第31話 茶番劇の準備 警察からの依頼

 たかやま西せいなんに書斎へと通されたはままつ駿河するがは、再び『魚座の涙』と対面した。


「こちらの絵なのですが、たしかよしむねコレクションで、義統えつの作でしたよね」

「はい、画商からはそう伺っていますが」


 駿河が話を進めていく。

「僕の高校時代の同級生に、義統しのぶという人がいまして。とにかく模写が得意だったんです。で、おそらく義統悦子はその義統忍の母親ではないか、と」


「義統コレクションの継承者ですよね。で、その忍さんという方はどんな女性だったんですか」

「いえ、彼は男性です。忍という名前で女性と判断したと思うのですが」

「あれ、女性ではなかったのですか」

「すみません、言葉足らずで。その義統忍に、この絵の模写を頼みたいのですが、よろしいでしょうか」


「本来ならその方の所有物であったものですよね。もしその方が所有権を主張してきたら、私はどうすればよいのでしょうか。画商からただで譲られた商品でもないのですが」


「義統は模写をするのが好きだったんですよ。たとえ自分のものになるはずだったコレクションの一枚だったとしても、模写をするぶんには無関係だと思います」

 高山西南は考え始めたようだ。

 やはり盗品である以上、絵を取り上げられる可能性を考慮しているのだろう。


 浜松としても、これが盗品である以上、本来の所有者に返すべきだとは思う。しかし、それではこの絵が義統忍とやらに渡り、警備対象が変わってしまいかねない。


「所有権の帰属については、この事件が終わってから考えましょう。もし盗まれてしまったら、事前に帰属を決めていたとしても無意味ですからな」

「まあそれもそうですよね。まずはその義統忍さんという方とお会いしたいのですが、アポイントはとっていただけますか」


「ありがとうございます。卒業アルバムを持ってきましたので、こちらに電話をかけてみます。引っ越しをされているとさらに手間がかかりますが」


 駿河はバッグから卒業アルバムを取り出して、そこに書かれている電話番号をスマートフォンに打ち込んでいく。

「少しお静かに願います」

 どうやら呼び出し音が鳴っているらしい。そのまま少し待った。


「あ、そちら義統様のお宅でしょうか。はい、そうですか。もしかしてですが、義統忍さんでしょうか。あ、やはりそうでしたか。義統、僕だよ僕。高校時代に同級生だった駿河とものりだよ。ああ、久しぶりだな」


 浜松は駿河に模写のことを切り出せと指示した。

「あ、それでだな。今日は仕事を頼みたくて電話したんだ。同窓会のときは体育教師になったって聞いていたけど、今もそうなのか。頼みたいのは絵の模写なんだけど。えっ、犯罪の片棒を担がせる気かって。いやいや、僕は警視庁の刑事になったんだよ。第三課で窃盗事件を担当しているんだ」

「駿河、ちょっと替われ」

 浜松刑事は手を伸ばしてスマートフォンに近づける。


「義統、ちょっと電話を上司に替わるぞ」

 駿河からスマートフォンを受け取った浜松は、単刀直入に切り出した。


「義統さん、私は駿河の上司で浜松と言います。実は義統コレクションの一枚を模写してもらいたいんだが」

〔父のコレクションの一枚ですか。どの作品でしょうか〕

「『魚座の涙』ですな。実物をご覧になったことはおありですか」

〔いえ、一度もありません。どのような作品なのでしょうか〕

「それは模写に応じてもらったときに、現在の所有者の許可を得てお見せすることになりますな」


 義統忍の声が途絶えた。なにやら考えているのだろう。


〔私は今、高校で体育教師をしておりまして。休めるのは土日だけなんですが〕

「それでもかまいません。駿河から義統くんは模写の天才だと聞いております。そのお力をお貸し願いたいのですが」

〔いつまでに仕上げればよろしいのですか。仕事に差し障ると評価にもつながるのですが〕


「できれば早いに越したことはありません。この『魚座の涙』が何者かから狙われていて、義統くんの模写を代わりに奪わせようと思うんだが。どうかね、引き受けてくれないか。もちろんただでは盗ませない。発信機と集音マイクを取り付けたキャンバスに描いてもらいたいんだが」

〔そんな特殊なキャンバスがあるんですか。少なくともうちにはそんなものはありませんが〕


「キャンバスはこちらで用意します。義統くんはただそこに模写をしてくれるだけでいいのだが。多少質が悪くても、明かりを暗くすればごまかせるでしょう」

 また義統忍の声が途絶えた。どうやら熟考型らしい。


〔わかりました。それでは今からキャンバスと『魚座の涙』を持ってうちに来てください。実物がないと完璧な模写は描けませんので〕

「住所はどちらですかな」

〔固定電話に連絡が入ったということは、おそらく卒業アルバムを見ているのですよね。でしたらそこに書かれている住所に来てください。私も授業が終わり次第帰宅しますので〕


「えっ、ということは今出先なのですか」

〔はい、授業の合間で次の準備をしているところですが〕

「何時頃ご帰宅で」

〔そうですね。クラブは受け持っていませんし、今日の授業は十四時には上がります。自動車で帰っても十五時過ぎには帰れると思います〕

「わかりました。少々待ってください」

 そう言うと、浜松は高山西南に尋ねた。


「最速だと本日の十五時に頼めるかもしれません。高山さんのよろしい時間はありますか」

「それではその時間にお願い致します」

「わかりました」

 浜松はスマートフォンを構えた。


「依頼人も十五時でよいとおっしゃっています。頼めますかな」

〔わかりました。それでは十五時に自宅でお会いしましょう。これから授業がありますので、話が終わったのでしたら失礼したいのですが〕

「はい、ありがとうございます。駿河に代わりますね」

 浜松はスマートフォンを駿河に返した。駿河が後を継ぐ。


「それじゃあこれから依頼人を連れて義統の自宅に向かうからな。ちなみにどこの高校で体育教師をしているんだ。都立先枚高校。なんだ、意外に自宅から近いんだな。それなら時間に遅れることもないだろう。じゃあこちらはすぐにでもそちらへ向かうよ」


 駿河の話では、模写の腕が落ちていなければ、あっという間に完成するらしい。

 警視庁に寄って、備品から発信機と集音マイクが取り付けられたキャンバスを持ち出せるように、今から玉置課長へ連絡を入れておくか。と浜松は思った。

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