第36話 麻雀と「そこ僕の席なんですけど?」

 新しい友達ができたといっても屋上部への復帰を望んでいたポッシュは、LUNAにも通うことに決めた。まだベビーフェイスからは無視されていたが彼は麻雀をしないので、まずは麻雀部員と仲良くなっていった。LUNAで暫くダベった後に、「下山」と呼ばれていたが、お茶の水の坂を下る。駿河台下の交差点を右に斜めの小路に入ると、スロット屋と麻雀屋があった。夜が稼ぎ時の麻雀屋さんは、朝は遅い。仕方なく暫くスロットで時間を潰して、開店と同時に入店するのが常だった。 

 


 一緒に打っていたのはアンクル、スカーフェイス、1学年先輩のワイドフェイス、そして他校の不良達だった。スカーフェイスは元野球部のエースだったが、麻雀も強かった。その横には、桜蔭から慶応に進学した彼女がよく侍っており、彼女とも仲良くなった。ワイドフェイスはポッシュの同学年ではアンクル、アルルカン、スリムと仲が良かった。プリンス達とは異なり、風貌ではなく、そのねちっこい喋りと強引さだけでなぜがモテている、憎めない人だった。ポッシュも大学以降は、2人で飲みに行くほど親しくなった。他校出身の1人は細面の角刈りに丸メガネをかけた旧制高校生のような風貌で、笑うと欠けた前歯が覗くトゥースレス。高校生の頃から1人で麻雀店に入って稼いでいた輩で、プロ級の腕前だった。もう1人は、優等生っぽい都立高校出身の爽やかな感じのミント。煙草も酒もやらず麻雀だけはやるという、麻布でいうと潰れた麻雀屋さんの常連だった標準服の連中と同じ類だった。

 日によって参加メンバーは異なるのだが、毎日のように打っているのはこの5人だ。4人の時は1卓、8人の時は2卓、5人の時は1人が待っていて途中で変わるというシステムだった。近くのキッチンジローなどで出前を取り、タバコを吸いながら、夜まで打ち続ける。ランチだけでなく、ディナーも雀荘で食べる事も珍しくなかった。負けた奴が熱くなり勝ち逃げを許さないと閉店までいることもあり、12時間も雀荘に居座り続けていた。僕には全くの時間の無駄としか思えないのだが、ゲーマーの友達は何時間でも好きなゲームにハマっているわけで、同じなのかもしれない。アルコールや麻薬と同じで、ある種の依存症なのだろう。



 こうして新屋上部のメンバーと、麻雀を通じて交流を深めていったポッシュだった。実は子供の頃から家族麻雀をおじいちゃん、祖母、叔父と打っていたので、技術は高かった。しかしなかなか勝てずに、カモになっていた。ツキがなかったのと、流れを掴むのが下手で、変なところで振り込んでツキを相手に与えていたからだ。勝っている際はお坊っちゃんらしく「少しぐらい負けてあげてもいいかな?」と思っていたのも原因だ。そうなると、麻雀をやる方なら分かるらしいのだが、ツキはすぐに相手に逃げてしまう。まして高校生の頃から1人打ちをして鍛えられていたトゥースレスやアンクル、スカーフェイスらが見過ごすはずはなかった。終了後スカーフェイスに笑顔で言われると、返す言葉もなかった。

「ああ〜ポッシュ、せっかく勝ってたのに残念だったな。でも、詰めが甘すぎなんだよ」

 麻雀にも相性があるようで、ポッシュは1番上手いトゥースレスにはあまり負けなかったが、スカーフェイスとミントにはいつもやられていた。

  こんなんなのでクタクタになり帰宅後、祖母から

「お疲れ様、遅くまで頑張ったわね」

 と、笑顔で言われると、流石に心が傷んだ。予備校は学校と異なり出席を取るわけではなく、サボっても叱られることもない。図書館にも行っていないので、勉強量は麻布時代よりもさらに少なくなっていた!

 


 6月半ばも過ぎ、梅雨も始まったようで雨模様の天気が多くなってきた頃、フィロソファーから連絡があった。

「ポッシュ、最近お前の席に知らない人が座っているから、そろそろ出てきた方がいいんじゃないのか?」

「え、本当に?分かった、明日顔を出すよ」

 実は文系Ⅰクラスは駿台でも1番の名物講師を揃えていて人気が高く、「もぐり」と呼ばれた他クラスの生徒達が空席を見つけると、そこで授業を受けているのが日常茶飯事だった。たまに学生証の点検を予備校が行うと、入れない沢山の学生を尻目にポッシュは学生証を手に悠々と中に入っていった。その時に

「え、あのチャラそうなやつ、文Ⅰなの?」

 という声がよく聞こえてきた。相変わらずの茶髪のパーマ頭に、プリンス由来のファッションだったからなのだろう。駿台でも麻布時代と変わらずに、目立っていた。

連絡をもらった翌日に駿台に行くと、確かに見たこともない学生が自分の席に座っていた。学生証を見せて、

「あのうすいません、そこは僕の席なんですけど」

「ああ、ごめんなさい」

 と「偽物」は慌てて姿を消した。周りも、全く学校に来ないポッシュではなく、実はその生徒が「本物」だと思っていたようだ。

「ありがとう、助かったよ」

「ちゃんと学校に来ないと席取られちゃうぞ」

 それから暫くは心を入れ替えて、塾に通うようになった。

 


 そうは言っても、共通1次のためにしか必要のない理科の授業は、プリティ以外の3人は毎回欠席していた。当時の東大の入試では、共通一次の試験の100分の1の点数が2次試験の結果に追加される。前回の810点ではなく苦手な理科を中心に点数を上げて例えば910点を取れば、2次試験で11点有利になる。これは丁度、文Ⅰと文Ⅱ、文Ⅱと文Ⅲの最低合格点の差と一致していた。しかしポッシュは「いまを生きる」ことを選び、理科は前年度と同じでいいという道を選んだのだった....

 

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