転校生

第14話 孤独

 目が覚めた。枕元のスマホを取り上げる。時計は朝の十時十分を指していた。


「やっべー。寝すぎた」


 そうは言いつつ、焦っている訳ではない。だらだらとスマホで動画を見たあと、リビングに向かった。


「――あ、あれ?親父、まだいたのかよ?」


 この時間は会社にいるはずの父親がリビングにいた。


「あ、颯太。おはよう……」

 

 みゃーっ!


 聞き慣れない鳴き声に僕は驚いて、父親の足元を見た。仔猫というにはひとまわり大きい猫と、ミルクの皿が置いてあった。


「え、なに?どうしたの?」


 猫は僕を見上げ、尻尾を膨らましている。思わず後ずさりした。父親は僕に気を使うように、その猫を抱き上げた。


「今朝、仕事行こうと思ったら、拾っちゃって……」


「拾っちゃってって……――仕事、大丈夫なのかよ?」


「うん、午前半休にしてもらった。――今から獣医さんのところ行ってくる」


 絶句している僕を置いて、父親は猫を連れ、リビングを出ていった。




 僕は駅の近くの繁華街をふらふらしていた。本当は家でだらだら過ごしたかったのだが、下手に家にいると拾い猫の面倒を押し付けられそうだったので、夜まで外で時間を潰す事にしたのだ。


「あっついなあ」


 Tシャツの首元をひっぱり、ぱたぱたとTシャツの中に空気を送る。もちろん、それくらいでは全然涼しくならない。お昼ご飯を食べたり、ゲームセンターで時間を潰すうちにあっという間に夕方になったが、それでもまだ日差しは強く、知らず知らずのうちに涼を求め、足はうす暗い通りの方に向いていた。


「――あ、あれ?」


 通りを歩いて歩いていると、不自然なカップルが目に留まった。まだ十代の女の子と明らかに四十を超えた大人の男性のカップルだ。男性が女の子になにかを迫っているように見えた。周りには数名の若い女性が等間隔で立っていたが、誰もその二人のことを気に留めていない。


(……。まあ、僕には関係ないし)


 僕は二人の横を素通りしようとした。しかし女の子と目があってしまった。女の子は「地雷系」と呼ばれるような、少女趣味というか、ゴシック趣味というか、とにかく黒とピンクを基調としたメイクや服装で、可愛いといえば可愛いのだが、思わず避けたくなる、そんな強烈な雰囲気を醸し出していた。


(なるほど、かなりオーセンティックな地雷系スタイルだ。まだ若いのによく勉強していらっしゃる)


 感心した僕は思わず立ち止まった。するとそれに気がついた男が僕に振り返りました。


「おい、なんだよ?なんか用かよ?」


 歳の割には、だらしない喋り方をする男に思わず僕は顔をしかめてしまった。それが良くなかった。男を怒らせてしまった。


「――別にいいだろうが!お互い納得してんだよ!関係ない奴が顔を突っ込むな!」


 男が怒鳴った。


「絡んでこないでくださいよ」


「そっちが絡んで来たんだろうが!」


「言いがかりじゃん。――うち来ます?孤独だからイライラするんですよ」


「お前、いい加減にしろよ」


 男が唾を撒き散らしながら、僕に迫る。女の子をちらりと見るが、ディファインコンタクトのせいだろうか、いまいち彼女の表情が読めない。


「うち来てくださいよ。うちにもあなたと同い年くらいの孤独なおっさんがいるんです。今朝も猫拾ってました」


「は?なんだそれ?どういう意味だ?」


「僕の父親です」


 男は口を開いた。しかし言葉が出てこないようだ。舌打ちをして、その場を立ち去った。

 女の子は最初から最後まで微動だにせず、じっと僕を見つめていた。僕はあらためて女の子に向き直った。


の邪魔してごめん」

 

 香水の匂いだろうか、バラのようなそうでないような甘い香りが僕の鼻をくすぐった。


「――気安く孤独を語るなよ」


 しばらくの沈黙のあと、女の子はそう言った。




 



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