私の形

海湖水

私の形

 「私ってさぁ~、人生の主役にはなれないと思うんだよね」

 「ど、どうしたの、急に」


 目の前の凜歌りかを見て、私はため息をついた。女の私ですら見とれてしまうほどの美貌に、透き通るような声。私もこんな風になれたら、そんな憧れや、嫉妬や、親しみのこもったため息だった。


 「だってさ、凜歌はかわいいじゃん」

 「え⁉そ、そんなことないよ……」


 私がそういうと、凜歌は頬を染めて、私から視線を逸らした。凜歌はこんなに可愛いのに、性格が内気すぎてクラスでは友達ができない。だから、昔から一緒に居る私は、高校に入ってからも、いつも凜歌と過ごしていた。


 「いやいや、凜歌はかわいいよ。だって…………凜歌って何回この高校に入ってきてから告白された?」

 「え?えっとね……覚えてないの……。たくさんの人が付き合ってくださいって言ってくれたけど……」

 

 ああ、なんか殴りたくなってきた。けど、この子は全部断っていることを私は知っている。なぜ?って前に私が聞いた時、凜歌はこう答えていた。


 「だって、男の人、怖いし……」


 凜歌はモテたいとか、そういう気持ちはないのだろう。むしろ、男の人とは距離を取りたいくらいなのだろう。いや、別に今の凜歌は、性別関係なく距離をとっているが。

 私は凜歌から視線を外すと、窓に映った自分の顔を見た。鋭く、まるで何時も睨んでいるような目が、こちらを覗いていた。運動中に怪我したことで貼った絆創膏が、私の心に劣等感を刻み付けてくる。可愛らしさの欠片もない、私がそこにいた。


 「……ゆなちゃんは告白とかないの?」

 「ん?」

 「ゆなちゃんは、かっこいいから……いろんな人が好きになってるんじゃないかな、って思って……」

 「いや、ないって。私の『アレ』見ててわからないの?」

 「でも、かっこよかったよ、ゆなちゃん。球技大会ですごい頑張ってた」


 凜歌が口にした「アレ」、私のコンプレックスの一つである、運動神経。別に運動ができないってわけじゃない。むしろ、できすぎる。

 50メートルを走れば県内で最高記録。ソフトボール投げは学校で一番飛ぶし、バドミントンは、ラケットを振ると同時に、シャトルが高速で相手コートに叩きつけられる。

 正直、男勝りとかそのレベルじゃない。学校の男子からはよくそんなところを馬鹿にされたりする。まあ、喧嘩したら勝てる相手じゃないって相手もわかっているのか、ちょっと舌打ちをしたらどこかに行くが。

 それらの影響で、私はどこか学校で浮いていた。

 愛想が悪いだけでなく、凜歌と違って顔が大して良いわけでもない。無事、モテとは無縁の、ボッチが完成したわけだ。


 「球技大会で頑張ってたって、本気出したらダメな気がしたからさ。靴底におもり仕込んだら思ってたよりも動けなくって。だから、頑張ってなんて無いよ」

 「……でも、私にはゆなちゃんはかっこよく見えるよ」

 「……なんか変な空気になってきたな……。はい、この話は終わり!!というか……」


 私は教室のドアの前に立っている一人の男子に目を移した。まあ、大体なんの用件かはわかるが。


 「あんたら、なに凜歌見てるのさ。何かあんの?」

 

 ちょっときつめな言葉で、威嚇するかのように男子に言葉を放った。凜歌は男子を見つけてからは下を見続け、男子は一度ビクついた。だが、男子はこちらに向き直ると、私たちに声をかけてきた。


 「すみません、凜歌さんに用事があるのですが……」

 「……凜歌、返事くらいしてあげて」


 私がそういうと、凜歌は座っていた席から立ち上がった。それを見た私も、そのまま立ち上がる。そして、その男子と共に体育館裏へと向かった。


 「はあ、ここ、この一か月で何回来たんだろ……」


 体育館裏に凜歌と来るのは、一か月の恒例行事みたいなものだ。大体、男子が凜歌を呼んで、凜歌は怖いというから私を連れていく。で、大体、男子が振られる。だが、それを学習しないのか、いや、逆に凜歌が告白をすべて断るから、告白する人は毎月現れる。

 

 「あ、やっと来た~」

 「だれ?あんた」

 「あ、僕?僕は1年4組の村上むらかみ幸樹こうきって言って……」

 「おい、お前の紹介じゃないんだからさ……」

 「あ、ごめんごめん」


 ヘラヘラと笑う人の好さそうな顔。整っているパーツからは、何かの童話の王子を連想させる。こいつがいる理由はなんだ?私の頭の中で疑問が渦巻いていると、「いつもの」が始まった。


 「凜歌さん!!俺はずっと前からあなたのことが好きでした!!どうか、付き合ってください!!」

 「…………すみません」

 「「あ、撃沈した」」


 私と村上の声が被る。その言葉を聞いた瞬間に告白した男子は泣きながら走り去り、凜歌はその場でオロオロし始めた。


 「ありゃりゃ。振られたら慰めるって約束だったのに」

 「てっきりあんたも告白するのかと思ったよ」

 「僕には好きな人が別にいるからね。まあ、告白はしないかな~」


 私はつい、村上の顔を見た。昔を懐かしむような、嬉しそうな顔。それほどその人のことが好きなのだろうか。私は興味本位で、村上に話しかけていた。


 「好きな人って、どんな人よ?男って凜歌みたいな子が好きなのかと思ってたけど」

 「僕には初恋の人がいるからね。やっと同じ高校になれたんだから、頑張らないと」

 「初恋の人⁉よくそんなに思い続けられるね⁉」


 私の言葉に彼は微笑みで返した。ああ、本当にかっこいいな、私なんかとは違う、彼らは主役だ。そんなことを思わされる。


 「僕、バドミントンが得意だったんだよ。負けなしでさ。で、ある日、小さな大会に行ったら女の子にボコボコにされてさ~。一点も取れなかった。相手の動きにどうやってもついていけなかったんだ」

 「へえ~。強いんだね、その子」

 「そう、僕が足元に及ばないくらい。でも、彼女は僕に最後に感謝の言葉をくれたんだ。そんな姿に『かっこいい』って思って……。で、高校で再開したんだ。向こうは覚えてくれていなかったみたいだけどね……」

 「まあ、会えたんだったら頑張りな。その子にいつか振り向いてもらわないとじゃん」

 「うん、そうだね」

 「……ゆなちゃん、何の話してるの?」


 やっとオロオロするのが終わったか。私は村上にさようなら、と声をかけると凜歌と共に教室に戻った。


 「で、何の話してたの……?」

 「え、なんかね、あの男子に好きな人がいるんだと。昔、バドミントンの大会でボコボコにされたらしくて、それから好きになったんだって。で、高校で再開したらしいんだ」

 「……ライバルかな」

 「え?」

 「いや、何でもないよ!!」


 そんな話をしていると、チャイムが鳴った。昼休みは終わり、午後の授業が始まる。

 私は国語の教科書を見た。私もいつか、たくさんの物語のヒロインのようにになれる日が来るのだろうか。


 「じゃあ、56ページ開いて。今日から評論文します」

 「……ま、来るわけないか」

 

 私はゆっくりと教科書のページをめくった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私の形 海湖水 @1161222

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る