第115話
【三人称・赤阪一郎の視点】
C市ダンジョン内、地下第9階層。
超古代遺跡。
赤茶けた土の大地の上に、巨大な古墳墓があった。古墳墓の入口の前には、崩れかけた石造りのアーチが無数に交差している。
アーチ前にタブレット端末を手にした一人の男が立っていた。
大宮司商事社員、赤阪一郎である。
「おい、そこ、古墳墓内の最前線まで急げ。立ち止まるな!」
赤阪が『単純労働ダンジョン探索者』たちの列に、厳しい目で命令する。1000人以上もの『単純労働ダンジョン探索者』の列が、ぞろぞろと古墳墓の入口から入っていく。
その赤阪に詰めよる、ハゲでデブの中年男がいた。
「ええいっ。遺跡発掘の進み具合はどうなっているんだっ!?」
中年男は、肉のたるんだ醜悪な顔で怒鳴った。
「予定よりすこし遅れている」
赤阪には、一切動じた様子がない。
「いつまで、貴重な魔石採掘の労働力を、遺跡発掘に貼り付けてるつもりだっ!? もう、2週間近くも魔石の採掘量が50パーセント以上も低下したままなんだぞ!」
中年男は、名を
赤阪は
「仕方あるまい。予想以上に、古墳墓内の魔物が強いうえに、内部が迷宮のようになっていて、さまざまな罠が張り巡らされているからな」
赤阪は、西ノ宮総一朗から、C市ダンジョン開発プロジェクトを任されていた。C市ダンジョン開発プロジェクトは大宮司商事と出部金組の共同プロジェクトである。
「バカモンが! こんな無駄なことをしてないで、はやく『石拾い人夫』たちを、現場に戻すんだ!」
『石拾い人夫』というのは、『単純労働ダンジョン探索者』のことだ。魔物を倒し、ドロップした魔石を拾うことからつけられた蔑称である。
「このプロジェクトは、西ノ宮
「うっ…………」
総一朗の名前をだされた瞬間、
「そ……、総一朗様の意向はわかっている。とにかく、『超古代アーティファクト』とやらの発掘をできるだけ急ぐのだ!」
「もちろん、その方向でやっている。しかし、最前線の現場を見れば、もう少しだけ、時間がかかることがわかる。文句があるなら、見に来るか?」
「ああ、見てやるとも!」
赤阪が古代アーティファクトを使って召喚したトロール・ロードに先導されながら、『石拾い人夫』の列が1000人以上続く。最後尾に、二匹のトロール・ロード、そして、赤阪と出部金、さらに赤阪の従魔であるワーウルフがついていく。
超古代古墳墓の幅20メートルもありそうなアーチ状の回廊内の壁には、無数の古代文字が掘られ、魔物や人間の彫刻がほどこされている。
「「うわああっ!」」
突然、隊列の前方のほうで混乱が起きた。
「弓の罠だあっ!」
両方の壁から数多くの弓が射出される。先頭のトロール・ロードは一般人よりはるかに高いHPと超回復能力で耐える。が、『石拾い人夫』たちはバタバタ倒れていった。
「どうした。進め! 脚を止めるな!」
ともすれば脚を止めようとする『石拾い人夫』たちに赤阪の
さらに、隊列の前進が強行された。やがて弓の罠が弾切れを起こして停止する。地面には倒れた数十人の死体、そして苦痛に
多くの罠で犠牲をだしながら、しばらくして、隊列は、開けた洞窟空間へと至った。いかにも、中ボス部屋としてつくられた開けた場所だ。部屋の奥に巨大な爬虫類の魔物が
「ここが超古代古墳墓の現在の最前線だ」
「むぅ……」
赤阪が感情のない声で、
「さあ、『人夫』たち、戦え!」
赤阪が冷酷に命じる。
「「「うっ……」」」
ジャイアント・リザードの巨体に『石拾い人夫』たちが
「ええいっ、どうした、戦わんかっ! 一秒たりとも無駄にできんのだぞ!」
「やれ、トロール・ロード!」
「UOOOOO!」
赤阪の言葉に、後列にいたトロール・ロード2匹が、それぞれ腰の剣を抜いた。
2本の剣が、『石拾い人夫』たちの最後列に襲いかかる。
「うぎゃあっ!」
「ああーっ!」
「うぐわっ!」
トロール・ロードの攻撃に、次々と『石拾い人夫』たちが命を落としていく。
「さあ、戦え!」
「そうだ。おまえら、魔物と戦えば死ぬ可能性があるかもしれんが、戦わないと確実な死しかないんだぞ! 前進だぁーっ!」
赤阪と
「うう……」
『石拾い人夫』たちが、おずおずと、ジャイアント・リザードを取り囲み、戦い始める。
『石拾い人夫』は、【加護】をもたない人々で、その戦闘力は一般人となんら変わらない。それは、ニンテンドーのゲーム『ピクミン』が危険な原生生物と戦う姿にどこか似ていた。
『石拾い人夫』たちの前に、巨大な魔物――ジャイアント・リザードが立ちはだかる。その圧倒的な巨体は、『石拾い人夫』と比べれば天と地ほどの差がある。
『石拾い人夫』たちは、粗末な武器を手にジャイアント・リザードを攻撃する。ジャイアント・リザードの鋭い目が、『石拾い人夫』たちを捉え、口を大きくひらいて襲いかかった。
「「「うああああっ!」」」
瞬間、5人ほどの『石拾い人夫』が、まとめて巨大トカゲの大きな顎に飲み込まれ、何の抵抗もできずに消えていった。
「「「ひっ……、ひえええっ!」」」
『石拾い人夫』たちの一部が恐慌をおこし、隊列が崩れた。
「「「うわあああっ」」」
10人ほどの『石拾い人夫』が、恐怖に耐えられず、赤阪や
「トロール・ロード、始末しろ!」
「「UOOOOO!」」
赤阪の声に、2体のトロール・ロードが、手にしたロングソードで、逃げだしてきた『石拾い人夫』を、次々と斬り殺していく。たちまち、赤阪らのすぐ前の地面は、10の死体の血で真っ赤に染まった。
その間にも、『石拾い人夫』たちは、ジャイアント・リザードの尻尾に跳ね飛ばされ、踏み潰されていく。
「ええぃ。『石拾い人夫』のちっぽけな攻撃力では、ほとんどダメージが入らんではないかっ! 敵レベルが適正でないんだ。狩りの効率が悪るすぎる!」
「わかっている」
赤阪が後ろに待機していた従魔に命じた。「戦え、ワーウルフ!」
「承知した!」
半獣半人のワーウルフが人語で答え、ジャイアント・リザードに飛びかかった。
「『人夫』たち、ワーウルフにタゲがいかないように、もっと激しく攻撃しろ! 手を休めているものは、容赦なくトロール・ロードに斬り殺させるぞ!」
「「「わあーっ!」」」
『石拾い人夫』たちも必死だ。それぞれを手にした得物を精一杯振るう。
ワーウルフの爪が、ジャイアント・リザードの目を襲った。
「GYAAAAAA!」
ジャイアント・リザードが悲鳴のような咆哮をあげ、激しく後退する。
「「「うわああああっ」」」
ジャイアント・リザードの後方から攻撃していた『石拾い人夫』たちの戦列が、数十人同時になぎ倒された。
「ひるむなっ! もっとマジメに戦わんかっ! 貴様らっ、命を惜しんだら承知せんからな!」
離れた安全な場所から、
なぎ倒された数十人の『石拾い人夫』たち。苦悶の表情でなんとか立ち上がる者、重傷を負って痛みにのたうち回り泣き叫ぶ者、即死してもう2度と動かない者、とさまざまだ。
「『人夫』ども戦え、もっと真剣に戦え! 死んでも戦え! ワシは金主から借りた金を早々に返さねばならんのだ!」
――ジャイアント・リザードとの戦いが続く中、
「はっ……」
突如として、赤阪の顔色が変わった。目が見開かれ声が詰まる。
出部金も、すぐにそれに気づいた。
「どうしたんだ、赤阪?」
出部金が眉をひそめた。「急に黙り込んで」
「…………」
赤阪は、空中に召喚獣の表示ウインドウをひらき、凝視した。何度も何度も画面を確認し、スケルトン・ウォーリアの表示を探すが、その名前は表示項目から消えていた。
赤阪の表情に焦りが浮かんだ。
「どうした、赤阪? 何をそんなにぼんやりしている?」
出部金が苛立たしげに問いつめる。
赤阪は唇をかみしめ、言葉を選びながら答えた。
「……従魔スケルトン・ウォーリアの存在反応が突然なくなった」
召喚獣を召喚した主は、召喚獣が離れたところにいても、その存在を感じることができるようになる。その感覚が、急にとぎれていた。
「反応しない? どういうことだ?」
出部金の声はますます険しくなった。「そんなことがあるわけないだろう! お前、何か大失態を犯したんじゃないだろうな!」
「いや、ありえない」
赤阪は額に浮かんだ汗を拭いながら続けた。「スケルトン・ウォーリアは、1体でS
「じゃあ、どうして今反応がないんだ? 説明してみろ、赤阪!」
出部金が怒鳴る。
「…………」
「8体のうち、いったい何体の反応がなくなったんだ?」
「8体ぜんぶ……」
「ば、馬鹿な……。スケルトン・ウォーリアが8体だとぉ……っ! 奴らは、1体で『石拾い人夫』800人分からの魔石採掘能力があるんだぞ! それを魔石採掘現場から引き剥がして何をするかと思えば……、全部失ったというのかっ! おまえがあの魔物を召喚する古代アーティファクトを発掘するのに、ワシがどれだけの金と『石拾い人夫』を使ったと思っているんだっ!」
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