第12話 レッド・ツェッペリン「ハートブレイカー」と「 僕を屋上へ連れてって」

 「麻布学園」はバンド活動が盛んで、5月の文化祭では「屋上部」を中心に多くのバンドが演奏した。セミプロの「OBバンド」も出演し、「1大フェス」となっていた。普段の日にも突然「ギグ」を行うことがあった。

「本当なの?そんなの今でもないよ、カッケー!」

と思ってしまった。



梅は咲き始めていたがまだ寒さが厳しい2月中旬、将来「ユーミンバンド」のキーボード奏者兼編曲者となる高等部の先輩のバンドが、突然「ギグ」を行った。廊下を歩いていると、

「キィィンー、ギュギュギュギューン!」

というアンプを繋ぐ雑音の後に、

「ダンダーン・ダンダダダーン、ダダダダ・ダーン、ダーダ・ダダーン」

と、耳覚えのあるフレーズが、突然大音響で鳴り始めた。音のする方向に走っていくと、「ロンブ・ファッション」の4人の学生が演奏をしていた。そう、「Zep」の「ハートブレイカー」だった。そしてその中に、なんと、見覚えのある「同学年の生徒」が参加していた!


 「キラキラシャツ」に「キッツキッツのベルボトムのジーンズ」、さらに「西の島国の国旗模様」が入った「ロンドンブーツ」を纏ったおかげで180センチほどに見える、長髪が背中まで伸びている「美少年」。彼は小学校時代に通っていた「進学塾時代」から、皆の、特に女子の、注目を集めていた「有名人」だった。当時流行していた「レイバンのティア・ドロップ型のサングラス」もかけていたが、「顔の一部」のように似合っていた。

 「この国の男子」には珍しい「卵形」の細面の顔。その真ん中で分けられた「背中まで届く長髪」を振り乱しながら、「一心不乱」に「ハートブレイカー」のコードを弾き続ける。その姿はまさに、ニックネームの「プリンス」に相応しかった。欧州を舞台にした「少女漫画の主人公によくいるタイプ」のルックスだった。性格は『花より男子』の「道明寺タイプ」ということが、その後判明することになるのだが......演奏を終え、「プリンス、頑張ったじゃん!」と高校生の先輩達に肩を抱かれ、嬉しそうに笑う彼に、ポッシュは「圧倒」されてしまった。



 この日を境に、ポッシュの中で「何か」が変わってしまった。僕には、

「エルトン・ジョンのライブの帰りに白人の女の子が手を握ってきて、前世に触れた時から変だったんじゃないの?」

「本当にそんな女子いたの?妄想じゃない?」

 と思えた、スリムさん達に聞いてみたい位だ!


 祖母に言われるままに「東大」を目指して勉強をし、成績が上がったことを先生に褒められる。「お勉強ばかりしている優等生」が理解できない「数学の問題」を解いて、スマートが微笑んでくれる。そのようなものとは「比較」にならないほど、ギターを弾くプリンスは「輝いていた」。


「勉強ばかりしていても仕方がない、若い頃にしかできないことがあるんだ!」

 そう思ったポッシュは、アンクルに

「僕を屋上に連れてって」

 と声をかけた。彼は

「あ~、なんで?別にいいけど」

 と、いつもの「怠そうな口調」で答えた。

 アンクルはポッシュの中1の時の同級生で、身長は既に170センチ弱、顔も高校生にしか見えず、「何事にも動じない」という感じの性格で、「大人の雰囲気」を漂わす中学生。皆から頼りにされている「兄貴分」という存在だった。僕との1番の「共通の話題」が「漫画」や「アニメ」なので、

「マンガの『キャラ』でいうと、『ブラクロのヤミ団長』という感じなの?」

「そうそう」

 彼が、ポッシュの知る「唯一の屋上部の人間」だったのだ!



 その数日後、「雲1つない青空」がどこまでも続いていると感じられた、まだ「肌寒い日」だった。1限が終わると、ポッシュは3階からの階段を上がり、「屋上」に初めて足を踏み入れた。冬の「真っ只中」にも関わらず、「薄青い色の空に輝く太陽」がいつもにまして「眩しい」と感じ、思わず学生服の左腕で両目を覆っていた。この日から、「ポッシュの人生」は大きく変わっていくことになる。

 初めて見る麻布学園の「屋上」は、まさに「無法地帯」。「本当にここは名門学園なの?」という「光景」だった。全ての生徒が「タバコ」を「スパスパ」吸いながら、「談笑」をしている。中には高校生なのに、「スーツにネクタイ姿」の先輩もいた。「屋上」のさらに上の凸部には「雀卓」が置かれ、「麻雀」をしている生徒もいた。「体育科の先生」が現れて、

「ちょっとタバコ切れたから、くれ~」

 と「生徒にねだっている姿」には、驚愕した!



 「タバコ」といっても色々ある。プリンスが普段吸っていた「セブンスター」や「マイルドセブン」は軽いが、アンクルの定番だった「ハイライト」や「ショートホープ」は「ニコチン」や「タール」がきつかった。そして高校の頃には、ポッシュの憧れの「革命の国」の青い箱に入った「ジタン」や「ゴロワーズ」、「アントニーとクレオパトラ」という名の「シガー」のような類まで流行ったというのだから、驚いてしまう。麻布生は「タバコ」においても「大人」よりも進んでいたのだ!

「こいつは、俺と同学年のポッシュ」

 とアンクルが、皆に引き合わせる。ある先輩には、

「おお、お前可愛い顔してんじゃん、そのうち金に困ったら、『ホスト』に売ってやるよ~」

 と言われ、「ホスト」を知らぬままに

「はい、よろしくお願いします!」

 と答えて、鼻で笑われた。「麻雀」をしている左腕だけシャツを捲り上げた先輩に理由を聞くと、

「ああ、これね。『外車焼け』したいから~」

 当時は左ハンドルの「外車」が「遊び人」の憧れだったようだ。


 そして、プリンスにも紹介された。2人は丁度「バンド」を組んだばかりで、仲が良かったのだ。彼からの「最初の言葉」は、強烈だった。

「お前、女みたいな顔だけど、一応ついてるのか?」

 プリンスはその爽やかな笑顔と裏腹に、「毒舌」だった!

「おい、お前も吸えよ!」

 とプリンスに命じられ、ポッシュは生まれて初めて「ニコチン」と「タール」を味わった。「マイルドセブン」だった。当然皆の期待通りに、「ゴホン、ゴホン」となり、「キャハハハハ〜」と甲高い声で「爆笑」されてしまった。

 優等生だったはずが、「タバコを吸うなんて、悪いことしているのでは?」 などという「考え」は、「屋上」に来てプリンスと直に話している「高揚感」からか、なぜか全く感じなかった。アンクルに「屋上に連れていって」と頼んだ際に、ポッシュの中で「DNAの配列」が変わってしまったのかもしれない。

 


 こんな感じで「サラっ」とプリンスと友達になり、「ニコチン初体験」も済ませたのだ。大人になっても「タバコ」など吸ったこともない僕とは、大違いだ!

「麻生学園の屋上は無法地帯だったんだね!」

「そう言われるとそうだけど、当時は別にそれが普通だと思っていたんだ」

 この国ではあまり有名ではないが、米国では知らない人などいない俳優の1人が「ロビン・ウィリアムズ」だ。彼の「代表作」の1つが『いまを生きる』で、中学入学後すぐに父に「無理矢理」見せられたことは忘れようがない。舞台は「50年代の米国のプレップスクール」だ。「教科書を破り捨て」、既成の物に捉われずに「独自の視点」「を持つことが必要」だと説く「教師」と、彼に啓発され「詩作」や「演劇」など「勉強以外のことに生きがいを見出す」ようになる「生徒達」の物語だった。「結末」は「アメリカ映画」には珍しく「ハッピーエンドではない」のだが、「本国では非常に高く評価されている作品」だ。


 この映画のように「教師」に触発されて変わっていったわけではないが、「自分の頭」で考え、「青春時代には、勉強よりも他にする事があるんだ!」と思い「屋上」に足を踏み入れた「父ポッシュ」と、「この作品の生徒達」が重なって見えた。まさに「邦題」である「いまを生きる」ことを選んだのだろう。

「Jr. に見せたい映画があるんだよ!」と、「数多くの名画」の中から中学入学早々の僕に「この作品」を見せた「意味」が、今ならよく理解できる。当時は、「う~んと、何が言いたいんだろう?」と、「ちょっと難しすぎた」というのが「本音」だった。でも、この『いまを生きる』のおかげで、僕も周りに流されずに「スノボ」ではなく、「スキー」を選べたのかもしれない。

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