第31話 自殺を思い留まらせてくれたダンテの『神曲』と『神曲』を中等教育の教科書にすべき理由

 こうした「絶望」の底で出会ったのがその後ポッシュの人生において未だに最高の作品であり続けているダンテの『神曲』だった。ポッシュは西洋の歴史や絵画に興味があったので、そこにホメーロスやシェイクスピエアの作品と並んでしばしば登場する『神曲』に出会ったのは自然なことだった。しかし、世の中には偶然など存在しない。全てのことには意味がある。この時期に『神曲』と出会えたのは「神の導き」だったのだろう。『神曲』の「地獄」はキリスト教のおおむね「七つの大罪」に基づいているそうだ。




 『神曲』の『地獄篇』で主人公のダンテはヴェルギリウスに導かれて地獄の門をくぐる。アケローン川を渡った第一圏が海外ドラマなどにも登場するリンボだ。ここはキリスト以前の人、洗礼を受けていない幼児、キリスト教徒ではない他の宗教の聖人も送られる場所であり、悪人は存在していない。

 第二圏、「最も軽い罪」とされているのが、「七つの大罪」のうちの「肉欲に溺れたもの」が送られる地獄だ。

「この国では『芸能人の不倫』ばかりが報道されているけれど、それは米国の見せかけの『清教徒主義』を押し付けられた『戦後教育』のせいなんだ。貴族の結婚は政略結婚であり『自由恋愛』が中世から当たり前だったカソリック諸国では、不倫なんて当たり前に行われている。フランスやイタリア、スペイン映画を観ていると不倫の話ばかりでうんざりするぐらいだよ。特に一ヶ月ぐらいは普通の『夏のバカンスでの不倫』は昔から小説や映画のテーマだった。日本でも近年人気の太宰治は不倫と心中を繰り返しておりまるで最近世間を騒がせた「広末事件」と「猿之助事件の両方」を行っていたけど人気が衰えることはなかった。不倫している芸能人が責められて仕事を失ったりしているのを見ると、『いやいや、他にもっと深い罪を犯している人がいるでしょ』と突っ込みたくなるよ、もちろん『罪』であり『文化』のはずはないけれどね」

 どうも他のこの国の殆どの国民とは異なり、ダンテや西洋文化の影響で、父にとって「不倫はそれほど悪いことではない」ようだ。


 


 第三圏、「二番目に軽い罪」とされているのが、「七つの大罪」のうちの「暴食者」が送られる地獄だ。

「『太っている人は自分がコントロールできていないから偉くなれない』という話を外資系企業勤務時代に米国人の同僚から聞いたことがあった。その時は『差別』では?と思ったんだけれど、考えてみると『暴食』が7つの大罪の1つなわけだし、一理あるのかもしれないよね。でも『不倫より暴食が罪だと思えなくなった』のはやはりこの国のマスコミによる刷り込みなのかもしれないね」

「でも体質によって太りやすい人もいるわけなので、太っている人への差別はやはりいけないことなんじゃないの?」

「それはそうだ、見かけでの差別は駄目だよね。だけど『本当にこいつよく食べるな!』って思う人が太っていたら、実は『不倫』よりも重い罪を犯していることになるわけだね、やはり納得がいかないな〜」

 第四圏、三番目に軽い罪とされているのが、「七つの大罪」のうちの「強欲な者」が送られる地獄だそうだ。例えば会社社会では偉くなるに他人を貶めることなど平気でする。「成り上がり者達の地獄」だ。「悪いことをする人ほど偉くなったり、お金持ちになる」とも言われているので、これはわかるような気がした。

第五圏、「七つの大罪」のうちの真ん中が「憤怒する者」の地獄だそうだ。

「最近は滅多に怒らなくなったけれど昔はよく怒っていたから、罪を犯していたということだね」

「でも『不倫よりも重い罪』だとは忘れていたよ」

 第六圏は「異端者の地獄」でこれはローマ法王庁全盛時代に生きたのでこうなっただけで、「カソリック以外の信者が罪」とはありえなく、「リンボーと同じで罪はない」との解釈だそうだ。

 第七圏、三番目に重い罪とされている者が送られるのは「暴力者の地獄」で「隣人に対する暴力」だけでなく、神が造られた「自然への暴力」、「自己への暴力」も含まれるそうだ。

「『隣人に対する暴力は現在でも裁かれている』けれど、『熱帯雨林の破壊や、サイや象の角を目当てに密猟を行っている人々は。地獄でも底の方に送られる』ということだ。南米やアフリカにはカソリック教徒が多いので、もっと罪の意識をもってもらえればいいのだけれど」

「でもこれを読んで『死にたい』という気持ちを抑えることもできたので、本当に『ダンテ』には感謝だよ」

 と話していた。

 


 第八圏、二番目に重い罪とされている者が送られるのは「悪意者の地獄」。

「まず『婦女を誘拐して売る』というのがあるんだけれど、現在に例えると『推し』にしてくれた『お客様に感謝するどころか平気で風俗に売り飛ばすホスト』だよね。今生ではなくとも『死んだ後には因果応報が待っている』ということだね」

「次の『追従の罪』は『上司におべっかばかり使って偉くなった人の地獄』だ。会社の上司に追従して偉くなっている人が日本のサラリーマンには多いけれど、『実は自分が地獄行きだとは気づいていない』んじゃないのかな?」

「『呪術を行った人の地獄』はある人を恨んで、占い師に頼んで呪いをかけた人が落ちる地獄。日本でも川床で避暑地となっている京都の貴船神社には『丑の刻まいり』という呪術の伝統が語り継がれているし、昔占い師に『ひげの男とショートカットの女から呪いをかけられている』と言われたことがあったよ。彼等ももうすぐ地獄行きだね」

 だそうだ、怖すぎる!

 他には「汚職者の地獄」、「盗人の地獄」、「詐欺師の地獄」があるそうだが、これらは現在の法律でも裁かれているので納得できる。

 でも「偽善者の地獄」、「謀略者の地獄」、「分裂・不和者の地獄」というのは現代の日本では罪にはなっていないので違和感があった。「偽善者」は「俺は悪人だ」という人よりも質が悪いと小説や映画の題材になっているので僕でも理解できるが、彼等もそれが「泥棒」や「詐欺師」と同じぐらい重い罪で「地獄行き」だとは夢にも思っていないだろう。

「『謀略者」はこの島国に跋扈しているんだよ。『マキャヴェリズム』という『非道徳的な権謀術数が政治のためなら許される』という思想が『チェーザレ・ボルジア』という極悪非道の奸雄を描いた某作家による作品がベスト・セラーとなると共に良しとされるようになったんだ。権謀術数を用いて相手を貶めることが良いなんてありえないよね?しかし、大手企業や大学や官庁などの組織では普通に行われてきているんだ。『芸能人の不倫よりもこうして競争相手を出し抜いて偉くなった人たちの方が同じ地獄でも7つも下の階層にいる』というのがダンテの主張なんだ。『お偉いさんの過半数は地獄行き』だということだね』

 「これはキリスト教だけでなく仏教でも同じなので、『謀略で相手を貶めたり惨殺するのが常だった戦国武将たちは皆多くの寺社を普請している』んだ。戦国時代には皆が宗教心を持っていたから、『善行をつまないと地獄行き』だと畏れていたことも理由の一つだよ。『一向一揆が名だたる戦国大名を苦しめた』のも、彼等が『南無阿弥陀仏と唱えれば天国に行ける』と信じていて、ら死ぬのを恐れなかったからなんだ。今の日本人は『天国も地獄も信じていない』からやりたい放題だね、『犯罪が増えているのも当然』だね。」

 「不和を唆す者」は、政敵や恋敵などを貶めるためにあらぬことを権力者や愛する者に伝えて、無実のもの罪にしたりするという『不和と分裂』を引き起こす者のことで、これはよく小説や映画に登場するので「地獄行きも当然」だと理解できた。





 そして、地獄の最下層である第九圏は「裏切り者の集う場所」だそうだ。「肉親に対する裏切り」「祖国に対する裏切り」「客への裏切り」「主人への裏切り」からなっている。

 親や兄弟を貶めて財産を独り占めにするなど「遺産争いのニュース」がよく聞かれるが、こうした人達は「地獄の最下層に落とされる」ということだろう。

 父が業界にいた頃にに「世界一だった日本の半導体技術を韓国に売った大手電機メーカーの技術者」がいたそうだ。そうした人や、最近では日本が誇る「和牛の精子などを海外に持ち出している商人」なども「地獄行き」ということになるのだろう。

 最深部では、「主人であるキリストを売ったユダとシーザーを殺したブルータスとカシウスが地獄の底辺の中の底辺で悪魔に食べられている」そうだ。日本に例えると、戦国時代ならば織田信長公を誅殺した明智光秀や主君であった織田家の子息を家来にした豊臣秀吉、現在ならば政治家の跡取りに反旗を翻した秘書というところだろうか?

 「中等部篇1」で父が語っていたように、確かに「ダンテによると天国に行ける人なんて1割もいない」のではないだろうか?と思えてしまった。

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