第20話 学神

「あなたが学神ですか!?」

「僕はお金を出しただけで学校を各地に作ってくれたのは山岳の赤の皆さんですよ」

「あなたが蒸留器を発明した偉大な方というのは有名ですよ!?」

「蒸留の方法を教えたのは僕ですが発明は当時のエレメント鋼の名工達の頑張りですよ」

「そんな事はありません!蒸留という方法で新たな薬や酒がどんどん生み出された事に感謝しない山岳の赤は居ませんよ!」

「それは薬神や山岳の赤の皆さんが熱心に生み出したからですよ」

「それに90巡前と66巡前と35順前と3巡前の疫病の大発生の際は、あの特効薬が無ければ多くの人が助からなかったと聞いて居ます!」

「それも薬神やそのお弟子さんが熱心に研究と生産をなさったからですよ」

「66巡前の疫病で助かった中に、まだ幼少期だった私の母が居ます。もしその時に母が助かって無かったら私は産まれてないんです!」


総産業組合に蒸留器の100巡の権利終了の手続きと精算の用件を担当者に伝えたら、とても興奮して大声で僕を称えるような話し始めてしまった。

僕はあまりに多く振り込まれる蒸留器の権利による金額の多さに申し訳ない気持ちになった。その技術は僕の発明では無く1回目の生の知識でしかない。それに沢山お金があっても僕には管理しきれない。だから僕はお金を還元しようと基金を設立し学校を建設する組織を立ち上げた。その結果一部では学神などと呼ばれる事もあるのだけれど、僕はお金を出しただけで現地の人に丸投げをしているだけだ。今回蒸留器の権利が終わる100巡を越えた事からその清算手続きが必要かと思い総産業組合の本部を訪ねたのだけれど、受付の・・・胸の膨らみがあるから山岳の赤の女性が大声を上げた事で僕がその基金の創設者だと吹聴されてしまう事になった。そのため総産業組合のロビーに居合わせた多くの人がその大きな声を聞いて、僕が居る事が周囲に伝わった。僕はあまり表に現れて活動しなかったので学神の正体はあまり広がって無かったので驚かれてしまったのだ。


「お客様・・・・特別室を用意しますのでこちらへどうぞ」

「はい、ありがとうございます」


担当者の上司らしい人が騒ぎに気がついたようで、事態を抑えるため僕を奥の部屋に誘導してくれた。受付の・・・胸の膨らみがあるから山岳の赤の女性は別の人が注意を行っており不味い事をしたと反省を口にしている。


「うちの者がすいませんでした」

「いえ、お気遣いありがとうございます」

「でも担当のものが興奮する気持ちも分かろうものです。私の妻も90巡前の疫病で助けられた口ですから」

「それはそれは」

「それに昔のように蒸留していない酒が飲めない暮らしなんて今更想像出来ませんからなっ!」


僕が山岳の赤の集落で学神だと知られると物凄い反応が返って来る。自身や身内が薬に助けられたやら、蒸留酒を始めて飲んだ衝撃が凄かったやら。それに蒸留技術により生産された効能の高い薬や蒸留酒は現在山岳の赤の多く住む地域だけではなく周辺の部族にも広がりつつある。

またエレメントの使役によって燃料を使わず蒸留が行えてしまう森林の白や密林の黒では蒸留器を使わずとも蒸留が行える事から、山岳の赤にも多く流通する様になった。蒸留酒は移動途中で変質が少ないし、量当たりの価格が干した果物に比べて大きかった事も山岳の赤と取引する商品として非常に優秀だった。

また僕の学校建設により多くの学問が進んでいる。特に山岳の赤では薬学が進んでいる。薬効はあるもののそのまま摂取すると害がある植物から、薬効成分だけを抽出する事が出来るようになり効能が飛躍的に向上した。

山岳の赤は陽気だがこだわりの強い人が多い、その中に現在薬神として崇められている研究者がいて大陸中から集めた様々な植物から薬効成分のみを抽出を行っていた。そこに蒸留という技術や高濃度のアルコールや蒸留水という優秀な溶媒が加わる事で抽出技術の飛躍的向上が起こった。それが何回か大陸中に蔓延した疫病を鎮める一助に繋がったのだが、薬神が周囲に蒸留という技術の偉大さを称えた事でこうやって蒸留器の知識を伝えた僕や蒸留器のひな形をつくったエレメント鋼の名工達もその薬神の研究仲間の様な扱いを受ける事があった。


僕はこの100巡の間、山岳の赤の各地を自作の蒸留酒を持って各地を巡った。山岳の険しい気候や地形に負ける事無く陽気に暮らす山岳の赤の人たちは、良い酒があれば一気に親近感を持ってくれ色々な事を教えてくれた。山の幸や宝石や金属の見分け方やその利用方法などを懇切丁寧に教えてくれるのだ。他にも隠れた温泉地や風光明媚な場所などに案内してくれた事もあった。

各地を巡るうちに蒸留という技術が加わった事で山岳の赤の集落で様々な酒が生み出され、旅の楽しみがまた増えていった。その間に僕に様々な事を教えてくれた山岳の赤の人の訃報を聞く事もあったけれど、生きてさえ居れば何度訪れても新たな酒を酌み交わしながら、懐かしそうに過去の出来事を語り合う事が出来た。


「久しぶりに森林の白の集落に行こうか」


巨大樹の周辺は度々訪れていたけれど、森林の白の集落へ集落へは訪れて居なかった。けれど山岳の赤での多くの陽気な出会いによって悲しみはかなり癒えていた。それに100巡ごとに森林の白の集落へ戻る事は別れの時にも決めていた。山岳の赤の蒸留器の権利が無くなるこの時期はとてもいいタイミングでもあると思ったのだ。

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