第114話



「ぐへへへ……、なかなかいい女じゃねえかよ」

パンク男が、若い女性事務員の髪を掴み、床に顔を押し付けている。


「ちっ。こんなところでかよ、しかし、毎度、おまえも好きだなあ……」

 全身黒皮の男が呆れたように言う。「面倒くせえ……、早く、皆殺しにしちまおうぜ」


「どうせ、証拠なんてのこらねえんだ。だったら、楽しめるものは楽しまないとよ」


「やめなさい。こんなことして、どうなるかわかってるの」

 中年女性の事務員がパンクを止めようと強く言う。

「うるせー! ババアに用はねえ!」

 パンク男が中年女性をなぐりつけた。


「ああ……っ!」

 中年女性が、殴られた顔面をおさえながら床に倒れこむ。


「ぎゃはははっ。無様だな、ババア」

 パンク男が、若い事務員の頬をペロリとなめた。

「や……、やめてください、わたしには夫が……」

「夫がいるのかよ。毎晩のように、この体を楽しみまくってる奴がいるってことか。お前が死んだら、そいつが、どんな顔をするのか見てみたいな」

「やっ……」

「いいか、よく聞け。俺様は、これまで西ノ宮総一朗さんの手先として、一般人ふくめ何十人もの人間を暗殺してきてるんだよ。もう、人殺しの感覚が麻痺してんだ。 イヒヒヒ……。殺人になんの躊躇もおきねえ。どうだ、今すぐ殺してやろうか?」

「いや……、やめて……」


 まったく……、絵に書いたような雑魚っぽい悪役ぶりだ。



 俺は、床を蹴ると、いっきに間合いを詰めた。

 向こうをむいていたパンク男の髪の毛を鷲掴みにし、後ろへとなげとばす。

「うぎゃーっ」

 10メートルも後方に飛んで、パンク男が悲鳴をあげた。


「な、なんだ、おまえは!?」

 と黒皮。


「おまえごときに、名乗る名前なんてねえ!」

 俺は言って、いきなり蹴飛ばした。


 俺の動きが速すぎて、黒皮は反応できない。

「ぐはっ」

 前蹴りがもろに黒皮の腹に入る。激しい痛みに、腹をかかえて地面の上で苦悶のうめきをあげる。


「みんな、今のうちに逃げるんだ!」

 俺が事務員たちをうながした。


「「ありがとうございます!」」

 顔を殴られた中年女性を介抱するようにして、事務員たちはみんな通用口から出ていった。



「こ、この野郎……、絶対に許さねえ」

 パンク男がたちあがり、装備していたグレートソードを抜き放った。


「ちくしょう……、てめえのせいで全てがだいなしだ。目撃者を逃がしたとあっちゃ、俺達が、西ノ宮総一朗さんに手ひどいを入れられちまう」

 黒皮も、腹の痛みがおさまってきたのか、立ち上がってロングソードを抜き放った。


「殺意満々だな。ははは……、笑っちまうぜ」

 俺が呟く。


「うるせえ、てめえはぶっ殺す!」

「死にやがれ!」

 パンクと黒皮が同時に襲いかかってきた。


 剣で切りつけてくる。


 さて、俺は何をしたでしょう?


 ……実は、なにもしなかった。ただ、その場に、つっ立ってるだけ。剣の斬撃を避けることさえしなかった。


 ガキッ! ガキッ!……

 ガシッ! ガシッ!……


「ちくしょう! どうなってやがる???」

「特殊な防具を身に着けてるわけでなし。なんで、一切、刃を通さねえんだ???」


 一度試して見たかったんだよな。このスーツ(?)の防御力を。


 今の俺の外見は、黒いライダースーツを着ているだけの20歳前後の女の姿だ。しかし、その実態は、スライム系に特効のあるイレブンナイン・ミスリルついでもカスダメしか入らないショゴス・ロードの肉体で体の表面が覆われた状態なのだ。


 ガシッ! ガシッ! ガシッ!


 パンクと黒皮が叫ぶ。

「くそっ! このバケモンがあーっ!」

「てめえ、人間に化けた魔物だなっ!」


 2人は半狂乱になって、何度も斬りつけてくる。が、 ダメージが全然入らない。

 カスダメさえ入らない。


「まあ、試したかったことはわかったので、そろそろ終わりにするか」

 俺が動いた。

 右手と左手で、男たちの剣の刃をそれぞれ鷲掴みにした。


「ざけんな、離しやがれ」

「くそったれ、びくともしねえ!」


 ぐぐぐっ。両手に力をこめる。


 パリンッ!


 俺の両手の中で二本の剣が、同時に折れた。


「ひえっ!」

「なんてこった……。この剣は市場価格12億円はくだらねえんだぞ!」


「そんなのはどうでもいい。もう、おまえらの相手も飽きたから、そろそろ終わりにしよう」



 男たちの顔が恐怖でひきつる。

「て、てめえ……、こ、ここはダンジョン内じゃないんだぞ」



「おまえらなあ……、人にさんざんPK《プレイヤー・キル》しかけといて、そのセリフはないだろ」

 あきれた野郎だ。今まで、自分達がやってたことを、すっかり忘れているらしい。「俺はなあ、……昔からPKには厳しくってなあ。俺にPKを仕掛けてきたやつは、ことごとく返り討ちにあった。今まで、一人も逃げ延びた奴はいないよ」


「ひえっ、地上で人殺しをする気か?」

「さっき言ってたじゃないか。どうせ証拠なんて残らないってな。おまえの言う通りだ」


「ひいっ……、や、やめろ。助けてくれ」

 黒皮が命乞いをしはじめる。


「うるさい。言いたいことがあるなら、あの世にいってからいくらでもほざけ!」

 言って、俺が動いた。


 奴らには何が起こったのかわからなかったに違いない。

 グシャッ。2つの頭部が潰れる音。

 ただ、それだけだった。


 2発のパンチを繰り出したのだが、一般人には、ほとんど一つの音にしか聞こえなかったかもしれない。

 

 

 一瞬で、死体になった2人を見下ろしながら、俺が脳内で叫ぶ。

『翔子2、武具もろとも2人の死体を喰らえ!』


『わかりましたですぅ!』


 翔子2が俺の体から離れ、黒いタール状のどろどろのアメーバのようになる。これが翔子2の本来のショゴス・ロードとしての姿だ。


 翔子2《ショゴス・ロード》が、装備もろとも二つの死体を包んだ。


 ジュウッ……。

 翔子2の体の中で、たちまち二人の体が溶けて、跡形も残らなくなった。


『よし、いいぞ翔子2。そのまま隠れているんだ』


『はい、隠れてるですぅ!』


 黒いタール状のドロドロした液体は、這うように建物の壁へと張りつく。そして隙間に染み込むように入っていって消えた。




『……あるじさま』

 不意に、碧佳あおかの声が脳内に響く。翔子の魔法バフ『遠隔通信』の効果だ。


『どうした?』


『赤阪一郎が大宮司商事社員のIDで、『バベル』のデータサーバーのあるじさまの情報にアクセスしようとしてる』


『ほう……』


『今は、アクセス拒否してるけど、赤阪の管理者権限はレベル8ある。非常に高い。彼以上の権限を持つものはほんのわずかしかいない。拒否ディナイしすぎると疑われる』


 ダン校の中は、監視カメラとマイクだらけだ。それらで撮影されたデータは、すべてB市ダンジョンの地下5階にある電脳演算都市要塞『バベル』にある超巨大サーバー群に蓄えられつづけている。映像は、 最新の最新AIによる認識技術などによって、誰がなにをしているところかが分析されデータとして残される仕組みだ。


『映像には、翔子1ちゃんや翔子2ちゃんが姿を変形させているところが映ってるものもある。分析されると翔子ちゃんの存在が、大宮司商事側にバレてしまうかもしれない』


 翔子1、2には、できるだけカメラに映らないように注意させてたつもりだが、さすがにカメラだらけだから、完全に避けるのは無理か……。


『じゃあ、映像を消しといてくれ』


『でも、演習用ダンジョンの中のカメラにもエレベーターに入るところが映っている』


『それも消してくれ』


『……あまり映像データがなさすぎると、それはそれで疑われる』


『面倒だな……。どうしようか……?』


『生成AIで映像を作り出すことも可能』


『そんなのできるのか。でもフェイクだと見破られないか?』


『『バベル』の超々スパコンでつくられた映像をフェイクだと見破るのは、『バベル』の超々スパコンで分析しないかぎり不可能』


『だったら大丈夫か。じゃあ、ダン校での演習ダンジョンの中の戦いもふくめて、適当に映像を生成しておいてくれ』


『……了解。あるじさまの最高にかっこいい超絶技巧ぶりの戦闘シーンを完璧に再現しておく』


『やめろ』


『…………』


『ダン校の生徒の平均よりちょっと下くらいの技量くらいで設定しておいてくれ』


『……むっ』


『どうした?』


『…………』


『?』


『なんでもない。了解した』


 普段、感情を表さない碧佳あおかがなんか不満そう。本当に、どうしたんだ?



『……しかし、赤阪の権限レベル8ってそんなに高いのか?』


『超々スパコン『バベル』の管理者権限レベルは10段階。権限レベルが高いほうが優先的に命令できたり、機密レベルの高いデータベースにアクセスできる。最高の権限レベル10は西ノ宮総一朗ただ1人。レベル9は、大宮司グループ本社の一部の重役級のみ。アルバイトは、経験などに応じて、だいたいレベル1から3。……だった』


『だった、って?』


『わたしがシステムを書き換えて、いまは秘密裏に12段階になってる。権限レベル11は、碧佳あおかだけ』


『じゃあ、権限レベル12は?』


あるじさま、ただ1人』

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