第15話 祖母への慰安の外食と自分の頭で考え流行に流されない麻布流グルメ論
「春休み」も終わり、ポッシュは中3になっていた。その年に開催された5月の「文化祭」は、「厚底靴とキツキツジーンズが制服」の「屋上部員」として初めてのものだった。なぜだか、去年とは自分に向けられる「女子校生の視線」が違うと、感じられた。中3にして講堂デビューを果たした「プリンスバンド」は、高等部の先輩達のバンドと比べても、ひけを取らなかった。
ところで、「ポッシュ家」に話を戻そう。祖母は、僕達の世代では「絶滅危惧種」となりつつある「専業主婦」。料理のセンスはあるが、「面倒くさがり屋さん」で、最近閉店してしまった「東急本店」で出来合いのハンバーグや、十番に今でもあるお蕎麦屋さんの「ちょんまげの男の人の浮世絵が印刷された缶入りのつゆとおそばのセット」などの、「高級惣菜」を買って済ませることも多かった。しかも「自分への慰安」と称して、週末には大抵は家族揃って「外食」に出かけていたそうだ。
当時の「有名レストラン」には、あらかた行っていた。「ホテルオークラ」の怖い名物お婆さんがいた日本料理の『山里』、六本木のしゃぶしゃぶ店やその隣の鉄板焼きの『モンシェルトントン』、銀座の文房具屋さんの向かいにあった『中華第一樓』、ホテル・ニューオータニのポリネシアン料理の『トレーダーヴィックス』などが特に祖母のお気に入りだった。そういえば「雰囲気」を出す為だと言って、子供の頃ハワイアンっぽい「同店の二十周年記念の器」で、「マンゴージュース」を飲まされたのを思い出した。初めて飲んだ「マンゴージュース」は、確かにどのジュースよりも美味しかったので、「儀式」は必要だったのかもしれない。
こうした経緯で、「ポッシュの1番の趣味」は、「美味しい物を食べる事」になっていった。夏休みや春休みには平日にも、曽祖父や教え子の「ゲーネフ」、祖母と、麻布の丘を下った「地中海通り」とその後ネーミングされる大通りにある革命の国の料理店、今は閉店してしまった「シェ・フィガロ」にも出かけていた。
この時ポッシュの「将来の夢」は「シェフ」になったのだが、祖母に否定されたことはいうまでもない。それでもこの頃から研鑽を続け、レストランではただ味を楽しむのではなく、「この料理には何が入っているのだろう?」と考え、記憶ではなく論理的に調理するので、その料理は「セミプロ並み」となり、家では「シェフ兼ソムリエ」として活躍している。特に「ステーキの焼き方」は、「銀座の某有名店のカウンター」で見ながら論理的に覚えたそうで、絶品だ。
「Jr.、ステーキはまずは強火で全ての表面を強火で焼き、肉汁が外に逃げないようにしてから、フランベした後に弱火に落として蓋をするんだ。そうすると、焦げて固くなった表面がふやけて柔らかくなるから。その後はアルミホイルに包んで10分ぐらい置き、中の沸騰した肉汁により熱やブランデーなどが全体に行き渡るようにする。そうすればレアでも真ん中が赤くて血が滴るなんてことはなく、味も染みて美味しく食べられる。特に霜降り肉の時は必ず、溝の深いグリルパンを使う。余分な脂肪分を落とさないと、脂っこくて美味しくないから!」
また、「霜降り肉」があまり好きでなく、「赤みの肉」を好んでいた。
「お父さんは留学中にN.Y.C.の橋を越えた先の店のステーキに感動して、それから「熟成肉」と「赤みの牛肉」の美味しさに目覚めたんだよ。赤身の肉だと脂肪分が少なくて固めなので「フィレ」、その中でも「シャトーブリアン」がやはり最高!「Tボーン」の「フィレ」が多い「ポーターハウス」は、骨のそばが特に美味しんだよ」
家族で「すき焼き屋さん」に行っても最も高価な半分以上霜降りのピンク色の肉などは決して頼まず、2番目や3番目を頼んで食べ比べをする時には、こう呟いていた
「やはり3番目の、『霜降り』がせいぜい4分の1ぐらいのほうが美味しいな」
「この島国」では「霜降り」が多ければ多いほど高価で重宝されているが、父は柔らかい箸で切れるような「松阪牛」が最高だと言いつつも、米国に留学した時から、牛肉の柔らかさを「脂肪」ではなく「部位」に求めていたわけだ。「麻布学園屋上部」で鍛えられたように論理的に自分の頭で考えた結果行き着いたのは、この島国の「霜降り肉崇拝主義」とは反対の結論だった。
「『マグロ』も同じで、日本中のお寿司屋さんを食べ歩いていたイージーゴーイングも私も『赤み』が好きで、『中トロ』は食べるけれど『大トロ』は敬遠している。「通の人」は、皆そうだと思うよ」
そう、家では「養殖」で人工的に作られた真っ白な「脂肪」だらけの「ブリ」や「ハマチ」などは、決して食べない。「天然物」の綺麗な脂が適度に乗った富山の「寒ブリ」や「カンパチ」などのお刺身が子供の頃から食卓に上っていたので、僕も「マグロ」の話は理解できる。
ちょうど「カード会員向け情報誌」で、「牛肉に『A3』、『A4』などの格付けが導入された88年の和牛の脂肪含有率が平均23%だったのに対し、現在は霜降り崇拝により50%を越えていて脂肪過多になっている。その結果、美味しくなくなっており、『赤身肉』が見直されている」という記事を読んだ。まさに、父の言っていたとおりだった!
麻布で学ぶことができる「自分の頭で考え、世間の流行など気にせずに我が道を行く」という「教育方針」は、実は「ビジネス」だけでなく、「グルメ」にも活かされていると理解したのだった。
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