第106話

 朝の登校中。町中の道路。


 俺の横を歩くのは、幼馴染で、お隣さんの早瀬花凛はやせはなりだ。メガネっ娘。やや色素の薄い茶色がかったショートボブの髪は地毛だ。


「よく降ったねえ」

「まあな。結構、強い通り雨だったな」


 家を出る前に通り雨があり、道が水たまりでいっぱいだった。


「ほら、よそ見してると、水たまりに靴をつっこんじゃうぞ」

「う、うん」

 俺が花凜の腕をとって、みずたまりを避けさせる。花凜のセーラー服のプリーツスカートがひらりとひるがえる。



『ご主人さま!』

 翔子1が、バフ魔法『遠隔通信』で俺の脳内に直接話しかけてきた。今日は翔子2のほうが、碧佳あおかのそばについているようだ。


『どうした?』


 翔子1は黒猫の姿になって、近くの建物のへいの上を歩いている。


『……レベル35の対象が接近中ですぅ!』

 翔子には、レベル35以上の対象が近づいてくれば、報告するように言っている。

 なかなかの高レベルだ。現在、Sランクのダンジョンハンターでも、だいたいレベル30前後といったところ。



 不意に、鋭さと重厚な低音が混じった独特のV12エンジンの音。


 バシャッ。


 赤い車が、水たまりを突っきり、泥水が跳ね上がった。


「おっと」

 瞬時に、花凜を抱きかかえて避けるように後方へとジャンプした。


 跳ね上がった泥水が俺達の手前で地面に落ちる。


 今日の花凜も、とっても良い抱きごこちでした。ふわふわのプニプニ。最近の花凜は、ますます美少女になってきているが、抱き心地もすばらしい。


 すぐに、赤い車が速度を落とし、道の脇にとまった。最新型のフェラーリだ。


 車から、1人のメガネをかけた男が降りてきた。洗練されたチャコールグレーのスーツを着こなしている。20代半ば、身長175cmくらい。痩せぎすの体型だ。


 メガネ男が俺達に近づいてきて言った。


「失礼した。うっかり水たまりを見落としていたようだ」

 ふちなしメガネに、青白い顔。神経質そうな顔つき。内面になにか、深い闇を秘めたような雰囲気。


(……こいつとは気が合わない)

 所見の第一印象で、そう思った。


 だが俺は、この男を知っているような気がした。どこで会ったのか思い出せない。


「いや、別に……。泥は避けたから問題はないよ」

 俺がいるんだ。花凜に泥水どろ一滴つけさせるもんか。



「クリーニング代くらいなら出せるよ」


「いや、少しも汚れてないし」


「そうかい? ……ならかまわないが、じゃあ、なにかあったら連絡してほしい」


 男は名刺を差し出した。




☆――――――――――――――――――――☆

株式会社大宮司商事(だいぐうじしょうじ)


赤阪 一郎(あかさか いちろう)

A市支社 調達部 部長


本社

住所: 東京都中央区〇〇町1-2-3

電話: 03-1234-xxxx(代表)

FAX: 03-1234-xxxx


A市支社

住所: A市△△町4-5-6

電話: 0xx-6789-1234(支部代表)

FAX: 0xx-6789-5678


メール: ichiro.akasaka@daiguji.co.jp

ウェブ: www.daiguji.co.jp

☆――――――――――――――――――――☆


 男は車に乗って、去っていった。



「うわあ。大宮司商事って……。あの人、すごいエリートさんなんだね」

 横から、俺が持つ名刺を覗き込むようにして花凜が言った。


「悪い話もよく聞くけど、まあ、社員の待遇は非常にいいらしい」

 魔石の取引で、今や大宮司商事は飛ぶ鳥を落とすほどの勢いだ。T大生にとっても一番の人気就職先となっている。


「しかも、あの歳で部長さん?」


「まあ、支社の部長だから、本社の部長よりは下だろうけど、早い出世には違いないだろうな」




『……ご主人さま、気になったことがあります』

 翔子1が話しかけてきた。


『ん、なんだ?』


『レベル31のインプが『隠蔽スニーキング』の魔法をつかったまま赤阪に、従えていますです!』

 インプを従えている!? そんな奴はいままで見たことないぞ。インプは小さな悪魔だ。体長は十数センチ。やせ細った黒い体に醜悪な子供っぽい顔。2つの角にコウモリのような羽と尻尾。


 ゲーム『ファースト。・ファイナル』では、インプを従えているプレイヤーなんていなかった。ごく一部のNPCにインプを従えていた奴がいる。もちろん、悪魔を従えている奴は、ゲーム内では人類の敵役だった。


 急に赤阪という奴が胡散臭くなった。なにか、いわくつきのようだ。


『翔子1、おまえの存在には気づかれたか?』

『いえ、多分気づかれてないと思いますです。念の為に、こちらも『隠蔽スニーキング』を使用中ですです!』

『よし、いい判断だ。今後も気づかれないように注意しろ』

たとえ、スキル『探知』をもっていたとしても、レベル30代前半だと、翔子1の『隠蔽スニーキング』を無効化するのは不可能だ。

『わかりましたです!』



  ☆☆☆


 俺の通う高校には、普通科以外に、ダンジョン科と呼ばれているクラスがある。正式名称『国立ダンジョン専門高等学校』、略して『ダン校』。


 ダン校には、西ノ宮総一朗の手先として活動していたものがいた。西ノ宮千代と大河原権三だ。だが、2人は不祥事を起こして学校を去った。王子たち3人組や、北川、南山も学校を去った。


 学校の害悪は一掃され、ようやく平和がやってきた。……とはならなかった。コバエやゴキブリのように、害虫はいくら駆除しても後から後から湧いてくる。

 やはり、臭いニオイは元から断つ必要がある。西ノ宮総一朗との対決も、そう遠くないのかもしれない。


 ダンジョン科の生徒、約240人は、学校の体育館に集められていた。


 壇上に1人の男が現れた。

「わたしが、大河原指導員の後任として派遣されてきた新しい指導員、赤阪一郎だ。ダンジョンハンターとしては、Sランクの資格を持っている」

 登校中に会った、縁無しメガネの男がそこにいた。


 生徒たちが騒ぐ。

『すげー。Sランクかよ』


「隠すことはないから言っておく」

 赤阪が言った。「わたしは大宮司商事から送られてきた」



『よりにもよって、大宮司商事からかよ』

『大宮司商事から、ダン校へ、多額の寄付金がされたって噂よ』

『ここ、国立だろ。寄付金とかで私企業との関係が変わったらだめだろ』

『でも、日本の現政権と大宮司商事って、表では対立し合いながらも裏でズブズブだったりするからな』

『プロレスかよ』


「わたしの目的をつつみ隠さずに言っておこう」

 と、赤阪。「わたし自身がダンジョンハンターであると同時に、大宮司商事のスカウトでもある。この学校に未来の優秀なダンジョンハンターをスカウトしに来ている、と言っておこう。大宮司商事の専属ハンターになってもらえば、将来、高校か大学を卒業したときに、大宮司商事の正社員として採用されることが保証される」


『大宮司商事って就職するの、めっちゃ難しいんだろ』

『大宮司商事、正社員の30歳の平均年収って、たしか3000万円とかだったはず』

『すげー。俺の小遣いなんて、今でも月3000円なのに』


『大宮司商事は、魔石の流通量を操作して価格を高騰させてるから嫌い』

『魔石発電の電気代があがったのは大宮司商事のせいらしいぞ』

『でも、正社員になれば待遇のよさは半端ないからな。嫌われてても、就職できるならしたいぜ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る