第14話 笑顔

「あなた、お疲れ様」

「あぁ、今日はレヌ茸とオム芋とムサ草を採って来たよ」

「あら、レヌ茸なんて」

「これから一気に寒くなるね」


今日は外に収穫に行ったので服装が少し汚れている。僕は帰宅後すぐ家には入らず女に収穫物を空間のエレメントを使役して作っている倉庫から手渡した。最近肌寒くなって来たからか、実の数が減って来ている。冬に備えて少し食料の備蓄もしないといけない。

レヌ茸はこれから一気に寒くなる事を知らせるキノコだ。そのままでも美味しいけれど天日に干すと旨味が増すので女はその準備を始めた。


巨大樹から下りて森で収穫する理由は寒い時期の食料確保の意味もあるけれど別に巨大樹の実が現在枯渇している訳では無い。

巨大樹の実はとても美味しく毎食食べても良いぐらいだけれど、無限に湧く訳では無い。年中成っているけど季節によって多い時期と少ない時期がある。多い時期の実は乾燥させたり煮詰めたりお酒にして保存しているけれど、少ない時期は採らなかったり、多い時期でも3割程は残すようにしている。

そうすると実は毎食食べられる量にはならないけれど、それが最も効率が良いと分かって来ている。


巨大樹の実は飛び蜥蜴にとっては獲物をおびき寄せる撒き餌になっている。そして巨大樹の近くで飛び蜥蜴に食べられた後の動物の骸は巨大樹の栄養になる。勿論巨大樹を住処とする飛び蜥蜴や僕たちの排泄物も栄養になっている。それがなければ巨大樹は実をあまり付けなくなる。採りすぎは良くない事が最近分かって来た。それに飛び蜥蜴は魔石の生産者でもある。増えてくれた方が嬉しい。


飛び蜥蜴の代わりに動物の骸を巨大樹の周りに持ってくるという手段は一応ある。けれど森の白は動物を食べないように、動物を必要以上に傷つける事を禁忌としている。襲われない劃り刃を向けない、それが森林の白として森に生きる方法なのだ。将来僕も立派な木の苗床になる身だ。森林の白の掟にはなるべく従っておきたい。ベムだから処分しろと言うのは従えないけれど。


玄関横の浴室につながる脱衣所で服を脱いでから水と火と風のエレメントで服を洗い、ついでに自分の体も綺麗にする。服は綺麗になって乾燥しているけど、殺菌のために後でまとめて天日に干す。


女が脱衣所の前に用意してくれた服に着替えてキッチン兼リビングに入るとベビー籠に入っている娘の顔を見に行く。泣いては居なかったけど寝て居ないようで目が開いている。


「ご機嫌だったかな?」


指先で頬に触れると少しだけ反応がある。「ダー」と声に出して天使の様な笑顔になるのだ。

笑顔は別に娘が特にご機嫌だからする訳では無い。この巡の時期の森林の白の赤子に見られる反応で人の顔のような模様をしたものを認識すると笑顔になるという条件反射だ。笑顔の方が親に可愛がって貰え生存率が上がったとか、そういう感じで進化の果てに身につけた技能なのだろう。


「まだ殆ど思考も出来ないだろうにもう打算的な笑顔をするなんて悪い子だ」


僕がプニプニ娘の頬を突きながら笑顔を眺めて居ると、レヌ茸干しの準備を終えた女がやって来て後ろから覗き込んで来る。


「あらいい笑顔」

「あぁ」

「この子もあなたが好きなのね」

「そうだといいなぁ」


女はご機嫌な顔をして僕の後ろから立ち去りレヌ茸干しに向かった。

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