第8話 コックリさんと初海外(グアム)旅行・女子校(桜蔭)文化祭

 中2当時のポッシュの親友は、スマートとスリムだ。現在でも交友は続いている。スマートは今風に顔が小さい眼鏡をかけた「イケメン」で、「見るからに賢い」と顔に書いてあった。成績も、「文系ではトップ」といわれていた。性格は「冷静沈着」。「物静かな口調」と「はにかんだような笑い」が、ポッシュは好きだった。「声が聞き取りにくいぐらいしか欠点はない」ような、大人びた中学生だった。話を聞いていて、僕はお気に入りの漫画『坂道のアポロン』の主人公「ボン」を思い浮かべていた。

スリムは現代はともかく、その時代にはまずお目にかかれないような、「白人のようなヒョロヒョロな体格」をしていた。背が高く細いだけでなく、腕も脚も長く、いわゆる「モデル体型」だった。お調子者でいつもおどけていた。顔は細面で、目が細く吊り上がった「狐顔」だった。



 当時「この島国」では「コックリさん」という占い」が流行っていた。「つのだじろう」氏の漫画『うしろの百太郎』で紹介されたからだ。「狐の霊を呼び出す占い」で、「狐狗狸」という当て字がある。

 6月末に「梅雨入り」となり、他の生徒達が早々に帰宅したある日の放課後に、スマートとスリムとポッシュは、教室で「コックリさん」にトライした。

 「準備」は非常に簡単だ。まず、白い「A4ぐらいの紙」を用意し、最上部に右から「はい」、「鳥居印」、「いいえ」、その下に右から、「あ行」から「ら行」、左端の行には、「わ」、「を」、「スペース」、「ん」を書く。机の上に「その紙」を敷き、「鳥居」の上に「10円玉」を載せる。「白い紙」を取り囲むように3人が座り、「10円玉」の上にそれぞれ「人差し指」を軽く載せる。そして、「コックリさん、コックリさん、どうぞおいでください。おいでくださいましたら『はい』へお進みください」という「呪文」を唱える。


「お父さんが『呪文』を唱えると、不思議なことに『10円玉』が動いて、『はい』に止まったんだ。スリムもスマートも私も軽く触れているだけで、一切力なんて入れてなかった。なんか、『不思議な力』に指が引っ張られていく感じだったんだ。『わ~、動いた!』とみんな同時に叫んでいたよ」

 その後、まずは「麻布生」として最も重要な、

「コックリさん、コックリさん、『東大』に入れますでしょうか?」

 という「質問」から始めた。それぞれ1つの「質問」をするたびに毎回、

「鳥居の位置までお戻りください」

 と唱えてから、次の「質問」をスタートする。


 スマートの時には「10円玉」は、「は、い、る」の順で動いた。ポッシュが聞くと、「す、ぐ、で、は、な、い、は、い、れ、る」と動いたのだ!

「東大」に興味がなかったスリムはこの「質問」は省き、スリムらしく

「コックリさん、コックリさん、僕に綺麗な彼女ができますでしょうか?」

 という「質問」を投げかけていた。「で、き、る」という順番に動くと

「ウォー、やった!」

 と「狂喜」していたので、おかしかった。まだ「彼女」ができたわけでもなかったので、それはそうだろう。


 その後も3人は、

「来年も同じクラスになれるでしょうか?」

「担任は島田先生になるでしょうか?」

 などの、「中学生らしい質問」を沢山投げかけた。そのうち「コックリさん」の動きが遅くなってくると、

「お疲れになったのかな?」

「そろそろやめようか?」

 と頷き合った。最後に

「コックリさん、コックリさん、ありがとうございました、どうぞお戻りください」

 と唱え、「セッション」を終えた。

 「コックリさんは、本当に質問に答えてくれたんだ~」という「高揚感」と「質問の答への希望」を胸に帰路についたのは、もう夕方だった。



 「コックリさんも、お父さんたちが信じていたからちゃんと動いてくれたんだ。友人の医学部教授に話したら笑われて『あんなのは自分の力で動かすだけでしょ。バカとか無理やり動かして一緒にやった友人をからかってたよ』と、取り合ってくれなかったんだ。でも、スリムとスマートにも最近確認したけど、『ちゃんと動いた』と断言してたよ!」

「日本人は『宗教心』を無くしてしまったから、『スピリチュアルなものを信じているインテリ層はほとんどいない』からね。こういう話は、『相手を選んで話したほうがいい』よ。その点、西洋では『銀行のディーラーのような高学歴の人の間でも占星術などが信じられている』から、やはり『この国はガラパゴス化している』んだよね」

 「僕たちの世代」では、「コックリさんって、ヤバイらしいよ!」と皆が言っていて、「何か恐ろしい事が起きる」という「都市伝説化」していた。だから今まで「やってみたい」とは思わなかったが、父の「逸話」を聞くと、どうもまた「この国のネット民に騙されてしまったようだ」と感じた。やはり、「ロイター」や「ブルームバーグ」、「CNN」と「BBC」中心に情報は収集しようと改めて決心した。



 「期末試験」も無事終わり、「中間試験」に続き「クラスでトップから一桁の成績」を維持したポッシュは、「満足」だった。そして「夏休み」には家族で「グアム」に、「初海外旅行」に出かけた。当時の為替相場は「約1ドル=300円」で、「海外旅行」は身近ではなく、ポッシュはワクワクしていた。

 空港に着くと、「南国特有の暖かさ」と赤やピンクが鮮やかな「ブーゲンビリヤ」や「プルメリア」などの「花々」、「その独特の香り」に迎えられた。当然だが、皆が「英語」を話しているのにも驚いた。

 創業者の曽孫娘が「お騒がせセレブ」として有名となった「ヒルトングアム&リゾート」に宿泊した。当時は宿泊もできて「銀座の懐石料理屋の支店」も入っていた「葉山マリーナ」と同じで、部屋は「オーシャンビュー」だった。しかし、「眺めは全くの別物」だった。


「葉山ではベランダには『燕の巣』があり可愛かったけど、景色は『黄色い砂の海岸と海が見えるな〜』というだけだったんだ。グアムでは、10階からの眼下には、『真っ白な珊瑚礁の砂浜、エメラルドグリーンとかターコイズブルーと呼ばれるトルコ石のような微妙に異なる薄い青色が広がる遠浅、コバルトブルーの広大な外海が広がっていた』んだよ。その『自然が創り出す様々な色調が重なり合う世界』からは『マーク・ロスコーの抽象画』が彷彿させられ、『楽園に来たのだな〜』と感動したよ」

 「日光浴」が大好きなおじいちゃんと一緒に、毎日数時間はプールや海の「デッキチェア」で過ごしたが、そこで飲むパイナップルやオレンジなどの「フルーツジュース」も、「祖国の市販の物」とは比べ物にならない程美味しかった。大人になるとポッシュは「マリンスポーツ好き」も手伝い、「海外リゾート」にハマるのだが、その原点がこの「グアム旅行」だった。「小麦色に日焼けした」ポッシュは、少しは「男の子らしく」なっていた。



 9月になると、「休み前」と特に変わらず、淡々と「新学期」を迎えた。そんな時、「帰宅部」には珍しく、「イベント」の話が持ち上がった。「男子校」だった「麻布学園」には、「女子」は当然いない。「女の子」と付き合うには、「女子校の文化祭」に行くのが「定番」だ。小学校の頃通っていた「日本進学教室」という「中学入試の塾」でバイトをしていた大学生と、なぜかポッシュは仲よくして頂いており、まだ「付き合い」が続いていた。「グアム旅行」で気が大きくなっていたのか、「塾に通っていた彼の知っている女生徒の中でも特に綺麗な子」を紹介してくれるように頼んだのだ。上手く交渉してくれたようで、先方の了解が取れた。ひとりで行くのは勿論不安だったポッシュは、おずおずとスマートを誘った。

「桜蔭の文化祭で綺麗な女の子が案内してくれるんだけど、良かったら行かない?」

「え、誘ってくれるんだ、行く行く」

 スマートは「いつも笑みをたたえている」ような人柄で、一緒にいると心地よかった。怒ると無言となり「張り詰めたような空気」が伝わってくることもあったが、敏感なポッシュは察せられた。ポッシュの話も「分かった、分かった、全部話さなくてもいいよ」と半分ほど話すと理解してくれるので、「悩みを打ち明ける」のも楽だった。今もそうなのだが、当時から「頼りになる存在」だった。



 9月末の清々しい秋晴れとなった文化祭初日に、2人は「桜蔭」を訪れた。案内してくれたのは、「美人系」と「可愛い系」と、タイプの異なる中2の女の子達だった。大学生の知り合いの「美人系女子」は明るく快活そうで、

「こんにちは〜、はじめまして!」

 と元気よく挨拶してきた。ポッシュは赤くなりながら、

「初めまして、ポッシュです。こちらは友人のスマートです」

 と答えるのがやっとだった。

「知り合いの子は話通りで綺麗だなぁ~、もうひとりの子も可愛いのは、やはり似たもの同士が仲良くなるものなのかな~」というのが最初の印象だった。そして、「校舎が清潔な事」にも感銘を受けた。「落書きだらけの灰色の壁で汚らしい、悪の巣窟のような黒のイメージの麻布」とは真逆の、「天使が降り立つような白く透明な世界」が、目の前に広がっていた。「ゴミひとつ落ちていないのでは?」と感動した。


 後年ポッシュは「太平洋の南にある亜大陸」人のボスに、「この国はゴミも全くなくて素晴らしい」と力説されるのだが、「南の亜大陸って麻布みたいなんだろうなぁ」とその時の光景が思い出された。「この島国の人間」には当たり前のように、「桜蔭の生徒達」にもそれが当然だったのだろう。反対に彼女達が麻布の文化祭を訪れて、「皆がゴミを掃き入れているロッカーから例の嫌われ物の昆虫が飛びだしてきたら絶叫するのだろう」と想像すると、思わず笑みがこぼれてしまうポッシュだった。

「その頃は女子中学生の制服は『セーラー服』だと思い込んでいたから、『セーラー服』じゃなかったのにはちょっと驚いたんだよ。色も地味な紺色だったしね〜」

 一応ふたりとも「美少年ぽかった」ので、通りがかりの女生徒から時折「キャ~」とか言われたのは、何となく覚えていた。だけど、「赤面対人恐怖症の克服途上」にいたポッシュは、階段を上り下りして、色々な展示を見たぐらいしか記憶に残らなかった。何を喋ったのかも、女子と会った際の初歩的な質問である「〇〇ちゃんの趣味は何なの?」と聞いたかさえ、定かではないそうだ!考えてみると小学校卒業以来同年代の女の子と話したことはなかったので、余計に緊張していたのだろう。 


 

 何時間経ったのだろうか、「彼女達は僕等を気に入ってくれている、少なくとも嫌われてはいないよな」とは、何となく感じられた。それなのに「チキン」だったポッシュは、「凄〜く知りたかった彼女達の電話番号」を聞くこともできずに、「初めての女子中文化祭詣」は終わりをつげた。

「なんで聞けなかったのだろう?」と自分でも不思議に思うそうだが、その頃のポッシュは「今とは別人」だったのだろう。「お祖母ちゃんの操り人形である、純粋培養のお子ちゃま」に過ぎなかったのだ!

「暴君の祖母」が決めた麻布に入学していなければ、「慶応中等部で華の共学生活」を送れただろうし、「ポッシュの人生」も大きく違っていただろう。「おじいちゃんのような商社マン」になっていたのかもしれない。

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