第119話

  【三人称・出部金でぶかねの視点】



 C市ダンジョン都市、地下第7階層、出部金でぶかね組モニタールーム。


「ま、まさか……」

「む……。どうした? いったいどうしたというんだっ!」

 赤阪の異変に気づいて、出部金でぶかねが叫ぶ。


「ワーウルフの存在反応が消えた……」

「ワーウルフまでだとっ!」

 愕然とする赤阪の顔を見た出部金でぶかねの表情がひきつる。



出部金でぶかねさん、どうしたのかね? ワーウルフが失われたように聞こえたが……」

 WEB会議モニターに映っている金主の一人、出部金でぶかね組の上位組織のヤクザの組長が言った。


「そ、それが……」

 出部金でぶかねの声が震え、口元が痙攣けいれんする。


「ワーウルフはたしか、『石拾い人夫』、数千人分の魔石採掘能力があると言ってたね。まさか、それが失われたとでも言うんじゃないだろね?」


「いや……、その……、えっと、つまり……」

 出部金でぶかねがしどろもどろになる。


「C市ダンジョン開発プロジェクトでは、出資者たちへの資金運用の透明性が求められるんだよ、わかっているかい?」


「はい。まったくもって、そのとおりでございまして」


「従魔を召喚できる古代アーティファクト発掘には相当な資金がかかったはずだ。まさか、他にも失われた従魔がいるとかじゃないだろね? そのあたり、どうなっているのかね、出部金でぶかねさん」


「は、はいっ。資金運用については、まったくその通りでございまして、透明性が求められまして……、その……」


「他に失われた従魔がいるんだね? どれが何体失われた?」


「そ、それが……」


「それが、どうしたんだい? はっきりしてもらわないと困るよ」


「他には……、スケルトン・ウォーリアが8体」


「ほう……。それは……」


「も……、申し訳ございません。すみやかに対策させていただきます。どうかもう一度だけチャンスを……」


「でも、出部金でぶかねさんの代わりはいくらでもいるからね」


「ど、どうか、お情けを――っ!」


「残念だがね出部金でぶかねさん。わたしは、出部金でぶかねさんに、このプロジェクトを続けさせるか、採決を求めるよ」


「ひえええっ」

 出部金でぶかねが悲鳴をあげる。



 WEB会議のモニターのスピーカーから、AIの声が鳴った

出部金岩男でぶかねいわお氏の生存処遇について、議決が提起されました》


 本来、出部金でぶかねの信用度・資金調達能力では、C市ダンジョン開発プロジェクトに必要な資金を十分に集めることはできなかった。


 足りない信用度を埋め合わせするために、出部金でぶかねが出した担保カタは、自分の命だった。

 出部金でぶかねの誓約は、会議に出席した出資者のうち出資比率で過半数が出部金でぶかねの生存を否定した場合、いさぎよく死ぬというものだった。


 出部金でぶかねの左腕には『誓約の腕輪』といわれるダンジョンでドロップしたアイテムがはめられている。これをはめて誓約すると、絶対に約束をたがえることはできなくなる。



《投票が開始されました。出資者さまは、肯定か否定かの投票を行ってください》

 AIの機械的で無機質な声がつづく。


《A組長 出資率22パーセント 否定》

《B氏 出資率18パーセント 否定》


「いやあああっ。やめてーっ」

 出部金でぶかねが恐怖の声をあげる。


《C氏 出資率17パーセント 肯定》

《D氏 出資率16パーセント 肯定》

《E氏 出資率9パーセント 否定》

《F氏 出資率8パーセント 肯定》

《G氏 出資率6パーセント 肯定》

《H氏 出資率4パーセント 肯定》


《西ノ宮総一朗総帥そうすい 今回、欠席。そのため彼の投資額は出資率に含まれません》


《否定48パーセント、肯定52パーセント。出部金岩男でぶかねいわお氏の生存は肯定されました》



「ひいいっ。はぁ……はぁ……、たっ助かった……。」

 出部金でぶかねが震えながら地面にへたりこんだ。全身から冷や汗が吹きだす。股間からは失禁の液体がもれて地面に広がっていた。


 出部金でぶかねは、監視モニターのほうに目をうつした。

 監視モニターを映し出す分割画面のかなりの部分がブラックアウトしていた。ブラックアウトする分割画面は、出部金でぶかねが見つめる間も、どんどん増えていく。


「ええいっ、何がおきてるんだっ! 入口から地下第6階層までのカメラの大半が映ってねぇじゃねぇか。オペレーター!」

 股間を濡らしながら、出部金でぶかねが偉そうに大声をあげる。


「そ、それがわかりません」


「この役立たずが。ふざけんな、クソったれめ! わかんねぇじゃ、済まねえんだよ。小指エンコつめさすぞ! ボケナス野郎!」



 出部金でぶかねが叫んだとき、モニター室に一人の魔物が入ってきた。タキシードにマント姿。人形ひとがたの魔物だ。

 赤阪の従魔の一人、『デジタル・ソウル』である。デジタルソウルは、魔石採掘現場から戻ってきたところだった。


「本日の採掘ノルマを達成し、ただいま戻ってまいりました。我が尊きあるじよ」

 デジタル・ソウルは、赤阪の前に進みでると、うやうやしく礼をした。


「いいところにきた。デジタル・ソウル」


「恐れながら、何かご用向きでございましょうか? 尊きあるじ


「何者かにワーウルフが倒された」


「それはそれは、まことに遺憾でございます。ですが、あの者の戦闘力は、非常に低かったと存じております」


「そのとおりだ、デジタル・ソウル。ワーウルフより、おまえのほうがはるかに強い。命令だ。このダンジョンに侵入している何者かを、すみやかに始末しろ」

 デジタル・ソウルは、現在、赤阪が従える最強の従魔だった。


「かしこまりました。ただちに遂行させていただきます」

 デジタル・ソウルは、背筋をぴんと伸ばし、深々と頭を垂れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る