第26話 メイク
◆
高校に入学した。周りがみな部活動や恋愛、バイトに明け暮れるなかで、私はひとり黙々と学習塾に通っていた。親に強制された訳ではない。自分からそれを希望した。
高校受験は決して楽ではなかったが、しかし終わってみると達成感があった。新生活が始まっても、私はその喜びを引きずっていた。すでに意識は大学受験に向けられていた。青春を楽しむ気が無かった、というよりは日々勉学に励み、その成果を試験などで実感しつつ、やがて迎える大学受験に備えることが私にとって青春だった。
しかし私はすぐに戸惑うこととなった。学校と学習塾、そのどちらも勉強に対する周りの熱量が決して高くはなかったのだ。塾については無理矢理通わされているか、あるいは特に考えもなく惰性で通っている学生がほとんどだった。受験前のあの緊張感、そして一体感は皆無だった。
間もなく中間試験が行われた。私は学年でトップクラスの成績を収めたが、全く嬉しく無かった。周りがやっていないのだから当然の結果だと思った。だんだんと勉強に対する熱は冷めていった。
熱中しているものが無くなって私は初めて自分がクラスで少しだけ浮いていることに気がついた。進学校の女子校であったとはいえ、都会のど真ん中という立地のせいだろうか、みな容姿に気を使い、スクールメイクを施している子も多かった。そういったことに無頓着なのは運動部の子ばかりだった。
私は焦りを感じ、慌ててメイクの仕方などをSNSで学んだ。
(ちゃんと可愛くなれてるかな……?)
そんな不安を覚えつつも、だんだんと要領を掴み、自分のメイクとコーディネートでお出かけをしたいと思えるくらいになった。
しかし、私には行きたい場所など無く、連れ回してくれる友達もいなかった。結局、おしゃれをしても足を向けるのは塾だった。授業が無いときは自習室でだらだらと過ごした。
そんなある日、バス停でバスを待っていると、急に声をかけられた。大学生の男の子だった。爽やかな雰囲気で、物腰も柔らかかった。始めは少しだけ身構えたが、男の子が軽快に話しを転がすので、知らず知らずのうちに私は会話を楽しんでいた。
「ねえ、彼氏いるの?」
バスがバス停に近づくと、男の子は私にそう訊ねた。私は首を横に振った。
「じゃあ良かったら連絡、頂戴」
男の子はそう言ってメモ用紙に自分のSNSのアカウントIDを走り書きし、私にわたした。
「待ってるから」
男の子はそう言ってにっこり笑うと私に手を振り、バス停に背を向け歩き去った。そこで初めて彼がバスを待っていた訳ではなく、ただ私と話すためだけにその場に留まっていたのだと気がついた。
(メイクを頑張ったら、知らない男の子から声をかけられた……)
――結局、その男の子に連絡を取ることは無かった。男の子に声をかけられる、ただそれだけで私は満足だった。
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