罪と、許しと、そして女神と
白下 義影
プロローグ
ポコポコポコ
グラスに赤いワインが注がれる。
無知な自分でも、奇麗な色合いや微かに香る匂いから上質のものと伺える。
料理も贅沢の限りを尽くした超一級品とは言い難いが、客をもてなすには十分なレベルである。
豪華なシャンデリアで灯りをとっているこの部屋はまだ、絵画や彫刻、はく製などの美術品が少なく、この屋敷の主が漸く高位に就いたことを表している。
その主は体格の良い30代の男性で、額には大きな傷跡が刻まれている。
ただ、少し恥ずかしそうに笑う彼は、自分が知っている頃の彼と大きくは変わらない。
「それでは、改めて挨拶を。ようこそ、ヘルーガ殿。本日はほんの気持ちばかりですが、夕食を用意したのでお楽しみください。」
「こちらこそ、お招きありがとうございます。独立承認及び新国王就任直後のお忙しい時期に、わたくしにお声をかけていただき感無量です。トンプソン殿、いや、グーベル国王。」
屋敷の主の丁寧な挨拶に自分も丁寧に返すが、お互い歯がゆくなったのか笑い出す。
「やっぱり、俺らにはこんなあいさつ、似合わねえな。ここは二人っきり、昔みたいに話し方で十分だな、オーラル。」
「あぁ、君はいくら着飾ってもやはり『トム』のままだし、オレはオレのままだ。」
「オーラルは全然自分のペースを崩さねえな。知った仲ではあるが俺は国王。いつもの様に、マントを着てきやがって。」
「この濃紺のマントは大切な人からもらったものだからな。こればかりは譲れないな。」
「それでこそ、俺の友人だ。」
二人は子供のように楽しそうに笑う。
「さて、話したいことは山ほどあるが、料理が冷めてしまう。まずは、乾杯と行こうじゃないか。」
あぁ、とオーラルは返事をし、グラスを掲げる。
トンプソンも同じようにグラスを持ち上げ、音頭をとる。
「では、俺の国王就任と、オーラルの商売敵討伐を祝って、乾杯!」
「乾杯。」
カチーッン
ガラス特有のぶつかり合う音が室内に響く。
その余韻に浸るように、二人は赤いワインを口にする。
その後は、やはり食べることよりも話すことがメインとなり、なかなか箸ならぬ、ナイフとフォークを持った手が進まない。
だが、久しぶりにお互いゆっくりと時間が取れた貴重な一時。
心の底から楽しんでいるのだろう。
「まぁ、何か不思議な感覚だ。君とは二年くらい会っていないだけだが、こう話していると随分と時間がたったように感じる。」
「この二年間、ホントいろいろあったからな。五年前、お前と会って、独立戦争を起こして、臨時政府を建てた頃まではずっと会ってたから、そう感じるんじゃないか?」
「そうかも知れない。だが、君が本当に国王になるとは思わなかった。」
「俺は最初から言っていたけどな。」
そうだなと、客人は返し、そして思い出したかのように言葉を紡ぐ。
「そんな君には、オレからささやかなプレゼントを差し上げよう。入りな。」
指を鳴らすと、召使が小箱を両手の手のひらに乗せながら部屋に入ってきた。
そして、トンプソンの前に来ると跪き、箱の蓋を開けた。
箱の中を覗いた彼は少し困惑した表情をしながら、友人の方を見る。
「見なれないものが入っているが、これはなんだ、オーラル?」
「小型化された『銃』と言うものだ。威力や命中率は低いが、護身用として身に着けている貴族は多い。まぁ、数メートルくらいならそれで充分役割をこなすらしい。」
「ほう。銃なら独立戦争の時も使ったが、一発撃ったら、その後、弾を込めたり、火薬を扱ったりと大変だった記憶がある。実際には、突撃前の威嚇くらいしか役割がなかったな。」
「それでも、銃をほとんど持っていなかった相手の軍との戦力は段違いだったはずだ。在ると無いとでの差は、君が一番理解しているはずだ。」
「そんな褒めるなって。」
と嬉しそうにトンプソンは、銃を手にする。
確かに使い勝手は悪いが、それにも勝る脅威がこれにはある。
そのような物、更には自身が知らない珍しい物をもらえて喜びを隠せないようだ。
「それともう一つ、君に良い話がある。」
満面の笑みを浮かべている友人に、オーラルは更に何か用意したようだ。
「君は先日、護衛兼秘書の仕事をする人材が欲しいと手紙をくれたな。」
「よく覚えているな。もう一年くらい前の話だが?」
「なに、大切な友人からの依頼だ。少し時間はかかったが。お望み以上の実力者を連れてきた。」
「それは楽しみだな。」
トンプソンはどこからその人物が現れるか楽しみにしていたが、彼の前に現れる気配は一向にない。
それどころか、オーラルは彼が探している様子を見て、笑いが抑えられていない。
「なにがおかしい、オーラル? 俺はお前が連れてきた人を待っているのだが?」
「それ自体が面白くて。君が望んでいる人物はもう目の前にいるよ。」
そう言いながら銃を入れてた箱を持っている召使、いや、メイド服を身に纏った女性を紹介する。
「彼女が護衛兼秘書を務めてくれる。加えて、メイドとしてのスキルも有しているから、公私問わずお世話をしてもらえる。」
「はぁ。」
唖然としている新国王だが、メイドは箱を足元に置き、スカートの裾を掴みながら頭を下げる。
「ジュレイン・バ・フェルストインと申します。グーベル様にお仕えするにあたり勉強はしてきましたが、実際に働くのは初めてで粗相を犯すかもしれませんがよろしくお願いいたします。」
透き通った声での挨拶。
この場には彼女以外に二人しかいないが、大勢の人がいたとしても全員を魅了しているだろう。
トンプソンも最初は嬉しそうに驚いていたが、少し間を置くと怪訝そうな顔でオーラルに話しかける。
「素敵なお嬢さんを連れてきて、正直驚いている。秘書やメイドの仕事は、この地域のしきたりもあるから覚えてもらうことになるが、お前の紹介する人物だ。そこまで心配していない。しかし、護衛は務まるのか? 小柄で細身、流石に不安になる。」
「それなら試してみるかい?」
と客人は腰から銃を取り出す。
そしてすぐさま国王に向かって引き金を引く。
大きな音が室内に響き渡り、そして静寂が訪れる。
あまりにも奇麗な流れで行われたので、王様は何が起こったか呑み込めなかった。
ただ、目の前にナイフがつき刺さった銃弾があることだけが分かる。
「ヘルーガ様。いくら何でもやりすぎですよ。この距離だと流石の私も冷汗が出ました。」
トンプソンの背後から、メイドの声がする。
この状況で漸く彼は、目の前の友人が自分を撃ち、彼女が銃弾を止めたことを理解する。
「ハハハ。これは驚いた。鉄砲より速く動けるとは…。気に入った。彼女を雇うことにする。かまわないだろ?」
「もともとそのつもりで連れて来ている。後で彼女の荷物を運びこんでもいいかな。」
「いいぜ。それ以外にも欲しいものがあったら何でも言いな。すぐ準備するぜ。」
「ありがとうございます。」
そして、餐会はまだ続くのであった。
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