第32話 駿台の風景と高校野球東京都予選での落ちこぼれ報道

 「人生最悪の、心も身体も冷え込んでしまった冬」。3学期が始まると、ポッシュは駿台予備校に通うようになった。記憶が定かではないようだが、英語と数学のクラスだけだったようだ。

 授業が終わってから始まる予備校には、様々な制服の生徒が集まっていた。しかし、「ポッシュのことを友人たちは、すぐに見つけられた」そうだ。なぜって「髪の毛が茶色かった」から。「染めているの?脱色しているの?」と女の子達によく尋ねられていたそうだが、中3の時にかけたパーマと長髪のために、元々茶色い髪は赤みがかっていた為だった。周囲が殆ど黒の制服やセーラー服の中で、「私服で茶色い頭を見つけるのは、確かに簡単だった」のだろう。


 

 こうして「屋上部」を辞めたおかげで、ようやく「受験勉強を始められるようになったはず」のポッシュだった。しかし、「屋上部」を辞めたからと言って、突然勉強をする気になるわけではない。物理的には可能だったが、精神的には無理だったようだ。そう、実は完全に「帰宅部生」となったわけではなかった。「準屋上部」のような連中と、テレ朝通りの現在では「グランドハイアット」の斜向いのあたりにあった女学館や英和の生徒も集まる「ブレッド」というたまり場に入り浸っていたのだった。家では勉強する気が起きないので、「中央図書館に通っていた」のも変わらなかった。「行くメンバーが変わっただけ」だった。

 マリリンと会う際も、一応中央図書館以外では、原宿や渋谷、麻布にあった図書館で待ち合わせるのだが、そのままずーと図書館にいるわけではなかった。映画館やゲーセンに行くのが常だった。


 

 本当に机に向かう能力がなかったらしく、「山手線を1周しながら英単語を覚えていた」というエピソードには驚かされた!

「山手線を1周すると、約1時間ぐらいかかるんだ。恵比寿で乗って渋谷で下りずに、そのまま一回りしてから渋谷で降りる。そうすると「逃げ場がない」ので、勉強嫌いのお父さんでも1時間は勉強に集中できたんだ」

 バッハを聞いての「勉強脳になる方法」といい、よく色々考えつくものだと感心させられた。家に帰っても机に向かう気にならずに、レコードを聞いたり、漫画を読んだり、テレビで映画を見たりしていた。趣味というものは、知識がつくに従い、熱中するようになるのは、当然だろう。スロットや麻雀、ビリヤードに行かなくなっただけで、ロック喫茶やジャズ喫茶にも通っていた。

 つまり、「屋上部」入部以前と「屋上部」在籍中の真ん中ぐらいの勉強量、だったようだ。

「屋上部」に在籍していた事によるハンディは、想定よりも遥かに大きかった。中間試験や期末試験などの定期試験では、2週間の勉強で「なんとか上位」に入っていた。しかし、「実力試験」という本当の実力を測る試験では、中学からの5年間に習った内容が、全て出題される。そうなると、定期試験の間はかろうじて覚えていた公式や単語などは、時が経つと忘れてしまっていることが歴然となってしまった。そう、高2の秋に行われた実力試験では「ポッシュの成績は下位50%」に落ちてしまっていたのだった。これでは、東大に受かるはずもない。「上位25%に入る必要」があったのだった。




 「いじめ」と大嫌いな受験勉強に明け暮れるという苦しかった冬も何とかしのぎ春になると、「高校野球の都大会」が始まった。当時の麻布高校野球部は、130キロだったか、とにかく「都内でも屈指の球速を誇る投手」スカーフェイスを擁し、進学校には珍しく大会を勝ち進んでいた。ポッシュも、イージーゴーイングやスマイルと一緒に、応援に出かけた。スカーフェイスは特にアンクルと仲が良く、ポッシュはよく後ろから「ポッシュ、いいケツしてんじゃん!」と突然思いっきりお尻を叩かれるだけで、あまり付き合いはなかった。 

 対戦相手は、共学の都立高校だった。1塁側では、テレビでお馴染みの高校野球にはつきものの、「ブラスバンド」と「チアリーダー」による応援が繰り広げられていた。それに対して、3塁側の「麻布の応援」は、相手高校の選手に対する「ヤジが殆ど」だった。特にフライが上がったときには、

「落ちこぼれ、落ちこぼれ、ほら落とせ~」

 という「大合唱」が球場内に響き渡った。

 こういう際には「屋上部」も「帰宅部」も「スポーツ部」も団結するのが、麻布学園だった。そして、可哀想に大合唱に緊張したのか、サードの選手がフライを落とすと、

「オォー、落とした~、やっぱり落ちこぼれだ~、落ちこぼれ!落ちこぼれ!」

 の大歓声がさらに勢いをましたのだった。




 試合は善戦虚しく都立高の勝利で終わったが、ヤジについて、相手高校からの「公式な抗議文書」が学園に届いた。マスコミにも漏れて、大手新聞に紹介される「一大事件」となったそうだ。

「帰宅部までもそうなの、人間頭がいいから良しというわけではないでしょう、生徒の自主性に任せるといっても、ここまでくるとどうなの?」

 と、思ってしまった。とんでもない、「東の島国版プレップスクール」だったようだ。

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