第12話 幽霊


「颯太、インキャ扱いされるの嫌じゃないの?」


 僕と椎木さんはバス停で二人並んで座っている。ようやく落ち着いた椎木さんは開口一番、僕にそう訊ねた。


「べつに、どうでもいいかな。事実、インキャだし」


「――私、こんな見た目だからさ、軽いって思われるけど」


「軽くないの?」


「……。私、颯太と一緒」


「何が?――ひょっとして幽霊、憑いてる?」


 僕は凛ちゃんの姿を探した。いつの間にか凛ちゃんは姿を消していた。


「幽霊?なんの話し?」


「ごめん。――じゃあ、何が一緒なの?」


 椎木さんは俯いた。そして靴のつま先でもじもじと地面を蹴り始めた。


「元カレ、いつも自分か私の家でデートしたがってたんだよね。あとはカラオケの個室とか。――狙い、私、分かってたんだ」


「まあ、誰でも気づくでしょ?」


「でも、私、いつもはぐらかしてた。――怖かったし、なんかそういう気分になれる時もなくて」


「たしかに怖いよね。あいつ、ハードコアなプレイ要求してきそうだし」


 僕のあけすけな物言いに椎木さんは顔をしかめたが、すぐにふっと笑うと、諦めたようにため息をついた。そしてゆっくりと口を開いた。


「私、初体験まだだから」


「へー……」


 戸惑いながら、曖昧な返事をした。


「どうせ経験人数豊富だと思ってるんでしょ?――あんなくだらないコラ画像作るくらいだから」


「え?うん。もちろん」


「……。颯太って、本当にムカつくな」


「まあまあ。――じゃあ、セックスレスが原因で別れたと」


「ねえ?一回殴っていい?本当に一回全力で殴らせて?」


「やめてよ。そんなハードコアなプレイしたことないんだ。――実は僕も貞操を守ってて」


「だろうな!」


 そう言いながら、椎木さんはカバンを力いっぱい僕にぶつけてきた。


「いたいなあ」


「まあ、セックスレスだけが原因って訳じゃないけど。美月への嫌がらせが度を過ぎて引かれちゃった」


「本当、そう思う。それに僕を巻き込む必要はなかったよね?当事者だけで処理して欲しかった」


「……。私、これでも中学のときは美月みたいな感じだったんだよ?真面目系というか、清楚系というか」


「へー」


「でも、高校入って、美月に出会って、ああ、私の負けだな、美月の圧勝だな、と思ったから、雰囲気変えたんだ」


「へー」


「私、美月に多分憧れてるんだと思う」


「ふーん」


「私、このままでいいのかな?」


「はあ?」


「――お前、さっきから喧嘩売ってんの?人が真剣に相談してるんだから、まじめに聞けよ」


「でも、俺、今の椎木さん、好きだし」


「……。私は今の私、嫌い」


 椎木さんはすねたように顔を背けた。


「なんで?」


「軽く見られるから」


「誰に?」


「学校のみんなに」


「学校の連中なんか、数年経てばどうせ顔合わせないんだし、別によくない?」


「インキャのお前はな」


「むしろ、ヨウキャの方が人脈とやらを広げて行くんじゃないの?これから、どんどん色んな人と接するんだから、あいつらなんかに悩んだって仕方なくない?」


 椎木さんは戸惑いをごまかすように顔をしかめた。


「今の椎木さん、100%自分がなりたい自分ではないだろうけどさ。でもなんだかんだ60%くらいはなりたかった自分なんじゃないの?ただ周りの反応が自分に好ましくない方向に行ってるってだけで。――ていうか、全くなりたくない自分になれるほど人って器用じゃないよ」


「なんだお前、偉そうに」


 椎木さんはもう一度、カバンで僕をどついた。


「――あ、ほら、バス来たよ」


 僕は身をよじりながら、ロータリーの向こう側を指さした。椎木さんはしかしそんな僕を無視して、もう一度カバンをぶつけてきた。


「痛いって。やめてよ。――もう、僕、帰るね?」


 僕は立ち上がった。椎木さんがカバンを胸に抱いてじっと僕を見上げた。


「……帰れよ」


「うん、帰るよ?」


「……ばいばい」


「うん、ばいばい」


 僕は椎木さんに手を振り、歩き出した。

 改札口まで行き、もう一度バス停の方を振り返ると、椎木さんがちょうどバスに乗るタイミングだった。じっと見られているような気がしたが、暗いので実際のところはよく分からない。





 ピコンッ。


 夜、ひとりでベッドに寝転び、漫画を読んでいると、メッセージの着信を知らせる音が響いた。僕の傍らで丸くなっていた猫のサモさんが顔を上げ、尻尾をぱたりと動かした。僕は枕元に置いていたスマホを取り上げ、アプリを開き、メッセージを確認した。


(……。つまんな)


 そのメッセージはクラスのトークルームに投稿されたもので、クラスのお調子者が彼の仲間と撮った動画だった。


(あれ……?ていうか、僕、トークルーム追い出されたんじゃなかったっけ……?)


 知らない間にクラスのトークルームに復帰していた。椎木さんがブロックを解除したのだろう。


(律義だな。別にそのままで良かったのに)


 僕は、大あくびをすると、ベッドの上で背伸びをした。


「凛ちゃん、遅いなあ」


 ぽつりと呟く。とはいえ心配はしていなかった。なぜなら凛ちゃんはもう死んでいるから。何度も寝返りをうちに僕は眠りについた。――きっとまたあの夢とともに目を覚ますのだろう。

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