第22話 指輪

娘に案内されたのは、あのママだった女が僕のママだった時に僕と使っていたテントとよく似た樹上のテントだった。


「お母さんはあの木の上のテントの中に居るよ」

「うん・・・」


娘が木の下で待っていてというジェスチャーをしたのでテントの前で立ち止まると娘が声もかけずテントを開けて中に入っていった。


「お母さん・・・元気無いの?」

「私はもうあなたのお母さんじゃないわ・・・」

「でもお母さんが心配なの・・・」

「あなたはもう独り立ちしたのよ?」

「うん・・・」

「じゃあもう行きなさい」


ママだった女の声は弱弱しく感じたけれどとても懐かしい声だった。思わず涙が出そうになったけれど上を見上げグッと我慢をした。


「今日はお客さんを連れて来たんだよ?」

「あなたの最初の相手かしら?」

「うん・・・そうなるかも・・・」

「それはおめでたいわねっ!」


僕は応じて無いのに娘が変な事を言い出していた。


「お母さん・・・」

「私はもうあなたのお母さんじゃないわ・・・」

「その人はお父さんよ?」

「っ・・・!」

「私の最初の相手はお父さんなの・・・」

「そ・・・そうなの・・・?」

「うん・・・」


ママだった女は娘の初めての相手が僕だと聞かされてとても動揺しているようだった。


「もしかして近くに居るの?」

「うん・・・」

「そう・・・それはおめでたいわね・・・」

「うん・・・」


ママだった女は祝福の言葉を言っているけれど、その声はとても元気が無いように聞こえた。


「あのさ・・・お母さんもお父さんと一緒にならない?」

「・・・だめよ・・・」

「どうして?」

「だってあなたの初めての相手なんでしょ?」

「お父さんがお母さんと一緒になりたいと言ってもだめ?」

「・・・だめよ・・・」


ママだった女の意思は固い様だった。


「お父さん・・・入って来て」

「っ・・・待って!」


僕はママだった女の静止の言葉を聞かずテントの中に入っていった。ママは身だしなみを少しでも整えたいと思ったのか、ボサボサになっていた髪を手で撫でつけていた。元々スレンダーだったけれど、すごく痩せていてそのまま死んでしまいそうだという娘の言葉の意味がとても良く分かった。


「あなた・・・」

「僕はもう君の男じゃないよ・・・」

「そうね・・・」

「今は・・・」


そういって僕はテントに入る前に用意していた白金で出来た指輪の入った箱をママだった女の前に差し出した。娘は黙って僕とママだった女のやりとりを見ていた。


「これは?」

「指輪が入っている」

「受け取れば良いの?」

「うん・・・二つ指輪が入って居るから小さい方を取り出して左手の薬指に付けて欲しい」

「どういう意味があるの?」

「とおい・・・とても遠い場所では・・・その指輪を贈られて左手の薬指に身に着けた者同士は永遠に暮らすという約束になるんだ」

「・・・」

「立派な木の苗床になるまで僕とずっと一緒に暮らしてくれないか?」

「・・・」

「だめ?」

「・・・」


ママだった女は箱の蓋を開けて指輪をじっと見つめて黙ってしまった。僕は小さい方の指輪を手に取りママだった女の左手を手に取って薬指に指輪を近づけていった。ママだった女は指輪が入らないように指の間をギュッとせばめて薬指に指輪が入らないように抵抗していた。


「ずっと一緒に居たいんだ」

「・・・でも・・・」

「ママとずっと一緒に居たいんだ・・・」

「あぁ・・・」

「昔みたいにママに甘えたいんだ・・・」

「ズルいわ?」

「うん・・・」


ママだった女は指の力を緩めてくれたので薬指にゆっくりと指輪をはめていった。


「ブカブカだわ・・・」

「君が痩せてしまったからだよ・・・」


僕は大きい方の指輪を取り出すと左手の薬指に身に着けた。


「君はずっと僕の女だよ?」

「うん・・・」


ママだった女は自身の左手の薬指に付けられた銀色に輝くブカブカの指輪を見ながら、声も出さず静かに目から涙を流していた。

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