第20話 記憶も曖昧なファーストキスと翌日の補導事件

   「春休み」が終わると「桜の季節」となり、4月には「高等部生」となっていた。マリリンと付き合ってからは「それまでの生活」とはやはり違うので、「え、まだ付き合ってから半年しか経っていないの?」という感じだった。5月には、恒例の「文化祭」が開催された。「プリンスバンド」が同学年の中では圧倒的に光輝いていたが、いくつかの「バンド」が誕生していた。カメレオンがベースを務めていた「水幻仙」は、当時日本で最も人気のあったブログレバンドを「コピー」していた。「スポーツ部」と「帰宅部」からなるメンバーで、ファッションは「屋上部」である「プリンスバンド」とは比べものにならなかったが、特にそのギタリストのテクニックはプリンスでさえ「ちっ、あいつ、うめ~な」と認めざるを得なかった。「パープル」が大好きで、そればかりをコピーしていた「枕囃子」も、将来ロンゲのままで銀行の役員となるほどに「ロック魂」を貫いた名ギタリストのリッチーを擁し、人気を博していた。「屋上に入らずとも、皆それぞれ成長しているのだな〜」と、ポッシュは感慨深かった。


 

 「麻布学園の文化祭」は、昼は他の学校と同じで、「文化部」や「スポーツ部」中心の「健全なお祭り」だった。しかし「キャンプ・ファイヤー」が終わった最終日の夜になると、雰囲気が変わってくる。特に「バンドのライブ会場」となっていた「講堂」が、そうだった。OBバンドも出演しており、其処には酒とタバコに加えて、「異性への想い」が漂っていた。「大音量のロック」が流れる中で、身体健康な未成年の男女がアルコールを大量に体内に入れると、次に何が起こるのかは容易に想像がつくだろう。ロンブと派手なファッションに身を包んだ「男女が、至る所で抱き合って」いた。時代が時代だったからなのか、「男同士や女同士でハグしているカップルは見当たらなかった」が。

 「屋上部」の仲間も、それぞれの相手と一緒だった。内気なポッシュでも、この状況では、自然とマリリンと抱き合うことができた。こうしてポッシュは「初めてのキス」をした。甘美な響きの「ファースト・キス」。言葉通りに、「甘くて、美しい思い出」のはずだ。しかし、その余韻も覚めやまぬ翌日に、「事件」は起きた。

「え、初キス後の感動とか1晩しかないの?事件ありすぎでしょ!」

 と思わず突っ込んだのを、覚えている。

 答えは

「いや、それについての記憶は、実は全く無いんだ、その後の事件が衝撃的過ぎたから」

 だった。


 


 翌日の授業は休みで、「片付け日」となっていた。プリンス、アンクル、アルルカンと共にポッシュは、「スキー部の部室」で、昨晩の残りの『サントリー』の白いラベルの瓶を回し飲みしていた。

「当時は、『すこし愛して、なが〜く愛して』というコピーと共に、某美人女優が夫のために尽くす仕草や表情が可愛らしいと、赤いラベルのウイスキーのCMが大人気だったんだよ。学生でも買える安いお酒なんだけど、その赤いラベルよりは1つ上のランクが、白いラベルのものだったんだ」

 そこに突然現れたのが「標準服姿」のプリーストだ。哲学好きで、牧師の息子。「屋上部生」ではなかったが、「屋上部」に興味があったようだ。

「おう、プリーストじゃん、お前も飲むか?」

「お〜、飲む、飲む!」

 とアンクルの誘いに「満面の笑み」で答えると、「皆の輪」に加わった。彼は実家が教会のためにしつけが厳しく、当然のように、「お酒を飲むのが初めて」だった。「初酒を夜ではなく朝に飲む」というのが面白すぎだったので、みんな「チョーウケて笑い転げていた」というのは、肯ける。そして酔った上に、おつまみでお腹もいっぱいになったプリンス一行は、

「よし、渋谷まで歩いて行くぞ!」

 という「リーダーの一言」で、「学園の裏門」を出て「いつもの遊び場」に向かった。


 


 しかし、「学園からの坂」を降りるまでは大丈夫だったのだが、「女学館への坂」を登ろうとする時に、プリーストが「酔い潰れて」しまった。「アルコール慣れ」している他の連中は何ともなかったが、「お酒が初めて」の彼は、「酔いが回ってしまった」のだ。ポッシュがプリンスの家で「初体験した」際には「高級酒の水割り」だったが、このときは「安酒をストレートでラッパ飲み」だから、大人の僕でも間違いなく酔っ払ってしまっただろう。

 ちょうど「館」の向かいにある「郵便ポストの前」を通りかかったところだった。

「オ、ヤベ~『学生服を着た高校生が昼間から酔っ払って歩いています』とかお上品な『マダム』が『警察』に通報してくれたんじゃね~の?」

 「アルルカンの叫び」に皆が振り返ると、「赤色回転灯」を光らせた2台のパトカーが、サイレンを鳴らしながら現れたのだった......その予想どおり「警察のターゲット」はプリンス一行で、「ほら、早く乗れ!」と警察官に促された「屋上部員プラス1」は、「手錠」まではかけられなかったが、「警察車内」に引き摺り込まれた。ちょうど「下校時」だったようで、大勢の「女学館」の女子中高生が「金切り声」を上げる中、一行は「お縄になってしまった」のだ!


 


 「連行された先」は、「渋谷警察署」だった。プリーストは意識がなく戻してしまい、長椅子に横たわっていた。他の4人は「学校名と名前と住所と電話番号」を聞かれたのだが、ポッシュの家が渋谷だったので、その家族が「代表」として呼び出されることになった。

「全く、名門校じゃないか。その生徒達が、昼間っから酒を飲んでいるなんて、何をやっているんだ。親不孝者が!」

 1番偉そうな警察官が「説教」を始めた。

 すると突然、アンクルがその「おやじ顔」を「逆手」に取り、

「自分は早稲田大学在学中のOBです」

「僕が後輩のこのゲロ片付けときますね」

 と「殊勝」に言うと、プリーストが戻した「吐瀉物」をモップで拭き始めた。皆「心の中」では、

「この野郎、1人だけ逃げやがって」

 と思ってはいたが、「友達を売る」ことはできないので、「遠藤周作」氏が名作『沈黙』で描いた「神」のように「押し黙って」いた。

 「年齢の確認のため」だったのだろう、

「ところで、君は何年なのかね?」

 警察官の1人が「干支」を尋ると、咄嗟に

「山羊年です!」

 と「元気」に答えた。プリンスが

「よし、アンクル下手打った」

 と「小声で叫んだ」が、警官からの「答え」は、

 「うんうん、そうか」

 だった。

「それをいうなら羊年だろう、警官馬鹿過ぎ!」

 とアルルカンが「毒づいた」が、どうしようもなかった。


 


 しばらくすると、ポッシュの母と祖父が到着した。2人とも「眼には涙を浮かべて」おり、「悪いことをしてしまったのかな」と、「ちくりんと」心が痛んだ。美しい祖母が「深々と頭を下げ」、ボルサリーノを被り、細縁眼鏡をかけ、いかにも「プロフェッサー」という風体の曽祖父が「名誉教授の名刺を出して丁寧な謝りの言葉を述べると」、警察官の「態度が変わった」。頭をかきながら、

「いやいや、みな『若気のいたり』ですし、誰に迷惑をかけたというわけでもないので、『今回の件は学校には内緒』にしておきましょう」

 と答えていた。2人が

「ありがとうございます、『ご厚情に感謝』いたします」

 と「丁寧な挨拶」をする中で、「プリンス御一行様」は心の中で拳を突き上げ、「よーし」と叫んでいた!こうしてプリンス達は無事に、「米国映画の1シーン」にあるように「夜」ではなく、「明るいうち」に、「無罪放免」となった。皆にも

「ポッシュのお爺さん、やるじゃん」

 と褒められ、ポッシュは得意げだった。



 勿論その日はそのまま家に帰る事になり、帰宅後すぐに2人に謝罪をした。祖母もまさかいつもこんなことをしているとは夢にも知らず、

「お正月とかにお酒を飲ませたりしたのが、悪かったのかもしれないわね~。学校にも知らされないのだし今回は許すけど、もう2度とこんなことにはならないようにね」

 と「釘をさされただけ」で済んだ。叔父には、

「お前はいい加減、親に迷惑をかけるなよな!」

 と、「厳しい一言」を放たれてしまった。

 一方、プリーストは「酔い潰れていた」ため、1人警察に残されていた。彼の話では、その後父親が引取りに来たのだが、警察に「相当叱責」された。

「プリーストのおかげで皆が迷惑をかけられた、彼等だけなら私服だったし、通報されなかった。今回の件は特別に学校にも通知しないから、有難く思いなさい」

 という「風」だった。しかしお父様は、

「いえいえ、学校には私から今回の件は伝えます。神の前に隠し事などは出来ませんから」

 と答えたのだった。


 


 こうしてこの「補導事件」は学校に知らされ、「全員の家族が呼出しを受けるという一大事」となる。アンクルの「姑息な嘘」も、「無駄に終わった」のだった。同学年の生徒にも伝わり、「学年中の話題」となった。久しぶりに会ったスマートが「大丈夫なの?」と声をかけてくれ、ポッシュは嬉しかった。

 全員の親が呼び出された。平日なので「出向いたのは母親達」だ。殊勝に首を垂れているのは3人だけでアンクルとプリンスの「マザーズ」は、

「奥様、なんでこんなたかだかお酒を飲んだだけで呼びだされるのでしょう?麻布は『自由』が校風なのですわよね?うちではターちゃんに『麻布に受かったらお酒もタバコも自由に飲んでいいわよ』、と認めていたのですのよ」

「そうですわよね〜、お酒を飲んだぐらいで呼びだされて、忙しい中本当に迷惑ですわ」

 といった会話をしていた。「お二方とも、流石に2人の母親だけあって大物なのだな~」と、ポッシュは恐れ入っていた。その後「黒塗りの車」に乗って、おじいちゃんも現れたそうだ。実は父はおじいちゃんが来ていた事を忘れており、この話を聞いたのは彼からだった。

 その両親と共に「問題児達」は、それぞれの担任が集まった会議室に呼び入れられた。おじいちゃんがその場を取り仕切り、母親達に「みなさん、まずは、ご挨拶をしましょう」と声をかけると、

「先生方、この度は息子達がご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございませんでした」

 と「謝罪の言葉」を述べ、それに合わせて皆で「お辞儀」をした。そして、会議が始まった。幸いなことに初犯なので、「停学などのお咎めはない」という結果となった。タバコを吸いお酒を飲んでいる生徒がいるなど、学内では「公然の秘密」という事情もあったのだろう。「プリーストの父親からの告発がなければこんな大事に至らなかった」というのが、当時の「麻布学園の校風」だった。


 

 

 ところが、ポッシュだけは「厳しく叱責」された。教師の中には、自分達を「呼び捨て」にして何の敬意も払わない「屋上部」をよく思っていなく、この期に「恨みを晴らしてやろう」という輩もいたのだ。「学園紛争」での「暴力沙汰」もまだ記憶に残り、先生達は「屋上部」の生徒を恐れている面もあり、1番弱そうなポッシュが「標的」にされた。「担任だった英語の教師」が突然叫んだ、

「ポッシュ、おまえの眼は汚く濁っていて死んだ魚のようだ!」

「え、僕の目ってあんななの?」

 と子供心にも「ショック」だった。

「なんであの教師はうちの息子だけを目の敵にしているんだ、皆同罪なのに」

 と、おじいちゃんも「卑劣」だと思ったそうだ。

「なにそれ、ありえなくね〜、今の時代なら、完全にパワハラだよ」

「今頃先生はちゃんと因果応報を受けているはずだから、問題ない。、プリーストのお父様が仰るように、天はちゃんと見ているから」

 と、あまり気にしていない様子だった。

 会議室を出た一同は、「罰がなかった」のを喜んで、はしゃいでいた。プリンスは担任の一言が「チョ〜ウケた」ようで、

「ポッシュ、お前の眼は死んだ魚の目のようだ! キャハハハハ」

 と「担任の真似」をしてポッシュを「イジって」いた、まるで「何事もなかった」かのように......

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