第8話 友達

 ◆ 


あの時、私はどうかしていたんだと思う。あんな事件があったから。もちろん、だからといって許される訳ではない。

 あの事件のあとも、不思議と彼女はまだ生きているような心地がした。それは私だけではなくクラスメイト全員がそうだったに違いない。日常はすぐに戻ってきた。


 私を含め、誰も実感が湧いていなかった。それでもどこかにひずみは生じていたのだ。

 私は衝動的に優愛の弟にキスをしてしまった。

 何か、心の拠り所を求めていたのかもしれないし、自分を埋没させる何かを探していたのだと思う。無意識にあの事件から目を反らそうとしていたのだ。

 優愛は怒った。

 そして、それをきっかけに優愛はなぜかあの事件を蒸し返した。彼女もまたあの事件に囚われていた。


「ねえ、罰ゲームのこと、覚えてる?私が正しかったのに、まだやってもらってなかったよね?」


 くだらない約束を優愛は持ち出した。その約束をしたのは、今となってははるか昔に感じる。

 

「最低」


 私は優愛を非難した。


「私、最低かな?最低なのは、一番の友達だったのに、結局、見捨てた美月じゃない?」


 私は奥歯をぎゅっと噛んだ。


「自分はあんなに煽ってたくせに……!」


「煽ってた?私は何もしてないけど?みんなが勝手に盛り上がったのを私のせいにしないで?――それに、美月は全く庇おうとしなかった。美月が庇えば教室の雰囲気は変わってたはずなのに」


 優愛は冷たい目を私に投げかけた。『美月が庇えば教室の雰囲気は変わってたはずなのに』――その言葉がぐっと胸にささる。

 優愛はクラスのムードメーカーだ。良くも悪くも教室の空気を支配している。一方で私はクラスのアイドルだ――もちろん、ためらいなく、それを自認することは難しいが。こんなつまらない私にその役割が与えられているのは、両親から譲り受けたこの見た目だけが理由だ。

 クラスのアイドルは人形みたいなものだ。意見を主張することを求められている訳ではない。しかし、それでもその意見を全員に届けることはできる。――言葉を話す人形に振り向かない人などいるだろうか?


「――違う……」


 私は絞り出すにように、そう言葉を発した。


「何が違うの?」


 優愛が眉を潜める。


「違う、私は一番の友達じゃない」


「なに?今さら友達でも何でもなかったって言って逃げる気?他人の振りするの?」


「違う。そうじゃない。――友達だったけど私は一番じゃない。一番は田中くん……」


「田中?――ああ、あのインキャか。あいつに責任転嫁するの?」

 

「違う、そんなつもりじゃない。私が言いたかったのは……」


 一番の友達でも、彼女を引き止めることは出来なかった。――優愛は私の言葉を妨げるように、あはは、と笑った。

 

「罰ゲーム、嘘コクなんてどう?それで、その相手は……――せっかく美月が田中の名前、出したことだし、田中で!」

 

 そう言い残し、優愛は私の前から立ち去った。


 

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