第7話 限界の向こうに(過去編 終わり)
そして壊滅状態だった第二騎士団も一新され、新しくなった隊員らで懇親を深めようと懇親会なんかもよくやっていた。スタンピードから一年近く経つがその爪痕は大きかった。失われた人材はそう直ぐには埋められない。
今日の飲み会もいつものことだった。他の隊の隊長と交代で飲み代を持って平騎士の不満を発散させる役割になっていた。
こちらにしては一方的に不快なだけだが、これもお勤めの一つと思って毎回苦行に耐えている。部下の中には酔っぱらうと鬱陶しいほど絡んでくる者もいた。
「そもそもアニー隊長は良い人はいないんですか? 三十近いのに完全行き遅れになりますよ」
「失礼な。私はまだ二十六だ。それに相手については自分より弱いのは問題外だな」
私は彼らの問いに淡々と答えていた。横でエイベルが静かに怒りを溜めているのを感じる。
ああ、あいつは後でエイベルに凶悪な特訓をされるだろう。可哀想だが仕方がない。
「えー! 寂しいとか思ったりしませんか? 結婚して家庭に入って……」
「思わない。そんな暇があったら特別強化訓練をしてやるぞ? 寂しいなど訓練が足りんのだ。筋トレして走り込め! なんなら限界の向こう側へ一緒に挑戦しようじゃないか? ん? きっと楽しいぞ。ふふふ」
私がエールを一気に飲み干してにやりと笑ってやった。
私の笑いに部下達は酔いが醒めたようになり泡を食ってエールを片手に別の席へと散って行った。
酒が入るとそんなくだらんことを聞いてくる命知らずの奴が一定数いた。
気合いだ。気合。たるんどる。そう言ってぶった切るとあとは遠巻きにして各々で飲んでくれるのだが、今日はなんだか絡んでくるのが酷かった。
彼らを叩き出すようにして騎士団内で営業している酒場から追い出すとエイベルと幹部宿舎へと向かった。
「今夜はなんだか荒れたな」
「また、スタンピード残滓が見つかったようですよ。第二騎士団からの報告によるとモンスターや魔獣の群れの出現するスポットが各地にまだ散らばっていたらしく、あちこちで討ち漏らした魔獣の出現が報告されて殺気立っているからでしょう。心配だから宿舎までお送ります。アニー」
「そうだな。大丈夫と言いたいが、確かに今日は変に絡んでくる奴らが多かったからつい飲みすぎた。だから頼むよ。エイベル」
私の言葉に少し息を飲むようにするエイベルを眺めた。
「何かおかしかったか?」
「いえ、俺を信頼しているのですね。あなたを脅してまで繋ぎ止めようとしているのに」
「ああ、もちろんだ。それに脅されてではなく、私だってエイベルに側にいて欲しいからな。お互い側に居る理由が必要なんだよ」
そういうとエイベルは顔を少し歪めた。
ああ、エイベルを悲しませてばかりな気がする。
だが、隊長と言われても孤児上がりの平民の私と高位貴族の次男のエイベルではどうあってもハッピーエンドという訳にはいかない。
ただ、周囲から鬼隊長と呼ばれ男のように扱われてもエイベルだけは私を女性として見てくれているのだ。割り切れない私の心が、……体も彼を求めている。
侯爵家の育ちだからだろうか? 彼は戦場においても私を庇って戦ってくれる。
止めてくれと言っても構わず。あれから何度も彼と乱闘騒ぎの鎮圧もこなしてきた。
「光栄ですといいたいですが、無防備すぎるでしょう。俺も男ですよ?」
「そんなことはもう十分知っている。あははっ。鬼隊長なんて言われている私なんぞ侯爵家の高貴な方の舌には合わないだろうに……。まあ、今夜は飲みすぎてお相手はできそうにないけれど」
「アニー……」
「ん。またな。エイベル……」
軽く笑ってエイベルの頬にキスを落とすと彼は苦笑していた。
あのスタンピードの告白後、彼とは何度もその情熱に身を任せた。
だから条件反射なのか、彼からアニーと呼ばれると体が熱くなるときもあって困るが、少なくともこうした気軽なやり取りもできるほど許してもらえていると私は思っている。
いや、思っていた。
彼は私から離れようとはしなかった。私も彼から離れることはなかった。
私を見ると切なそうに顔を歪めるエイベルに申し訳ない気持ちで一杯になる。
いつか上手く解決すればいいのにと願っていた。
そしていつものようにエイベルに宿舎まで送ってもらってそこから、目覚めると――、
「ああ、目を覚ましましたわ! マギー。先生をお呼びして! ああ、あなた」
「良かった」
見知らぬ男女が涙ぐんで私を見下ろしていたのだった。彼らは自分より年上で人のよさそうな雰囲気だった。
「あの……」
一体どういうことなのか飲み込め無かった。昨夜は飲み過ぎたのだろうか? ここはどこだ? 最後に飲んだのは……、それにエイベルは?
「ああ、神様! 私達にメルティを戻していただいて」
先程から私を見てメルティと呼び掛けてくる。私の名はアニーだ。アニー・フィード。ただの平民でドルリア王国第三騎士団の第二部隊長だ。
私の面前で涙ぐむ淑女とその肩に手を置いて慰める紳士は明らかにお貴族様だ。
彼らに手を伸ばそうとして自分の手がやけに白くか細いことに驚いた。剣など持ったことのないような華奢な手。
「何だ……。この手はっ」
がばっと上半身を起こした。すると肩に流れ落ちる髪は自分のものなのにピンクブロンドのふわふわしたものだった。自分の見慣れた赤毛のストレートではなかった。そもそももっと短い。だからこのように流れ落ちることなどない。
「何だ? この髪は!」
「メルティ?」
「私はメルティなんかではなくっ……」
私が周囲を見渡すとサイドテーブルに手鏡があったので手に取って覗き込んだ。そこにはふわふわのピンクブロンドの髪に淡い水色の瞳の非常に可愛らしい少女の顔が映っていた。何処かで見たことがあるような気がしたが、それどころでなかった。
「はあぁ?! 何なんだ。これは!」
そして何度目かに分からない叫び声を上げてしまった。その声がとても自分の声ではないことも気がつかないくらいだった。
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