三 ボクは女神、シンコーレシスティア

クスクスクス クスクスクス




光の差し込まない暗闇に、少女の笑い声だけが木霊する。

あぁ、今日もこの時間がやってきたのかと、絶望かそれとも悟りか分からない感情に支配される。

自分は自分の意志で動くことはできない。

ただ、映画を見て喜怒哀楽を抱くのと同じことしかできない。

それを証拠に、自分は一切動いていないのに、姿なき声だけがすぐそばまで来ている。

トントンと後ろから肩を叩かれる。

振り返ると、ナビゲータの少女が不気味な笑顔を浮かべながら立っていた。

「ダメだよ、逃げたら。」

彼女の声は、どこか狂ったような、それでも愛のある優しい声だ。

そして、いつもの様に誰かがいる方向を指さす。

「ほら、よく見てよ。」

そこでは疲弊しきったケンタウロスやミノタウロスが機械のように働いていた。

自らの意志などなく、釘やネジのように予備が多くあり、使い捨てて良い道具そのものだ。

その隣には鞭を持った青年の姿もあり、彼はどこか悪魔のような、それでも彼自身も道具のように感じた。

「みんなお兄さんの言うことを聞いているだけだよ。そう、言ったことは何でもする道具。懐中時計のように決まった動きしかしないけどね。」

目の前で笑う少女は、チクタクチクタクと口ずさんでいる。

ただでさえ、嫌な空間なのに今日は一段と増して精神を追い込んでくる。

「ダメだよ、逃げたら。」

隣に回り込んだ彼女は、今度は小さな部屋を模したところを指さす。

「ほら、よく見てよ。」

部屋の中にはバカ面な青年の周りに、多くの人やモンスターが集まっている。

皆楽しそうに笑っているが、それは作り物の仮面であった。

「だって、みんな本当に楽しいことを知らないからね。小さな箱の中で、その中でしか起きることしか知らない。仮初の幸せ。」

悔しいが納得してしまった。

偽りの出来事からは、偽りしか生まれない。

誰かが本心だと思っても、その感情は偽りでしかないのだから。

そう思うと、急に背筋が凍った。

「ダメだよ、逃げたら。」

くすくすと笑いながら、少女は手をつないでくる。

「ほら、よく見てよ。」

少女が指さしたのは、見覚えのある給食室。

だが、そこは包丁が飛び交い、炎が人を襲い、熱湯がみんなを飲み込む。

それを止めようと一人の女性が奮闘しているが、結果が伴わない。

「調理場は常に戦場だよ。刃物を使い、火を使い、そして、大勢の人がいる。使い方が少し違うだけで、結果は同じになるよ。そんなところに、人を送っているのは、お兄さんだよ。」

あざとく首を傾けながら笑う少女だが、一種の畏怖の象徴とも読み取れる。

「ダメだよ、逃げたら。」

少女が見せたのは、瓦礫に埋もれた女性だった。

「彼女は、もっと生きたかったんだよ。父親の手伝いをして、愛犬のお世話をして。いつかは結婚もして、新たな家族ができて。でも、それはもう叶わない。」

少女の言うとおりだ。

自分は全てを奪っただけ。

これから出会うはずだった幸せも、笑顔も。

恨まれても刺されても文句一つ言えない。

「だけど、お兄さんは苦しみも奪った。恐怖も取り除いた。それが、褒められる手段かは分からない。でも、ボクは頼まれたからきちんと伝えるよ。」

少女が笑顔で自分の前に出てくる。

いつもの様に嘲笑うのではなく、子供の成長を見守っていた母親のような優しい笑顔で。

「ありがとう、だってさ。」


ガバッ


オーラルはベッドから飛び起きた。

いつもの怖い夢を見ていたが、最後だけ何か違った。

具体的にどの様に変わったかは表しにくいが、感謝されたことには間違いない。

いつもと違い、家で寝ていないからだろうか。

それとも、メイドが添い寝をしてくれたからだろうか。

答えは分からないが、もう今日は始まっている。

身支度をしなくてはならない。

「アーグラン。起きな。君が寝ていては、出発が遅れる。」

「…ん~。」

彼女は珍しく、寝坊した。

朝の準備が遅れて、遅めの朝食をとっていると団体客が宿屋の前に止まった。

そして、代表らしき人物が屋内に入ってくる。

つぶれたような緑色の顔をしたゴブリン。

見覚えがあると思ったら、御者のゴットンだった。

「お頭、メイド長。おはようございやす。ゆっくり休めましたか?」

「おはよう。お寝坊さんが出るくらい休めたよ。君らこそ大変だったのではないか? 宿屋も全員が泊まれるほど広いところはないだろうし。」

「それが聞いてくださいよ、お頭。道中、誰かが昔住んでた洞窟があって、そこで夜を明かしたんですよ。あそこなら、また使えそうですし、旅の中継地点にしても良いと思いますぜ。」

「そうか。帰りに場所を教えてくれ。」

主と御者が熱心に会話をしている横で、メイドは寝足りないのか、またあくびをした。

この後は外で待っている面々に申し訳ないので、バッテンラールに向かった。

近づくにつれ、焦げた匂いは強くなるが、昨日のように燃え盛る炎も、天まで立ち昇る黒煙も見当たらない。

ただただ、静かな風が流れている。

町の入り口に着いた一行は、惨劇の起きた現場に唖然する。

「炭か灰しか残ってないでやすね…。」

ゴブリンの一言を皮切りに、彼が連れてきた救援部隊のモンスター達も感想を口にする。

前日に来ていた二人もある程度は予想していたが、入り口付近まで燃え尽きているとは思わなかった。

だが、ここに立ちくしていても仕方がない。

幸いにも、火はほとんど消えていて町を回るには影響がなさそうだ。

いくつかのグループに分かれ、散策と被害の大きさそ調べる。

ケンタウロスやミノタウロスは瓦礫をどけて、ニンフが下敷きになっているものを探す。

だが、家財も貴重品も人も全て形を失っており、これと言った収穫はなさそうだ。

救護班の役割はほとんどなさそうで、散策中にケガをした者の手当てくらいが仕事になりそうだ。

オーラルはメイドと御者を連れて、町の被害を見て回った。

と言っても、最早一目瞭然で、すべて燃えつくしたと述べるしかないだろう。

「いあやぁ、本当に、何もないでっせ。土壁やレンガも崩れてやす。」

「まだ炭が燃えている物もあるから、触る時は気を付けて。

「大きな火災が起きた場所では、泥棒が焼け残ったものを盗むことが多いが、今回はなさそうだな。」

「人影もオイラ達しかないですな。」

きょろきょろとゴブリンが見渡すが、燃えた瓦礫以外、この地にはなさそうだ。

それでも三人は町中に入り、何かそれ以外の成果を探そうとする。

すると水が湧き出ているところを見つけた。

周りには燃えた物がほとんどなく、少し広々とした空間が広がっている。

「ここは、昨日来た噴水の広場か?」

「そうかも。でも、ヒントになりそうなものは、何もないね。

「水が出ているだけでは、ダメなんですかね?」

「井戸跡かも知れない。」

「なぁるほど。」

オーラルは湧き水に手を入れたが、ただ冷たいだけだった。

まるで、この世界を表しているように。

噴水のオブジェか井戸の汲み上げの囲いかは分からないが、瓦礫があるということはここも燃えたのだろう。

仮に、ここに人が逃げたとしても誰も助かってないか…。

オーラルはそっと、昨日の少女のことを思い出していた。

「オイオイオイオイ、てめえら、誰の許可得てここに来てんだ。」

センチメンタルな雰囲気をぶち壊しながら、誰かが怒鳴り込んでくる。

声の主を見ると、ガラの悪いリザードマンが部下を引き連れて歩いてた。

今に手を出すのではと思うくらいけんか腰で、こちらが何を言っても聞き入れてはくれなさそうだ。

「やれやれ、戦うしかなさそうだな。」

オーラルとアーグランは身構える。

だが、ゴットンだけは近くの瓦礫に隠れ、様子を伺おうとしている。

「へぇ! 俺らとやろうってわけか。丁度いい、なんも収穫が無いとこだったから、てめえらを連れて帰るぜ。」

リザードマン達が波のように押し寄せてくる。

アーグランは護身用のレイピアを、オーラルはサーベルを手に取る。

両者がぶつかり合い、戦いが始まる。

リザードマンの体はうろこに覆われており、見た目以上に頑丈だ。

剣で切ろうが叩こうが、大きな傷にはならない。

対してこちらは生身の人間とエルフ。

力強く殴られては、当たり所によって重症になることもある。

相手は自分達を生け捕りにしようと手加減をしているようだが、多勢に無勢。

分が悪いのは明らかにオーラル達だ。

だが、二人の剣術は素晴らしく、峰打ちで相手を傷一つつけることなく気絶させる。

それはまるで芸術作品を見ているような美しい流れだった。

「何なんだ、こいつら!?」

「俺達が押し負けている!!」

「こいつら、本当に人間とエルフか??」

リザードマン達に動揺が走り、攻撃の手が弱まる。

今のうちに逃げようか。

オーラルがアーグランに目配せをしたが、その必要は無くなった。

「ニョホホホホ。相変わらず、喧嘩っ早いわねぇ。」

「「「姉御!」」」

声の主に、リザードマン達はひれ伏す。

逃げる準備をしていた二人も、その人物を目にする。

彼女は、従えている者とは違い、歴とした人間だった。

緑色のリボンで髪を結い、どこぞの男と同じくマントを羽織っている。

だが、彼女の特筆するところもやはり、刺青だろう。

両目の下ではなく、頬に十字のタトゥーがある。

だが、その十字は傾いていて、どちらかと言えば「バッテン」と言えるかもしれない。

にこやかな顔を崩さず、彼女はオーラルに歩み寄る。

「久しぶりねぇ。この間の会合以来かしら?」

「そちらこそ、元気そうで何よりだ。特に部下達が。」

「ニョホホホホ。皮肉が上手くなったわねぇ、オーラル。昔はワタシが教えていたのに。」

「それなら、君自身に言える皮肉を教えてほしいな、コーレリ。それだけは習った記憶がないかなら。」

「ヤーダ。」

コーレリと呼ばれた十字の者は、いたずらな笑みを浮かべた。

その様子を見て、ゴブリンが少しおどおどしながらも出てきた。

「お頭、この方は誰でやんすか?」

「ああ、君は知らないのか。彼女は…、」

「コーレリ・ミュンガーでーす。歳は25。オーラルよりお姉さんの奴隷商人ね。」

「奴隷商の会合に来るやつだ。領域が隣だから、こうして共有地で出会うこともある。襲われたのは初めてだが。」

「急にうちの子たちが襲い掛かってごめんね。ワタシの領域で怪しい人物がいたら捕まえてって言ってるから。」

「オイラは殺されるかと思いやした…。」

ゴットンは身震いをし、オーラルに隠れるように後ろに回る。

アーグランも彼の隣に並び、不服そうな顔をしている。

だが、十字の者は笑顔を絶やさないどころか、彼女にちょっかいをかける。

「あら! ソシリアンも久しぶりね。いつ見ても変わらないわね。羨ましいわぁ。」

「エルフだから。人と歩む時間が違う。

「ワタシなんかねぇ、最近色々なところの張りがなくなってきたと思うの。特に胸! それに比べてソシリアンは、こんなにムニュムニュのフワフワなのぉ。」

「んんん~!!!!!」

急に胸を揉まれたアーグランは、艶やかな声をあげる。

リザードマン達も歓喜を上げるが、それはすぐ収まる。

「コーレリ、少し度が過ぎている。アーグランは、」

「分かってる、分かってる。それより君は気になることがあるんでしょ?」

ウインクをしながら十字の奴隷商は、燕尾の奴隷商の方を向く。

「先ずは、襲った理由ってところかな? これはさっきも言った通り、怪しい人物は捕らえてって、言ってたんだけど…。」

「共有地の相手の顔くらい、覚えさせろよ…。」

「ごめん、ごめん。でも、そうなった理由は、他にあるのよ。」

コーレリの顔から笑みが消える。

「領内で人が消えることが多くてね。しかも、村単位で。何かあったと勘繰りたくもなるでしょ。」

「本当に、何かあったと思うよ。バールも手紙で言ってたし。」

「ニョホホ、あれね…。」

二人の緊迫した空気で、周りも固唾を飲んでいる。

だが、当の本人達は旧友に会ったような感じで、淡々と、でも何かを探るように話し続ける。

「それで、今回の家事もワタシは何か関係があると思うのよ。昨夜駆けつけた時は、もうすでに町は火の海。誰かが火をつけ回ったと考たほうが、説得力があるわね。」

「確かに、火事の知らせを聞いてから駆けつけたら、もう町は燃え盛っていた。昨日のことは忘れられない。」

「あら、君も昨日のうちに来てたのね。」

彼女は少し残念そうに呟く。

領域の覇権勝負は、引き分けに終わったことを暗に示していたからだ。

だが、オーラルは気にせず話を続ける。

「とりあえず、君は誰かが一連の騒動を引き起こしていると考えている、と考えているってことでいいか?」

「そうね。しかも、ワタシや君よりも、もっと腹黒い悪党がね。」

コーレリの目が妖しく光る。

「こんな感じかしらね。じゃぁ、ワタシは帰るねぇ。町の半分は見たし、もう半分はオーラルが見たでしょ。」

「そうだな…。そう言えば、」

オーラルの歯切れの悪い言葉に、コーレリは反応する。

「何かやり残したことでもあるのぉ?」

「いや、女の子を見なかったか。白いワンピースを着た、10歳くらいの。」

「この町で? ニョホホホホ、生憎見てないわね。その子がどうかした?」

「昨日、ここで見たんだが、見失ってな。」

「上手く逃げたか、巻き込まれたかのどちらかじゃない? それか白昼夢かもよ。」

「そうだな。そうだと良いな。」

ニョホと笑って、コーレリはリザードマン達を引き連れて帰っていった。

オーラルの探索部隊も、仕事がほとんど終わろうとしていた。

「帰ろうか。」

少し落ち込んだ掛け声が、部下達に伝わる。

結局、彼らも収穫は何もなく、この町を去ることとなった。




パパカカパカララ パカラカカパラカパカ




多くの馬が長い道を一列に並んで歩いている。

よく見ると、馬車や荷台を運んでいる馬もいるが、人やモンスター、積み荷を乗せているものは少なく、ほとんどが空車である。

行列には武装したケンタウロスも混ざっていて、ただの遊牧民による新天地を求めた移動でないことが伺える。

彼らが来ている服や持ち物、馬車といたるところに「燕尾のマーク」がつけられている。

そう、この一行はオーラルがバッテンラールに連れて行った救援隊である。

だが、それなりの規模で活動を行ったが、成果は全く得れず。

皆、肩を落として帰り道を歩いている。

そんな一行の主、オーラルも静かに反省点を上げながら馬車に乗っているかと思えば、彼を乗せたそれは見当たらない。

付き添いのメイドも専任の御者も、そして唯一の収穫である犬も列には並んでいない。

まさかの迷子疑惑があるが、彼らは立派な大人である。

別件で別れただけだ。

三人と一匹は、大行列から馬で一時間遅れた距離のところにある洞窟に来ていた。

「ここが、君が寝泊まりした洞窟か?」

「さいです。入り口がかなり広くて、すぐのところがダンスホールより広いんで、馬車も洞窟内に止めることができやしたね。」

「誰かが住んでた、にしては整備が行き届いてないね。

「でも、洞窟内にはタンスやベッドが置いてありましたぜ?」

エルフとゴブリンが互いの主張が合わずに首を傾げる。

だが、主は地図を見ながら頷いていた。

「アーグラン。君が持っている地図を見せてくれないか?」

「ん。」

オーラルは受け取ると、これではないと返した。

「エルフが使う文字で描かれたのが欲しいのだが。」

「でも、文字は読めないでしょ?

「文字が読めなくても、地形は分かるだろ? それに今はこの場所がどこかは分かればいい。」

アーグランは主が何を言いたいのかが分からないまま、少し古びた地図を渡した。

地図の描き方がだいぶ異なるが、道の形や山の場所は大きく変わらない。

いや、エルフの地図の方がより正確に描かれているので、距離や正確な方位はこちらに頼る旅人も多い。

しかし、まぁ、一つだけ欠点があるとすれば、50年以上も昔に描かれたことだ。

その為、地形が少し変わったり、集落が描かれていなかったりすることだ。

そんな地図と彼の地図を、旅多き奴隷商人は見比べる。

そして、何かに気が付いたのか、にやりと笑いながら二人を見る。

「君は、運が良かったな。」

ゴブリンは、その言葉が自分に向けて言われたことにすら気付かなかった。

それほど、本人に運が影響するようなことに自覚がなかった。

だが、メイドは主の話が気になり過ぎて、続きを言うように促す。

「まぁ、そんなに慌てるな。まずは、地図を見てもらおうか。」

メイドと御者の前に出された地図は、オーラルが持っている最新のものだった。

「この地図では分かりにくいが、洞窟はこの辺りになるかな。」

部下の二人はコクコクと頷く。

「では、アーグランの地図を見てみよう。」

出された地図をみて、二人は声が出なかった。

なぜなら、洞窟である場所には川が描かれていたのだ。

つまり、現在三人がいるとことは、50年前は川だったことになる。

「まぁ、何が言いたいかはなんとなくわかっただろう? エルフの地図では崖から突然、川が出てきているが、そんなところ見たことない。多分、洞窟の中も川が走っていたと考えた方が自然だろう。」

「はぁ、オイラ達は昔、川だったところで寝泊まりしてたってことでやんすね。」

「でも、運の良し悪しは、この話と無縁じゃない?

「まぁ、あくまで仮定の話だがな。ところで、二人は雨期になると現れる幻の川は知っているか?」

「オイラは初めて聞きやしたね。」

「私は知っているよ。その川の水を飲んだ人は長生きできるんだよね。

「長生きの話はともかく、雨期にだけ現れる川は本当にあってもおかしくないだろ?」

降水量が増えると、降ってきた水は従来と異なるところに流れることもある。

それを幻の川、と呼んでいるのではないか、とオーラルは考えた。

「で、ここがもし幻の川なら、雨期になれば洞窟内は水で埋もれる。寝泊まりどころか生命の危機に晒されるな。」

「雨水は急に増えることもあるもんね。普段は干上がっていても、一夜にして湖ができることも聞いたことあるよ。もし昨日、ここでそれが起きてたら…、

「つまり、オイラ達は溺れてたかもしれない、てことでやんすか!?」

「あくまで、可能性の話だがな。だが、流石に、危険がある洞窟を旅の拠点にはできないな。」

「そっか…。結構気に入ったんですがね…。」

まぁまぁ、とメイドが御者を慰める。

それを見ながら主は苦笑いをする。

「まぁ、そろそろ帰ろうか。オレらがいないまま救助隊が家に着くと、フーエルが驚くだろうから。」

こうして、三人は洞窟を後にした。

馬車に乗り、馬の負担にならない範囲で少し速く移動する。

だが、到底前方のグループに追いつくことができないので、いつの間にかいつものペースに戻る。

御者の席にゴットンが座り、その後ろの客間にオーラルとアーグランが仲良く並んでいる。

バッテンラールで引き取った子犬、ペポはメイドが抱きかかえている。

いつも通り平和な馬車の旅。

それが急に崩れた。

馬車の天井から、ドカっと大きな音が鳴った。

大きなものが当たったような音だ。

幸い天井も無傷で誰も怪我人はいないが、「それ」はまだ天井にいるみたいだ。

「ひどいな~。ボクを置いていくなんて。」

どこかで聞いたことある声が、天井から発せられた。

誰かが天井にいるのだ。

オーラルとアーグランは慌てて刀を手に取る。

ゴットンは振り返り、屋根の人物を確認する。

「へっ!? 女の子!?」

彼の驚いた声は聞きなれていたが、内容に客席の二人も驚愕する。

「そんな驚かなくてもいいだろ。ボクを誘ったのはお前じゃないか。」

クルっと一回転して、屋根の上の人物はオーラルの目の前に現れた。

丁度、彼が座っている上に彼女が座ったのだ。

一瞬変な声が出たが、その理由は数多ある。

そのうちの一つに、目の前の少女に見覚えがあったからだ。

ほとんど白と言いてもいいような灰色の髪と、純白のワンピース。

行方を晦まし、ここ数日彼が心配していた相手。

バッテンラールで出会った少女である。

「君、生きてたのか。」

正直、彼は自身がどんな顔をしていたのか分からなかった。

だが、喜びの感情が支配しているのは間違いない。

「勝手に殺すなよ。あれくらいの炎、造作もないけど。」

「いやいや、結構ひどかったぞ。それに、急にいなくなるから、どうしたかと。」

「お前が誘ったから、旅の準備をしてただけ。不思議なことじゃないだ…、いたぁ。」

「ん。」

少女が話しているときに、アーグランが彼女の頬をつねった。

「にゃ、にゃにすんだよ~。いてててて。」

「言葉遣いが悪いよ。『お前』なんて使ったらダメ。

「…。このお姉ちゃん何言ってるの?」

「言葉遣いが悪いから怒ってる。お前を使うなだとさ。」

「何で分かるの!?」

「手話だからな。手を見とけ。」

少女に座られてる男は少し苦しい顔をしながら、涼しく答える。

彼女は首を傾けながら疑問を口にした。

「このお姉ちゃん、しゃべれないの?」

「そうだよ。だから手話でお話ししているの。

「オレが出会ったときは、もうすでに手話だったな。」

「いやいや、ボクは手の動き見てても、分からないんだけど…。」

「まぁ、じきになれるさ。オレもそうだったからな。」

ふんわりしたアドバイスに少女は困惑を通り過ぎて呆れる。

だが、実際こういうしかないのだから、仕方ない。

慣れてほしいものだ、「 。文体に。

因みに、「ん」だけは話せるので、これで呼びかけとか簡単な返事とかをしている。

「まぁ、ともあれ、君が無事でよかった。」

「しっかりお前の元で世話になるからな。覚悟しとけよ。」

「やれやれ、どっちが偉いんだか。」

主従関係にはならないと思うが、少なくとも保護者くらいにはなるだろう。

だが、子供にバカにされていては、なんの示しもつかない。

これから頭を抱えることになりそうだ。

「この子が、例の子?

アーグランは抱えてた犬を少女に渡した。

何故か犬が、少女に興味を示していたからだ。

オーラルはそれを見ながら答える。

「そうだな。噴水の広場で見た子だ。見た目以上に体重があって困るけどな。」

「失礼な奴だな、お前。」

「ん。」

また、エルフに頬を抓られる彼女。

「ボクばっかり悪者にしないでよ。こいつだって、君君しか言わないじゃん。」

「まぁ、よく考えたら、お互い名前も知らないな。オーラル・ヘルーガだ。仕事は…、家に着いたら話そう。」

「アーグラン・E・ソシリアンです。メイドをやってるよ。よろしくね。

「オイラはゴブリンのゴットンでっせ。こうして馬車を扱ったり、馬の世話をするのが仕事にしてやす。」

「あっ、そんなとこにゴブリンがいたんだ。気付かなかった。」

折角の自己紹介なのに、傷つかなくてはならない御者。

不憫にもほどがあるが、周りが草原で見つけにくいというのは一つある。

「じゃぁ、ボクも自己紹介させてもらうよ。シンコーレシスティア、女神だ。」

「女神!? 君が?」

「おいおい、これでも1100年以上は生きてるんだぜ。お前より色々立派なんだぞ。敬ってもいいんだぞ。」

「でも、オレはそんな君を面倒見るんだよな?」

「修行の身だからな。そこんとこはよろしく。」

「自由気ままな女神だ。」

オーラルは嬉しそうに苦笑いした。







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