第15話 夜空
「パパ!」
「ただいま」
娘が産まれて40巡目が過ぎた。もう歩けるし喋る事も出来る。あの条件反射だった笑顔も、今では自らの意思で行う事が出来るようになっている。先日水のエレメントを使役出来るようになった。コツを覚えたら他のエレメントも使役出来るようになる筈だ。
「今日はいくつか採って来たの?」
「今日は5つだね」
「あれ?1個少ないよ?」
「僕は1つで良いから少ないんだよ」
「そうなの?パパお腹痛いの?」
「ううん、パパは実を採りながらもう2つ食べて来たんだよ」
「あっ、ズルいんだぁ」
「採りに行く人の特権だね」
「私も早くお外に行きたい」
「それならエレメントと早く仲良くならないとね」
「はぁい」
娘は巨大樹の実がとても好きだ。だから沢山採って来るととても喜ぶ。今日6個ではなく5個にしたのは最初から僕が1個で充分だと思ったからだ。外で2個食べて来たというのは娘にエレメントの使役の勉強を促すための嘘で、夜にお酒を飲むから1個で充分なだけだ。
「あら?今日は1個少いのね?」
「僕は今日1個で充分だからね」
「パパお外で2個食べて来たんだって」
「あら!確かにお外で採れたてを食べるのは美味しいものね」
「今日は快晴なのに涼しくて気持ちよかったからね、木の天辺まで登ってくる空をしばらく眺めていたよ」
「いいなぁ」
「あら羨ましい」
「だろう?」
僕は娘の前では火と水と風と土と雷のエレメントしか使わない。魔石の道具もそういった便利なものとしか教えて居ない。娘が独り立ちした時に僕の様に色々なエレメントを使える生活を基準にしないためだ。
娘の前で無くても、結界の外に出て飛び蜥蜴の攻撃をいなす為に使ったりするぐらいで、木の昇り降りなどは自力で行っている。木の天辺まで昇り降りした今日はとても疲れたけれど、久しぶりの全面の青空はとてもいい気分だった。
毎日の様に採取をして家に運ぶ仕事の繰り返し。巣に雛のご飯を運ぶ親鳥のような生活に少し疲れたのだろうか。
夕食後に娘が寝付いた所で僕は倉庫になっている木のウロからお酒の入った壺を持って外に行こうとした。
「どこに行くの?」
「今日行った天辺で星を見ながら飲もうと思って」
「少し待ってて」
「ん?」
女は僕に近づくと僕が持っている壺を取り上げ机に乗せると僕を抱きしめた。懐かしい感触と匂いに一気に男から子供に精神が落ちて行ってしまいそうになる。
「辛い事でもあったの?」
「うん」
「それはなぁに?」
「もう少しで一人になってしまうんだ」
「そう・・・それは辛いはね」
「うん」
「今だけはママって呼んでも良いわよ」
「僕は男だよ」
「うん」
「ありがとう、僕の子を産んでくれて」
「うん」
「じゃあ僕は行くよ」
「うん・・・気を付けてね」
「うん」
僕は力を緩めた女から離れると机の上に置かれた壺を持って家の外に出た。重力のエレメントを使役して木の天辺まで登ると土のエレメントを使い簡易的なステージを作ってそこにあぐらをかいて座り空を見上げた。
「いい夜空だ」
女はもう少しで娘を連れてここを出ていくだろう。巨大樹の実のおかげか僕がパパの家を出たときより体格立派だ。エレメントの使役も覚えたので、それが終われば次の成長の為に森の白としての技能を伝えるために出なければならない。
「笑顔で送り出せるようにしなくっちゃ」
僕はじわっと滲む星あかりを見ながら、座った時に置いた壺を傾けお酒を煽った。
「滲んだ星が虹色にキラキラ光って美しいなぁ・・・僕は今日これを見るために上がっただけだよな・・・」
見上げて居るから涙は溢れない。だからまだ泣いていない。僕は立派な男なんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます