第7話 秘密
ピコンッ。
斎藤さんとお出かけをした夜、僕のスマホにメッセージの着信を知らせる音が響いた。僕は、スマホをとりあげ、メッセージングアプリを開いた。そのメッセージは、クラスメイトたちが普段使っているトークルームに一斉送信されたものだった。つまり僕個人宛ではなく、クラスメイト全員に向けられたものだ。
『学校サボって、セックス三昧』
そんな内容のテキストメッセージが画面に浮かび上がっている。首を傾げていると、すかさず一枚の写真がトークルームに投稿された。
「うあ……。まじかよ……」
見るとその写真には、僕と斎藤さんが写っていた。斎藤さんに促された僕が家に上がろうとしている、まさにその瞬間だった。
――盗撮されたね。
凛ちゃんが僕の肩越しにスマホを覗き込む。
「気持ち悪いなあ。誰だろう、犯人」
アカウントを見ると適当に作られた捨てアカウントのようで、クラスメイトであることは確かだが、誰であるかは特定できない。
――まあ、どうせ、優愛の手下でしょ?このトークルームの管理人、優愛だし。
案の定、椎木さんの取り巻きたちがその写真に反応し、
「だね。ヤリマンめ。いい度胸してるな」
――口が悪いな。優愛ってヤリマンなの?
「知らんけど、どうせ、そうでしょ?」
僕はそう言うと、春に撮ったクラス写真をパソコンで開いた。そして編集ソフトを使って手際よく椎木さん以外の女子を消していく。
――何してるの?
「家族写真、作ってる」
次に僕は男子全員の身体を赤ちゃんのものに合成していった。口におしゃぶりを咥えさせる。
――なに?どういうこと?
「みんな、椎木さんの赤ちゃん。大家族だね。お顔はパパたちにそっくり」
――クラスメイト全員とセックスして子供が産まれちゃったってこと?颯太の子供もいるみたいだけど?
「椎木さん、ムカつくから嫌いだけど、セックスはしたい」
――最低だな。
凛ちゃんが呆れたように肩をすくめる。
「――はい、完成」
僕は『椎木大家族』と写真の上あたりに書き込み、それをトークルームに投稿した。しかし、しばらく待ってみても誰からも反応がない。あんなに賑やかだったトークルームが今は水を打ったように静かだ。ただ既読数だけが加算されていく。
「分かりづらかったかな?」
――みんな、ドン引きしてるんだよ。
「そうなのかな?――あ」
スマホをみると僕はトークルームから追い出され、入室できなくなっていた。
「追い出された!――しかたない。もう、寝よう」
僕は大きく背伸びをしたあと、ベッドに移動した。飼い猫のサモさんがベッドの真ん中で眠っていた。それをどかそうとするとサモさんに怒られた。
「おはよう」
「おはよう、斎藤さん」
斎藤さんは今日は早く登校していた。なんだかすっきりとした表情をしている。
「なんで昨日、先、帰っちゃたの?」
「ごめん。自販機探してたら、迷子になっちゃって。――気がついたら自分ちにいたんだ。こういうのを帰巣本能っていうんだろうね」
「それより、颯太くんが夜投稿した画像、最悪」
「最悪っていうけど、美月さんだって笑ってるじゃん」
「笑ってない」
「いや、笑ってるよ」
斎藤さんの表情が真剣になった。
「――あんなことしたら、また優愛の彼氏たちに呼び出されるよ?」
「そう思って、今日はジャージで来たんだ。この前、散々制服汚されちゃったせいで、父親にめちゃくちゃ怒られた」
僕は腕を広げ、自分の格好を斎藤さんに見せた。
「写真なんてスルーすればよかったのに」
「本当、そうだよね」
僕はそう言って、あはは、と笑った。斎藤さんは苦笑した。
「――はい。バインダー」
斎藤さんは机からバインダーを取り出すと僕に差し出した。
「まだ返してもらわなくていいよ。しばらく貸してあげる。――使うでしょ?」
「ううん。もう大丈夫かな」
斎藤さんはそう言ってにっこり微笑むと、僕の首にバインダーをかけた。
――学校指定ジャージに首からバインダーって、部活の三軍で万年補欠、記録係かなんかやってそう。
凛ちゃんが僕に耳打ちした。
「(凛ちゃん、偏見が過ぎるよ?それに僕、帰宅部だから部活の三軍は学校ヒエラルキー的にはむしろランクアップ)」
――そうなの?
ところで、斎藤さんは僕のそんな姿を見ても吹き出すどころか、いつになく真剣な表情をしていた。
「どうかした?」
僕は戸惑った。斎藤さんの表情は「真剣」を通り越して、もはや「深刻」というべきだったからだ。
「ねえ、私のこと、優愛からなにか聞いてる?」
「別に?匂わされてはいるけど」
「そっか。なんのことか、知りたい?」
斎藤さんにそう訊ねられ、僕はちらっと凛ちゃんを見た。凛ちゃんは首を縦に振った。僕は肩をすくめると「うん」と小さく頷き、斎藤さんを促した。
「――あのね。私、優愛の弟くんにキスしちゃったの」
「おお……?」
予想していなかった角度の話だった。凛ちゃんもぽかんとした表情で斎藤さんを見ている。
「まだ男の子と付き合ったことが無いって、昨日、言ってなかった?」
「うん……――だから、問題なの。付き合うどころか告白もしてないのに、急に我慢できなくなってキスしちゃった」
「おお、意外と大胆。でも、なんで、それで椎木さんが怒らなきゃいけないの?
「弟くん、ずっと私のことで悩んでたみたい。それで優愛にも私のこと相談してたんだ。優愛は私が弟くんにアプローチするのがすごく嫌だったみたいで、優愛から邪魔もされたんだけど、そんななかで私が強引にキスなんてしちゃったから……」
「それで、怒っちゃたんだ」
「うん。――最低だよね?優愛の弟くん、まだ中二だよ?誰だって戸惑うし、お姉ちゃんの優愛があんなに怒るの当然だよね」
(めちゃくちゃ可愛い女子高生から突然キスされる妄想なんて中学生の時散々したけどな)
僕は心の中でそう思っていたが、顔には出さないよう気をつけた。
「――だから、全部、私の自業自得。巻き込んじゃって、本当にごめんね」
「ぜんぜん気にしてないよ。困難を乗り越えて、二人結ばれるといいね」
僕の励ましにに斎藤さんは力なく笑った。
「それもなんだか分からなくなってきたんだ。私、本当に好きだったのかな?――優愛の弟くんに恋したのは、年下だからで、ただ自分に自信がなかっただけだからかも」
「きっかけはなんだっていいじゃん。そのあと、ふたり幸せになれるんだったら、それで良くない?」
斎藤さんは、目を大きくしてじっと僕を見つめた。可愛い女の子に至近距離で見つめられ、居心地の悪くなった僕は、「じゃあ」と言い残し、そそくさとその場をあとにした。そして席に戻り、手持ち無沙汰だったので、見るともなしにバインダーを眺めた。ふと、挟んでいたプリントのすみに、小さな字で『メッセージとかしてもいい?』という書き込みがあることに気がついた。その端正な字は間違いなく斎藤さんだった。
――お、やったじゃん。
凛ちゃんが僕がの机の上に座り、その書き込みをしげしげと眺める。
「(でもクラスのトークルーム追放された身だから美月さんのアカウント分かんないんだよね)」
――今、聞きにいけ。
凛ちゃんが顎で斎藤さんを指し示す。
ちょうどその時、女の子グループがにぎやかに教室に入って来た。口々に斎藤さんに挨拶をする。
「また今度にする……」
僕はすっかり怖じ気付いていた。
――根性なし。さすがインキャ。
凛ちゃんは脚をぷらぷら揺らしながら、そんな僕を笑った。
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