第28話 新しい友達と京都への修学旅行

 夏休みはマリリンと楽しく過ごしていたので、「いじめ」のことも忘れられた。映画では「エクソシスト」を観た後には暫くは怖くて電気をつけて寝ていたことも忘れ、「サスペリア」などのホラー物を観ていた。子供ばかりが演ずるギャング物「ダウンタウン物語」やメル・ブルックス監督の「サイレント・ムービー」などの喜劇も見るようになっていた。代々木公園で「フリスビー」をしたりもしたそうだ。

 しかし、新学期が始まると嫌でも思い出され、屋上に行きづらくなったポッシュは、休み時間を教室で過ごすようになっていた。そして、帰宅部のメンバーと仲良くなっていく。席が近くだったイージーゴーイングやスマイルだ。 


 

 イージーゴーイングは「プログレ」や「少女漫画」に詳しく、その話で盛り上がり、レコードや漫画の貸し借りをするようになった。『ポーの一族』『トーマの心臓』『ベルサイユのばら』などのメジャー作品はもちろん、マイナーなロック漫画などの話で気が合った。プログレでは、女性ボーカルを擁するバンドでは『Can you undesrstand?』などで知られる「ルネッサンス」しか知らなかったポッシュに、「カーヴド・エア」を紹介してくれた。「囲碁部」なので囲碁は太刀打ちできなかったが、「将棋」はたまに指した。曽祖父を負かすぐらいの腕があったので、いい勝負だった。無視されているという悩みを聞くと、励ましてくれた。

「ポッシュ、別に麻布生は彼等以外にも沢山いるんだから、放っておけばいいじゃないか~。世の中いい事ばかりじゃないんだよ~。それに、ポッシュはこんなに頭がいい僕よりも記憶力は少なくともいいんだから、その分勉強量も少なくて済むんだし、それだけでも幸せじゃないかぁ~」

「そうそう、あいつらなんてどうでもいいじゃん、悪いのは向こうなんだから」

 とスマイルも同意した。ニックネームの通りいつもニコニコしており、イージーゴーイング同様、ある程度の秀才で通っていた。「屋上部」ではなかったが「スキー部員」だったので、アルルカンやアンクル、ベビーフェイスをよく知っていたのだ。


 

 彼とは、映画が共通の話題だった。特にスウェーデンの巨匠で白黒の暗い画面と重いテーマの為1人で鑑賞していたイングマール・ベルイマン監督について、初めて議論することができた。最も好きな作品の1つだという『第七の封印』については、「騎士と死神とのチェスのシーンが、やはり最も印象的だよね」などと、大いに盛り上がった。出演者の中では『処女の泉』『第七の封印』『狼の時刻』などに主演しているマックス・フォン・シドーが2人のお気に入りだった。フランシス・レイの映画音楽と共に人気のあった『男と女』などで知られるクロード・ルルーシュ監督、その『男と女』で主演を務めたいぶし銀のような魅力のジャン=ルイ・トランティニャンと美女アヌーク・エーメへと話題が広がっていき、尽きなかった。ポッシュが両親の影響で育んでいた「映画への愛情」は、実は「屋上部」では出番がなく、この時初めて語り合える友人を持てたと感激したのだ。

 イージーゴーイングも映画は好きで、特にルキノ・ヴィスコンティについては熱く語り合った。そして、「映画音楽」についても。「映画音楽のサントラ」は現在でも欧米ではチャートに入るが、この国では滅多にない。「欧米の文化」が広く流入していた当時は、非常に人気があったのだが。『道』などのフェリー二監督作品の音楽や『ロミオとジュリエット』のニーノ・ロータや『おもいでの夏』などの名曲を持つミッシェル・ルグランなどの巨匠は、一般にも広く名を知られていた。




 麻布学園にも、高2の秋の10月後半に、「修学旅行」という行事がある。しかし過去に問題ばかり起こしてきたので受け入れてくれる旅館が少なく、ある京都の宿が「常宿」だった。つまり、「旅先は常に京都で」、問題を起こされるのを教師が嫌がるので「2泊3日か3泊4日」と、他校より短かったのだ!

 オタクのポッシュの提案で、他の2人も加えた5人は「金閣寺」などのメジャーな寺ではなく、「高山寺」や「神護寺」という、バスで駅から1時間もかかるマイナーなお寺を観光した。まだ紅葉には早い季節だが山の上なので既に木々は真っ赤に色づいており、スマイルとイージーゴーイングらも気に入ってくれた。曽祖父の「ライカ」で撮影した非常に美しい風景写真が、今でも家に残っている。また、屋上部と帰宅部の違いが一目で見て取れる写真も!

 イージーゴーイングによると、途中で「キセル」と呼ばれていた無賃乗車をしたらしいのだが、ポッシュは全く覚えていない。大人になってから、

「ほら、車掌さんが回ってくる前に3人でトイレに隠れたじゃないか~、あれは本当に緊張したよな~」

 とよく話すそうだが、「屋上部」のポッシュにとっては、その程度の事件は日常茶飯事なので、一々覚えていなかった。「屋上部の異質さ」が伺えるエピソードだと、僕には強く印象に残った。このようにポッシュはいじめに屈することなく、新しい1歩を踏み出していた。

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