第117話


『……あるじさま』

 碧佳あおかが俺の脳内に声をかけてきた。


『どうした?』


『C市ダンジョン内や周辺には、大宮司電機製の監視モニターが大量に設置されている。あるじさまの動きを記録される可能性がある』


『じゃあ、適当に生成AIでフェイク動画をいれといてくれ』


『それは悪手……』


『どうしてだ?』


『C市ダンジョン内で主さまが暴れれば、誰が起こしたのかはわからなくても、騒動があったことはバレる。そこに、フェイク画像とは言え、あるじさまの姿が映ってたり、もしくは侵入者がまったく映ってなければ、疑われる』


『それは、難しいな……』


『ピピちゃんの雷撃系魔法には、強力な電磁パルス(EMP)を発生させるものがある。それで、監視カメラやマイクの電子機器を物理的に破壊するのがいい』


『なるほど、……。ピピ、やれるか?』


『もちろんピピーッ! ピピちゃん大活躍、ピピッ!』

 パッ、とピピの体が白く光った。



  ☆☆☆



 【三人称・出部金岩男でぶかねいわおの視点】


 ジャイアント・リザードと『石拾い人夫』の戦いを見ているときに、出部金でぶかねのスマホのタイマーが、鳴った。

「くう……」

 金主とのWEB会議の時間だった。「第7階層の司令室に戻らねばならん……。赤阪、ここはワシの組の若い衆にまかせて、おまえも一緒にくるんだ。おまえが金主に魔石採掘の遅れの申開きをするんだぞ。わかったな!」



  ☆☆☆



 C市ダンジョン地下第7~9階層には、三層構造、人口1万5000人ほどのダンジョン都市が建造されていた。急ごしらえで安っぽいプレハブ建築の都市だ。『石拾い人夫』たちの町である。

 第7階層にある出部金でぶかね組の屋敷内に、都市を監視する司令室はある。


 出部金でぶかねが屋敷に入ろうとしたところで、彼の子分の一人が近づいてきた。

「どうした?」

「へえ、それが……、第4エリアでの魔石採掘での『石拾い人夫』の消耗が激しくて」

 出部金でぶかねの言葉に子分が答えた。「親分、奴らは、もう限界ですぜ。週7日休みなし、一日16時間労働じゃあ、長くはもちませんぜ」


「薬はどうした? あれを打つと、眠気がさめて疲労がポンッと抜けるだろがっ」


「薬を使用しても、やっとこれだけの成果が限界で……」


「では、もっと薬の量を増やせ」


「薬を打ちすぎると、『石拾い人夫』どもが、あっという間に廃人になって使い物にならなくなりやすが……」


「かまわん。ともかくワシは魔石採掘の短期目標を達成せねばならんのだ! 短期目標達成の間だけもてばいい。問答無用でやるのだ!」


「わかりやした」



「たくっ。どいつもこいつも役立たずばかりだわいっ!」

 現場にもどっていく子分の背中を見ながら、出部金でぶかねが、苛立いらだちをかくさず言った。



  ☆☆☆



 出部金でぶかねと赤阪が部屋にはいると、そこは薄暗かった。部屋には100インチほどのモニターが5枚ならんでいて、ダンジョン内都市に数百カ所も据えつけられた監視カメラの映像が一度に映し出されている。


「WEB会議システムを立ち上げろ」

 部屋にいたオペレーターの一人に出部金でぶかねが命じる。100インチモニターの一つが、WEB会議用に割り当てられ、しばらくすると、9分割したモニターに、金主きんしゅたちの顔が次々と映っていく。

 ただし、一つの分割画面だけは真っ暗だった。本来そこに顔が映るはずの人物の名前である、『西ノ宮総一朗』という文字だけが表示されていた。


 西ノ宮総一朗は、C市ダンジョン開発プロジェクトの最大出資者である。本来、この会議に加わるにふさわしかったが、最近は「赤阪に全部まかせている」と言って出席していなかった。


 モニターに映った金主たちの顔つきは、どれも厳しい。


出部金でぶかねさん、報告書は見せてもらったよ。ここ2数週間ほど、魔石の収益が大幅に落ちているようじゃないか。どうなっているんだい?」

 金主の一人、出部金でぶかね組の上位組織のヤクザの組長が言った。


「お……、おいっ、赤阪、金主様がたに説明しろ!」

 出部金でぶかねが、赤阪を振り返った。


「確かに、ここ数週間で魔石の収益が減少しています。しかし、その原因は単に市場の一時的な変動に過ぎません。現時点では、魔石の供給が過剰となり、少しの間だけ価格が下がっているだけです」

 赤阪が苦しい言い訳をする。


 金主の矛先は出部金でぶかねに向く。彼らが直接金を貸しているのは出部金でぶかねだからだ。

出部金でぶかねさん、わたしたちは、C市ダンジョン開発に相当な額を出資してるんですよ。わたしたちの期待を裏切らないでほしいね」

「そ……、それはもう、重々に承知しております」

 金主の言葉に、出部金でぶかねがひきつった笑顔で、媚びるように言う。




 そのとき、オペレーターの一人が出部金でぶかねに言った。

「組長、出入り口の見張り番たちの定期連絡がありません」


「なんだと!? 監視カメラには何が映ってる?」


「それが、何も映っていません」


「なんだとぉ……!?」


 出部金でぶかねが、100インチモニターの一枚、C市ダンジョンの入口や、そこから少し入った地下第1階層ダンジョンが映っているはずの監視カメラの映像を見た。


 全部がブラックアウトしていた。


「どうなってるんだ?」

 出部金でぶかねがオペレーターを叱りつけるように言った。


「わ、わかりません……」


出部金でぶかねさん、あんた、ひょっとしてとんでもないミスをしてたりしないかね?」

 金主が言った。

「い……、いえ、そんなことは……。モニターが映らないのはただの機械的な故障です。……たぶん」

 出部金でぶかねが背筋を正して直立する。

出部金でぶかねさん、いいな……。これ以上の失態は許されないですよ。我々もいつまでも黙って見ているわけではない」

「わかっておりますですっ、はいっ!」

 金主の言葉に、出部金でぶかねの顔が青ざめた。


「すぐに、ダンジョン出入り口に若い衆を派遣しろ!」

 出部金でぶかねがオペレーターに叫ぶ。


「念のため、俺の従魔ワーウルフも一緒に派遣したほうがいいだろう……」

 赤阪が考え込むように言った。

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