと思っていたんだが?」

オーラルが顔面に飛び蹴りをして、不意打ちを食らわせてた。

「この、劣等種が。まとめて消してやる。」

大剣をぶんぶんと振り回し、マントの男と女神に攻めかかる。

二人は華麗に避けるが、攻撃の手はやめてくれそうもない。

「女神、彼の狙いはしばらくオレだ。君は気にせず、牢屋の鍵を開けろ。」

「そうはさせるかよ。」

ガシ バキン

女神を狙うたびに、オーラルの攻撃が炸裂する。

「くそぉ、猪口才な。劣等種のくせに生意気なんだよ。」

大男の意識はもう一人の奴隷商にだけ向いた。


ヒュッ ヒュヒュヒュ パシン バッ

所変わって、壊れた馬車の戦い。

アーグランとペンジレソーオの対決はまだ続いていた。

エルフが鞭の猛攻をくぐり抜け、レイピアでの突きが決まりそうな展開が続いているが、まだ決着はつかない。

それどころか彼女は泥まみれになり、一見すると敗者にも見間違われそうだ。

対するメイクと男は、その化粧が一つも崩れることなく雨に打たれている。

「雨と足場の悪さ、そして俊敏な動き。是、体力を奪うこと当然なり。」

彼が言ったことは何ひとつ、間違っていなかった。

アーグランは実際、息を荒げて膝をついていた。

視界も心なしか悪くなっているが、これは雨の影響だけとは言い切れない。

更には、いつ食らった分からない鞭の攻撃で、体のあちらこちらに痙攣が来ていた。

第三者が見ていたら、よくやったと声をかけてくれるかもしれない。

だが、彼女にはそんなものいらなかった。

オーラルが苦しんでいるときに同じ苦しみを味わい、オーラルが頑張っているときに同じだけ頑張る。

きっと、今の主は強敵と、そして自分自身と戦っている。

それなのに、自分だけ逃げることが許せなかった。

「んっ。」

痙攣する体を無理に起こす。

剣先はしっかりと相手に向ける。

闘志だけは忘れてはいけない。

自分に言い聞かせ、自らを奮い立たせる。

「美しき者の瞳、更に輝くなり。すなわちこれ、魂の炎なり。」

鞭の男も改めて気を引き締める。

彼にも、だんだんと疲労が見え始めている。

あと数回の攻防で決着を付けなければ、自身にも危険が及ぶだろうと考えている。

「んんっ~。」

声にならない声でアーグランは叫ぶ。

少し鈍くなった剣裁きで、相手を追い詰めようとする。

その一撃一撃に段違いの熱が込められている。

この攻撃で、メイクの男の考えも変わった。

この攻防で終わらせると。

ヒュッ ヒュヒュッ バシッ

スサ ササササザザザザ バッ

バシン ザク

ダダダダ

目にもとまらぬ攻防が繰り返される。

最早ゴットンには、火花が散っているようにしか見えない。

「わずかな好機、手繰り寄せる。是、勝利の道しるべ。」

奇天烈なメイクを歪ませ、男はアーグランのレイピアに鞭を巻き付ける。

そしてそのまま奪いとろうと引っ張り始める。

「くぅ。」

震える右手でアーグランは耐えようとするが、やはり体が言うことを聞かない。

だが、奪いとられてしまっては、本当に勝敗が付いてしまう。

だから、彼女は普通の人が思いつかないような行動を始めた。

なんと、敵の鞭を掴んだのだ。

一周触れただけでも痺れてしまう薬が塗られているのに、それをもう離さない勢いで握りしめる。

「身の危機を考えず、勝利だけを目指す。是、蛮勇なり。しかし、これ有効な手なり。すなわち、我の危機も迫りくることや。」

メイクに汗がにじみ出る。

鞭を使った綱引きはどれだけの時間続いたのだろうか。

10分、30分、いや 1 時間。

もしくはわずか 1 分、いや、三十秒にも満たない時間か。

「アーグラン。頑張るんでやんす。」

ゴットンも思わず叫んでいた。

「私は負けない。だって、大切な仲間が、大切な人が頑張っているんだから。

ズル

だが、現実は虚しいものだ。

ぬかるんだ地面に足を取られ、引っ張られてしまう。

そのまま彼女は宙を舞い、相手へ手繰り寄せられてしまう。

「勇敢なる騎士よ、見事な戦いなり。ぬしの敗因、非力であることや。」

ペンジレソーオは賛辞を送っていた。

だが、アーグランはまだ諦めていなかった。

何故なら、まだ勝敗はついていないから。

彼女は空中を舞っているだけなのだから。

だから、鞭を引っ張ることをまだ続けていた。

その甲斐あってか、メイクの男も少し引っ張られる。

その勢いもあってか、アーグランの体は回転した。

「~~~。」

痺れる足を延ばし、相手の首筋に当てる。

勢いよく飛んでいる彼女の行動は、傍から見ると蹴りを入れている。

「何たることや。ああ、」

ペンジレソーオは倒れた。

アーグランも着地に失敗した。

だが、彼女は何とか身を起こせた。

隣で倒れている男は起き上がる気配を感じない。

「アーグラン。」

ゴットンが大慌てで駆け寄る。

「見事な一撃でやんしたよ。あれほどきれいに決まれば、しばらくは起きないはずでやんす。」

「そっか。私、勝てたんだ。

「しかし、ひどいケガでやんすね。消毒液はあるのでかけやしょうか?」

「ありがとう。でも、痺れ薬の効果を先に無くしたいな。主と女神ちゃんの所に連れて行ってくれない?

「アーグラン。オイラにはテレパシーはないんで、手を動かしてくれないと、何が言いたいか分からないでっせ。」

あぁ、そうか。

今、手が痺れてて動かないんだ。

彼女は空を仰いだ。


スッ タッタッ キィン

塔の中ではオーラルとイレイガウディンの熱戦が繰り広げられていた。

大男のイレイガウディンが一方的に攻撃をしているように見えるが、オーラルも合間合間に反撃をしている。

先日相まみえた森とは違い、ここは狭い廊下。

オーラルにとって相手の攻撃を避けるにはかなり不利な地形だが、その分、壁や天井の反動を使って速攻は仕掛けられる。

だが、敵は屈強な肉体の上に鎖帷子を着ている。

いくら攻撃が当たっても、ダメージには繋がらない。

唯一効果があるのは顔だが、なかなか手を出しにくい。

それに対して、相手からの攻撃を防ぐ道具をオーラルは持ち合わせていない。

なので、サーベルでの防御を失敗すれば、体は必然的に傷ついてしまう。

「ガハハハッ。劣等種、さっきの威勢はどこに行った。それとも口先だけの挑発か。それもそうだよな。お前は劣等種に加え、卑しい奴隷商だもんな。」

「生憎、オレは醜き奴隷商ではなかったよ。」

「なに!?」

「君と違って、オレが頼みごとをしているのは大切な仲間だった。嫌な命令は聞かないし、頬にビンタもかましてくる。」

「はぁ? なんだそれ?」

「それなら、君は今、大勢の奴隷が逃げているが、言うことを聞いている人はいるか? 恐怖で縛り付けていた人々は解放されたとたん、蜘蛛の子のように散っていったが。」

「うっせぇ。奴隷は自分意のままに操れるから奴隷なんだよ。てめえもそれを快感に持っていることを自覚しろや。」

「オレにはそんな狂った考え、持ち合わせてない。」

剣と剣が交わる中、お互いの考えは平行線のままだ。

だが、それでいいのかもしれない。

オーラル自身が狂っても刃を交える理由が消え、相手が軟化しても戦いにくいだけだ。

「くそぉ。この間は死んだような目してやがったのに。どうなってんだ。」

「だから、大切な仲間がいた。」

大男の強烈な振り下ろしを紙一重でかわす。

そもまま相手の懐に突っ込み、柄でみぞおちを殴る。

「くそぉ。ここまで苦労して、這い上がってきたのに。全部、てめえら劣等種を痛めつけるために、この城を手に入れてきたんだ。」

狂ったように暴れるイレイガウディン。

こうなると危ないので、間合いをとるしかない。

「おい、捕まってた人達、全員にがしたぞ。3階だけでなく、4、5、6全部だ。」

階段を駆け下りた女神がオーラルに向かって叫ぶ。

だが、それは当然、イレイガウディンにも聞こえる。

「よくも、よくもやりやがったな。許さねぇ。劣等種のくせして桃白様に逆らうなんて許さねぇ。てめえから殺してやる。」

勢いよく女神に向かう大男。

オーラルは間に入って、剣技を止める。

かなり強い衝撃で、受け止めたサーベルにヒビが入ったが。何とか止められた。

しかし、止めれたのは剣だけだった。

ドーン

耳元で何かが爆発した。

「えっ? なにこれ? 痛…、グォハ。」

女神が奇声を上げる。

振り返ると胸から、そして口から血を流していた。

そしてそのまま、パタッと、倒れた。

「女神ぃ!」

思わず戦っている相手をそっちのけで駆けつけていた。

赤い湖に浮かぶ少女を抱きかかえるが、ぐったりしている。

「ガハハハッ。まさか、奥の手をこんなところで使うとはな。もうこいつも用済みだ。」

イレイガウディンが投げ捨てたのは、オーラルもよく知っている飛び道具。

短銃だ。

命中率が低い代わりに、殺傷力はこの世界の武器で群を抜いている。

そんなものが胸に当たったのだ。

いくら不思議な力を使えようとも、いくら傷を治すことができようとも。

死んでしまったら、何もできない。

「君…、この子は、自分を女神だと言っていた。それだけの不思議な術は使えたし、人々を笑顔にしていた。でも、どう見ても、年端もいかない少女だろ。君は、そんな子を躊躇いもなく撃てるのか!」

「劣等種が何人いなくなろうが、関係ねぇ。だが、安心しろよ。すぐにてめえも、後を追えるからよ。」

大男の笑顔はこの世のもので一番醜かった。

こんな笑顔ができる人物に、まさに女神の笑顔ができる少女が葬りさられたのだ。

「~。」

少女を抱きかかえたまま、オーラルは壁を殴る。

壁に掛けてあったランタンが落ち、床に炎が移る。

その勢いはどんどん増していき、彼の怒りを表しているようだった。

「必ずここで、決着をつけるよ。」

眠れる少女を床に寝かせ、立ち上がる。

握りしめたサーベルを大男に向け、走り出す。

「俺に歯向かうやつは消えてもらうぜ。」

イレイガウディンも大剣を振り回し、呼応する。

一撃一撃の重さは当然ながら重量級である敵の方がある。

だが、マントの奴隷商も回数という技で何とか勝負にでる。

キンキンキン

ガキ ガッガッ

ガギイイィィィ

目にもとまらぬ速さで繰り広げられる攻防は一種の音楽のように感じた。

まるで、少女の鎮魂歌(レクイエム)のように。

しかしその演奏も、ほんの些細なことで終わってしまう。

サーベルが宙を舞い、床に転がり落ちる。

怪我と疲労で限度に達していたオーラルは、もう相手の攻撃を受けきれるほどの体力がなくなっていた。

「もらったぁ!」

大剣を高々と振り上げ、大男は叫ぶ。

この一瞬の隙で、前回は相手の胴を切ったが、今回はその剣がない。

もう避けるしか手立てがないはずが、彼はしなかった。

マントを手で払い、腰に手を当てる。

大男が腕を振り下ろす瞬間、ベルトからあるものを引き抜く。

バーン

それはほんの数分前に彼が聞いた音と全く一緒だった。

大男は自身の攻撃の勢いも相まって、倒れてしまう。

「くそぉ。なんでてめえも持ってんだ。」

「少し不本意だよ。君と隠し技が同じだから。」

オーラルの右手には白い煙が上がっている短銃が握られている。

その弾丸は相手の右腿に当たっていた。

「痛ぇ。だが、まだ勝負はついちゃいねぇ。銃って言うのは一度撃ったら、次撃つのにとんでもねえくらい面倒な作業と時間が必要だからな。なんなら、まだ剣を持っている俺の方が有利かもな。」

少し距離を取ったところで起き上がろうとしている大男は、苦しい顔をしながらも目だけはギラつかせていた。

しかし、マントをたなびかせている奴隷商は、再び銃口を向ける。

「残念ながら、オレの銃は二発撃てるようになっている。今撃ったのが、右の銃身から。そして次は左の銃身だ。」

イレイガウディンの顔が絶望に染まる。

「そして、非常に不本意で、残念でならない。君を仕留める方法が、君が女神にしたことと同じなのだから。」

オーラルはまっすぐ、大男を見た。

そして、銃身もまっすぐ、大男を向いている。

ただ、視線と違うのは、震えていることだ。

引き金を引こうと思えば思うほど、腕がガクガクしている。

「怖いか? 引き金を引くことが。それなら、ボクが支えてやるよ。」

すっと、彼の手に、小さな手が添えられる。

驚いて振り向くと、そこには少女の女神がいた。

「て、てめえ。俺が撃ち殺したはずだ。なぜ生きている!?」

イレイガウディンも驚きが隠せない。

不敵に笑う少女の胸からは銃弾が落ち、傷口が塞がる。

「ボクは女神だぞ。あんな程度で死んでたまるか。まっ、ちょっと驚いて倒れちゃったけど。」

「君は、何でもありなのか?」

「怖いか?」

少女の笑顔は優しかった。

オーラルは首を横に振っていた。

だが、倒れている大男は震え上がっていた。

「そっか。それなら、お前のこれからの行動にも勇気を持たせよう。」

彼女の姿はまさに神々しかった。

「この男は罪を犯しすぎた。その罪を償うには、この世界では事足りない。冥界で、悔い改めるしかない。」

「ふっ、ふざけるな。俺は神の望みを叶えるために、これまで活動してきたんだ。ガキに何がわかる。」

「その神が望んでいないんだよ。ここまでくると、少し哀れだな。運命に翻弄されたことだけは許そう。」

「なっ。」


女神の手がほんの少しだけ力が入る。


「そして、オーラル・ヘルーガ。お前にはこれから行う罪を許そう。」


「この引き金を引くことを許そう。」


「彼に向かって放つことを許そう。」


「恐怖を乗り越えることを許そう。」


「この女神とともに、手を汚すことを許そう。」



許罪きょうざいの女神、シンコーレシスティアがお前の罪を許そう。」



オーラルは引き金を引いていた。

幼い手とともに。

だが、その手は子供の手ではなかった。

少しだけ、光っていた。


静寂が訪れる。

女神はそっと、銃から手を離した。

振り子のように、マントの男の右手が揺れる。

大男はもう動かない。

「…。女神、君は…?」

「冥界の姫。そして、許罪の女神、シンコーレシスティアだ。冥界に来た人々の現世で犯した罪を許すのが、ボクの仕事だ。」

「…。」

「あ~、信用ならない顔してるな。確かにボクは、未熟者だから神話のお話にも載らない存在だけど。ヘベより若いから、それだけで不憫なことになっただけだからな。」

「自分で不憫という人は、たいてい不憫ではない。」

オーラルは溜息をつく。

そして、隣で倒れている男を見つめる。

「女神。引き金は重かったな。」

「そうだな。」

「この男も死んでしまったんだな。」

「そうだな。」

「何も、なくならないんだな。」

「ボクは許しただけだ。事実がなくなったら、何を許せばいいんだ?」

少女が腰に手を当てる。

「オレは今後も、罪を重ねるのか?」

「ボクは未来予知はできないんでね。でも、冥界に来る万人が罪を抱えている。その罪を省みる場所が冥界だ。だが、罪を償うことは、多くの苦しみがいる。その苦しみを軽減させることが許し、ボクの存在だ。」

「オレは今後も、化け物のように人を殺すのか?」

「それはないだろ。だって引き留めてくれる仲間がいるんだから。」

女神は彼のマントの裾を引っ張る。

「早くここを出よう。燻製になってしまうぞ。」

だが、彼はピクリとも動かなかった。

「…。後味が悪いからって、そんなにナイーブになるな。この件はボクが許した。それで終わりだ。帰って、ご飯食べて、寝て、少し泣いたら、ボクのせいだと開き直ればいい。」

「君は、強いな。」

「まだまだだよ。だから未熟なんだ。」

オーラルはようやく歩き出した。

女神の肩を抱いて。













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