一 奴隷商 オーラル・ヘルーガ

パッカッ パッカッ パッカッ パッカッ




リズムよく鳴る馬の蹄とともに、馬車が揺られる。

青空の元、平原に浮かぶ一本道をのらりくらりと馬車は進む。

御者が二頭の馬を操り、その後ろで男性が本を読んでいる。

男性はそれなりに地位が高いようで屋根付きの車体を使っているが、貴族のように四方が囲まれているものではなくとりあえず日よけをといった感じである。

その後ろに荷物を置くスペースがあるが、ここにはいくつかの木箱が積まれている。

全てを合わせるとかなりの積載量だが、馬は気にすることなく平然と前へ進む。

そんな馬達の気持ちを代弁するかのように、御者はご機嫌に鼻歌を歌っている。

後ろで本を読んでいる男性は何かに気が付いたのか、ふと顔を上げ、本に栞を挟みパタンと閉じる。

それと同時に強い風が吹き、馬車が大きな音を立てる。

男性が着ていた濃紺のマントも轟音とともにたなびく。

しばらくして、風が収まると男性は読書に戻った。

馬車内で優雅に過ごしている男性はオーラル・ヘルーガ。

友人であるグーベルシー王国国王、トンプソン・グーベルとの晩餐会を終え、一晩彼の城で過ごしてから家に帰っている途中である。

移動手段が徒歩か動物しかないため、友人のところへ遊びに行くにも旅路となる。

そのため、暇つぶしに彼は読書を楽しんでいる。

「さっきは随分と強い風でしたね。」

少しなまった口調で御者が話しかける。

オーラルは本から目を離さないまま返事をする。

「馬車が強く揺れてな。」

「お頭自身はご無事で?」

「そうだな。ただ、髪が長いから、それだけが困りものだな。」

ここで初めてオーラルは本から目を離し、自分の前髪を見る。

彼は男性にしては少し長い髪形をしているが、ある程度は整っている。

ただ、顔の左側を隠すように前髪を伸ばしているので、それが強風で乱れたのが気に入らなかったのだろう。

この少し独特な髪形が彼の特徴だが、それ以上に目立つのが目の下のタトゥーだろう。

牙型の形のタトゥーが右目の下から口元にかけて彫られている。

長い髪で隠れているが、左側にも同じように彫られているのが隙間から見える。

この一対の牙型のタトゥーをオーラル自身は、燕の尾の形に似ていることから燕尾マークと呼んでいる。

この顔の模様と前髪、そして濃紺のマントが彼のトレードマークと言えよう。

前髪をいじっていた馬車の主は再び本に視線を戻すと、また御者が話しかける。

「お頭は何の本をお読みで?」

「あぁ、これか。これはこの世界ではない世界が書かれていてね。なかなか、興味深い。」

「へぇ!? ちなみにどんな世界が載ってんです?」

興味深く聞いてくる御者に、オーラルも嬉しそうに答える。

「この本に載っている世界は『地球』と呼ばれてな。地球の時代の分け方だと、我々の世界は中世に近い。」

「それって、どういうことで?」

「簡単に言えば、4~500年昔に当たると言うことらしい。」

「へぇ!? じゃあその本は未来が書かれているんすかね?」

「ほぅ。その考え方はなかった。ただの物語としてしか、見てなかった。」

オーラルは御者の言葉に目をぱちくりとさせる。

だが、彼は肩を落としながら御者に呟く。

「ただ、まぁ、この世界とは全く別物として考えた方がいい。君のような亜人を初め、モンスターやドラゴンは夢物語としてしか、登場していない。」

「へぇ!? つまりはオイラはその世界にはいないってことですか!?」

驚きながら御者はつぶれたような緑色の顔を主に向ける。

オーラルは苦笑いをしながら答える。

「そうだな。この世界にいる動物は人と獣、魚、鳥くらいかな。」

「そいつは、少なすぎやせんかね?」

「まぁ、この世界基準で言えば、種族は限りなく少ないだろう。そのかわり、人がはびこっているようだ。」

「人間が? う~む、この世界も人間の数は多いですが、大多数が占めているのは想像がつきやせんね。」

ゴブリンである御者は非現実的である世界を頭の中で描くことができなかったようだ。

オーラルもその世界を想像したようだが、首を傾げる。

「あまり素敵な世界とは言えないかもしれない。今でさえ、我が物顔で道行く輩もいる。人しかいないなら、世界を掌握していると思っているかもしれない。」

少し悲しそうな瞳が右側だけ見える。

その瞳から視線を逸らすように御者は空を見て、そうですか、とだけ呟く。

そして沈黙が続き、馬の蹄だけがこだまする。

オーラルはまた読書に戻り、ゴブリンは鼻歌を歌うことなく静かに手綱を引いている。

そんな時間がどれだけ続いただろうか。

1時間、いや、2時間かも知れない。

もしかすると、たった 30分 や15 分と短いかもしれない。

優しくも時折狂暴になる風が 7 回吹いたくらいしか参考になるものがない。

彼らの行く先に川が見えてきた。

大きな川が大地を二つに分けており、馬車の行く手を阻んでいる。

しかしオーラルはパタンと本を閉じると、マントの着崩れを直し始める。

「もう、国境か。」

「そうでっせ。忘れ物はないですか?」

「あっても取りに戻れる距離ではないな。」

「そうれもそうですな。」

ゴブリンはゲラゲラと大声をあげて笑う。

主も遠くを見つめるように目を細める。

友人と彼の立ち上げた国に別れを告げるとなると、やはり思うところがあるのだろう。

「さて、川を越えて家に帰ろうか。」

この声が御者に届くと同時に、川辺にある建物が目に入る。

検問所の役割を持った船着き場だ。

国境を超えるわけだから、警備も厳重である。

一行の馬車がその建物の前に止まる。

レンガ造りで建てられてからかなり年月が経っているように感じるが、海風ならぬ川風で風化しているだけである。

そんな築五年の建物から屈強な男達がぞろぞろと出てくる。

「十人は出てきてまっせ。ここの人間は暇人ばかりなんすっかね?」

「やめときな。聞こえる。」

苦笑いをしながらオーラルは馬車を降りる。

馬車はすでに囲まれており、一番偉そうな男が彼の前に立ちふさがる。

「馬車ごと川を渡りたい。船を貸してもらえるかな。」

オーラルはたじろぐことなく、目の前の男に要件を伝える。

「船はある。だが、船頭がちょうど休息中だ。彼の準備が終わるまでここで待ってもらうことになる。」

「構わない。」

警備隊の低く響く声にそっけなく彼は答える。

すると、馬車を囲んでた男達の何人かが場を離れ、建物の中や船の方に向かう。

きっと、船頭や船の準備の手伝いに行ったのだろう。

だが、リーダーと思われる人物はオーラルの前に立ちふさがったままだ。

「一応聞くが、この川を渡るために必要な手続きがあるんだが、わかってるよな。」

筋肉を震わせながらリーダーはオーラルに詰め寄る。

しかし彼はマントを一払いすると、ポケットから金属の板を二つ取り出す。

「通行許可の確認と、オレの身元確認だろ? これが通行手形だ。」

「うむ。こちらはグーレンシー王国の紋入り。こっちのはポンダレル王の物か。一応、本物か確認をさせてもらう。」

部下に手形を渡し、重さを測らせる。

天秤に彼らが持っているものとオーラルが持っているものを乗せ、釣り合うか確認する。

片方の皿に一気に二つの手形を乗せた天秤は、グラグラと大きく揺れるもすぐにバランスを取り釣り合う。

それを見た御者は安堵するが、主は平然としている。

検問所のリーダーは金属片を二つオーラルに返したかと思うと、ずっと彼に手を突き出している。

「そう焦るな。身分証もきちんとここにある。」

右目を細めることで相手に威圧感を与えるオーラルだが、片目だけではやや迫力不足か。

待ち人は不満そうな顔をしている。

まだかまだかと口の形を変えること五回。

漸くマントの男から身分証を受け取る。

通行手形を返してからわずか五秒のことだが、どうやら人によって五秒の長さは違うらしい。

せっかちな検問官はささっと手帳型の身分証を見ると、すぐに持ち主へと返した。

「オーラル・ヘルーガ。グーレンシー王国の上級階級でありながら、織物や木工細工を売る商人として生計を立てている変わり者か。国王と仲が良いことにあることないこと吹き込んでるんだとか。気に食わねえ野郎だ。」

「噂に尾ひれはひれが付いているだけだ。それに、検問官という公人が一般人に暴言となると、この国の品位が下がる。気をつけな。」

「それはどうだか。火のないところに煙はたたぬとも言われてるしな。」

「他人が勝手に火をつけて、騒いでいるだけだ。」

「なら、こんな話も聞いたことあるぜ。お前は人をさらっては売りさばく極悪人だとも。」

「それこそ、濡れ衣だな。人攫いも人身売買も、極刑に処される罪だ。誰がそんなことすると思う?」

「それに関しては同感だぜ。形式的な質問の一環だと思いな。」

と笑いながら、親指で川の方を指さす。

どうやら通ってよいと言うことらしい。

オーラル質の悪い質問だと思いつつも馬車に乗り込み、御者がはいよっと鞭を鳴らして発車させる。

ぽくぽくと少し進むと、そこそこ大きめの船と船長が待っていた。

マントをたなびかせながらオーラルは馬車から降り、船長のもとに歩む。

彼は白いひげを撫でていたが、客が来たことがわかると姿勢を正す。

「よろしく、頼みますよ。」

「まかせな、坊主。俺は渡し人。あんたを向こう岸に届けるのが仕事だ。」

彼の出した手をしっかりと握り返す船長。

検問官とは違い優しくも誇り高き目をしている。

オーラルはそっと微笑み、船に乗り込む。

先に馬車は乗っており、業者が馬を縄で繋いでいた。

それを確認するように主は通り過ぎると、船の先へ歩む。

霞んではいるが、自分の国、グーレンシー王国が川の向こうに見える。

「帰ろうか。」

そう言うと、まるで船が聞いてたかのように動き出した。

ゆっくりと、しかし確実に前へと進む船。

だが、バランスが悪いのか上下の揺れが激しい。

普通の人では立っているのもやっとな状況だが、手練れた猛者がいた。

「ばれなくて、よかったですな。」

御者のゴブリンが平然と彼に話しかける。

オーラルも足はバランスをとるのに忙しそうだが、ちゃんと相手はできる。

「どうだか。噂で人攫いだの人売りだのと言っていた。オレの本職も知っていても不思議ではない。」

「大抵の人間は単なるうわさ話、と聞き流してまっせ?」

「たまに、噂話なのに事実だと信じ込んでいる輩もいる。それに…、」

そっと彼は振り返る。

「それに、オレが奴隷商人であることは事実だ。」

振り返った彼の顔は少しもの寂しげだった。




カァ~ カァ~ カァ~




夕日に向かって黒い鳥の影が叫んでいる。

それを合図にしたかのように、多くの動物も森の中の家に帰ってゆく。

辺りが静寂に包まれてゆく中、彼らはゆっくりと帰路を進んでいる。

川を渡るのに時間がかかり、更に道を行くこと数時間。

家までもう少しの距離となったが、日が暮れるのが先か家に着くのが先かという状況になっている。

「しっかし、暗くなると怖いですな。灯りと言う灯りが全くないですし。」

御者のゴブリンが不安そうに辺りを見渡す。

確かにこの辺りには家が全くない。

それどころか草原が広がっており、地平線を隠すように森が並んでいる。

これほどまでに大自然に囲まれた土地に一本だけ道が延びている。

そんな環境下だからだろう。

ゴブリンの顔に不安の色が見える。

しかし、オーラルは顔色を一つ変えることなくため息をつく。

「やれやれ、君は自分の家の庭で何を怖がっている? どんな生き物がどこに住んでいるかはしっかりと把握しているんだろ?」

「それはそうですが、オイラは非力ですから、何かあったらどうしようもできませんで。」

「だからこそ、どこに誰が住んでいるか分かっていないといけない。それで対策ができるからな。」

「オイラは頭も弱いですから。お頭みたいに知恵が回らないんでっせ。」

「だから、いつも一人でお出かけしていないのか…。」

「面目ないです。」

御者は恥ずかしそうに頭をかく。

主も、相手が自分とは違うと分かっているので、それ以上は何も言わない。

ただ、苦笑いはどうしても抑えられない。

「まぁ、安心することだな。もう少ししたら、灯りが見える。」

オーラルは遠くを見つめる。

道の先にはもう太陽が沈んでわずかなところがサーモンピンク色に染まった、濃紺の空と、黒い山の影しか見えない。

しかし、カラカラカラと馬車が進むむにつれ、地平線からオレンジの光が見える。

「おや、もう畑まで来てたんですか!? 暗いとどこ進んでるのかよく分からんので。」

「まぁ、これで安心できるだろ? 畑を超えれば二週間ぶりの我が家だ。」

御者の嬉しい声につられてか、主の声も少し弾んでいる。

長い旅路もようやく終わりが見え、安堵しているのかもしれない。

ただ、オーラルは浮かれることなくしっかり馬車に腰を据え、目的地にたどり着くのを待っている。

対して、ゴブリンはよっぽど嬉しいのか、昼間と同じ鼻歌を歌いだす。

その歌に合わせてか、馬車の速度も少し速くなり、あっという間に灯りの隣を通り過ぎ、畑を駆け抜ける。

夏になり、成長の速い野菜は前回見た時より大きくなっており、ものによっては明日明後日に収穫できるかもしれない。

そんなことを思いながら景色を眺めていると、ふと、懐かしい、いや、見慣れていたはずの建物が見えてきた。

そこそこ使い込まれたレンガづくりの二階建て。

その隣には木造の馬小屋もひっそりと建っている。

そう、この二棟の家こそが彼らとこの馬車を引いている馬の家。

大自然と農場に囲まれた土地に、ポツンと建っている、アクセスにはかなり勝手が悪い家だ。

その分、ここで行っていることも外に漏れる心配はないが。

そんなレンガの家の前に馬車が着くと、オーラルはゆっくりと降りる。

御者のゴブリンも飛び降りるようにジャンプすると、荷台から旅行カバンを取り出し始める。

国を超えての旅路だったため、衣類に加えて商品や武器なども積んでいた。

その為、二人、いや旅立ちの時は三人だったが、どちらにしろ少人数分の荷物にしては数が多くなってしまってる。

「やれやれ、手伝おうか。」

オーラルがいくつか荷物を持ち始めると、ギィと鈍い音がした。

音のした方を見ると、玄関の扉が開いていて誰かが立っている。

立派なタキシードに身を包み方眼鏡をかけた男性、いや、オスと言った方が適切かもしれない、鳥人間がいる。

背丈は150センチ程で、鳥の種類はフクロウか。

頭部に白い毛が奇麗に生えていて、年を召しているのがわかる。

「おかえりなさいませ、お坊ちゃま。旅路でお困りになられたことはございませんでしたか?」

「やぁ、フーエル。それなら、ちょうど困っていたところだ。荷物を運ぶのを手伝ってくれないかい?」

「それくらい、お呼びなら直ぐに駆けつけると思いですが、彼女なら。」

と言いつつ、フーエルと呼ばれた執事は指を鳴らす。

すると、家の奥からどたどたと音がして、執事の彼を押しのけるようにして金髪の美女が出てきた。

「ん?」

とんがった耳が特徴であるエルフの彼女は、首を傾けながらオーラルに視線を送る。

「ホホホ。さっきまでの様子が嘘のように元気になられましたな、アーグラン。荷物運びを手伝ってほしいそうですぞ。」

「頼むよ。」

フクロウの執事の呼びかけにオーラルも呼応する。

するとエルフは「ん」と呟き、次々に荷物を家へ運び始める。

その作業の手際の良さに残された男性陣がぽかんとしていると、瞬く間に荷物の山はなくなってしまった。

「ホホホ。では、我々も戻るといたしましょうか。」

「そうだな。」

「あっしは馬達を小屋に入れてからにさせてもらいまっせ。」

「分かった。頼むよ。」

オーラルが言い終わると同時に御者ゴブリンは馬車を動かし始める。

残った二人はゆっくりと玄関をくぐり、この屋敷の主にとっては久しぶりの家のにおいをかぐ。

誰の趣味かはわからないが、アロマキャンドルの優しいにおいがこの家をつつみこんでいる。

運び込まれた荷物はメイドであるエルフの彼女が片付け始めていて、もうすでに山が半分ほどなくなっている。

仕事が速すぎると思いつつもオーラルは執事に連れられ、応接間を兼ねている居間に足を運ぶことになる。

居間はきっちりと掃除がされており、主がいない間もメイドが十二分なほど仕事をこなしていたことがわかる。

少し微笑みながら彼はマントを脱ぐこともせず、自分の椅子に座る。

続いてフクロウの執事が威圧感を与えるように、彼の隣に無言のまま立ちはだかる。

「…。」

「…。」

「……。」

「…。どうした、フーエル。」

あまりにもの威圧と間に、オーラルは耐えきれなくなり、フクロウの執事に話しかける。

「どうしたこうしたもないでしょう、お坊ちゃま。わたくしは怒っているのですよ。あれほど反対したグーレンシー王国行きをなさったのですから。」

「旧友に会いに行き、ついでに商談。副産物としては、カモフラージュ用の雑貨・機織り物の商いで得た利益。行けと言われる理由はあるが、とめられることはないと思うが。」

「国境を超えること、そして商談。これがどれほど危険なことか分かっておいでですか!?」

勢いよく発せられた言葉に、オーラルもフーエル自身も驚く。

しかし、老境である執事は一度大きく息を吐き呼吸を整える。

そして、もう立派な大人である主に対して、子供を諭すように語り始める。

「良いですか、お坊ちゃま。貴方様は奴隷商を行っております。しかしながら、奴隷制を禁止する世界的な条約が出来たのが百年ほど前。最初は反対していた国々も加盟していき、三十年ほど前にはほぼ全世界が批准しております。そして、奴隷を含む人身売買はどこの国でも取り締まっており、重罪、場合によっては極刑も厭われません。」

「そんな世界でも、多くの王族、貴族が奴隷を望んで買っている。これは如何に?」

「今は世の闇の話をしているのではありません。お坊ちゃまがなされていることが如何に危険かを説いているのです。」

「国越えや国外での商談はオレが奴隷商人であることがばれる危険がある、と言いたいのだろ? そんなことは百も承知で行っている。」

「だからこそ、そのような危険なことはおやめくださいと申しているのです。」

はぁ、とオーラルがため息をつく。

そして立ち上がり、自分より背の低い執事の目を見ながら言い放つ。

「それならフーエル、君はこう言うべきだ。『奴隷商をやめてくれ』と。」

執事は驚きと焦りのあまり目を見開いてしまう。

その様子を確認したオーラルはまた、椅子に座り窓の外を見る。

「しかし、君はそんなことを言い出せない。いや、言い出せないと言った方が正しいか。なぜなら、君もオレの奴隷商による恩恵に預かっているのだから。」

「お坊ちゃま!!」

「まだ、他に言いたいことでもあるのか?」

フーエルは怒りの感情が湧き出していた。

オーラルの言ったことが図星だったから、という理由もある。

だがそれ以上に、彼が伝えたかった事を主は正しく理解できなかったという理由の方が大きい。

だからこそ再び大声でお坊ちゃまと叫んでしまったのだろう。

それからはオーラルとフーエルの口論が始まった。

馬を馬小屋に繋ぎ、馬車をしまって家に入ってきた御者のゴブリンがその光景を見て止めようとするも、言葉も力も非力な彼にはどうすることもできない。

ただただ、お祭りのように騒ぐしかできなかった。


バンッ


唐突に大きな音が鳴り響く。

騒いでた三人が音の鳴る方を見ると、メイドが机の上に手を置いている。

そこから煙が立っているのを見る限り、先ほどの音は彼女が机を叩いた音なのだろう。

「ん。」

メイドはもう片方の手に持っていたお盆、の上にあるティーポットとティーカップを強調させる。

お茶の時間、と言うことなのだろう。

三人は先ほどまでの熱気を失い、言われもしてないのにおとなしく座った。

その様子を見て、メイドは紅茶をカップに注ぎ始める。

高い位置から勢いよくカップに注がれるも、決してこぼれることはない。

それを四回繰り返すと、座席の前に並べる。

「ん?」

彼女はフーエルに何か言いたいことがあるのではと、会話を促す。

そんな執事は黙ってはいたが、決心して口を開く。

「お坊ちゃま。わたくしが危ない行動を控えるよう言っているのは、お坊ちゃまの身のことを考えてです。」

「オレのしていることがバレれば、捕まることは間違いはない。さらには処刑、良くても流刑だろう。確かに、心配したくなる気持ちは分かる。」

「それだけではありません。お坊ちゃまがいなくなれば、現在我々が預かっている奴隷達は、この土地は、更には知事様はどうなるのか。想像など容易いでしょう。わたくしが言いたいことは以上ですが、お分かりいただけましたか?」

「あぁ、ただ、それでも、二つ返事で国外に行くのをやめるとは言い難い。」

「…。」

「ただ、何か良い方法がないか、考えてはみよう。」

わたくしも考えてみますぞと執事が答え、無事に揉め事は方が着いた。

オーラルもフーエルもカップを手に取り、おいしく紅茶をいただく。

しかしながら、メイドの中ではまだ終わってなかった。

隣に座るゴブリンに目を光らせる。

「オ、オイラにようかい? メ、メイドのねーちゃん?」

恐る恐る話しかけると、返ってきた言葉はわずか一言半。

「んっ。」

しかし、これだけで彼は悟った。

自分が二人のけんかを止めれなかったことを責め立てられていると。

だが、彼はゴブリン。

二人を遮る言葉もなく、力もない。

増してや、彼女のような知恵や起点によって場を治める術も知らない。

だからそのことを伝えようとするも、

「んっ!」

と言われ、何故か分厚い教科書と剣を渡された。

状況が呑み込めない御者に執事は見かねて口を開く。

「貴方には勉強と剣術を学んで、力をつけてほしいそうですよ。」

「そっ、そんな~!?」

悲鳴とも取れる声で、彼は嘆き始める。

「やれやれ、ゴットン。今まで避けてた付けが回ったようだな。」

オーラルはそっと、御者を哀れんだ。







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