第102話

「先生!」

 声をあげた者がいた。


 見れば、西ノ宮千代がすすみでてきていた。


「どうしましたか? 西ノ宮さん」

 校長がたずねた。


「校長先生、神崎くんのチームは、演習1位にふさわしくありません!」


「どういうことですか?」


「それは、大宮司キララさんが、ルール違反のいやがらせを、他の生徒たちにしているからです」


「ルール違反だと?! それは絶対に許せないことだな」

 大河原が、ちょっと嬉しそうに口を出した。どうあっても、俺達を1位にしたくないようだ。


「大宮司キララさんが、演習がはじまる前に、王子くんが装備することになっていた攻撃力アップの腕輪を隠したんです! 演習前までに見つかったからよかったですが、それでも大宮司さんが隠したことに変わりありません」


「あたし様が、そんなことするわけないじゃないのっ! ただの言いがかりよ!」

 キララが叫ぶ。


「西ノ宮さん、証拠はあるのですか?」

 校長がたずねた。


「はい。複数の証人がいます」

 と千代。


「はい。俺、見ました」

 北川が手をあげて言った。こいつ、また見てもしない目撃証言をでっちあげる気だな。


「俺も見ました! 大宮司さんは、教室の机の上におかれていた腕輪を掃除用具の入ったロッカーの中に隠していました」

 南山も、つづいて前にでる。


「俺は、盗んだ現場自体は見てないですが、ちょうど、犯行が行われたと思われる時間に、大宮司さんが教室から出ていくところを見ました」

 王子が証言した。


「ふふふ……」

 大河原が勝ち誇ったような声でニヤリと笑う。「これだけの目撃者や証言があるとなると、もう逃げられんな。やはり、神崎チームは失格。大宮司キララは、最低でも停学処分くらいは覚悟しておくことだな。わははは」



「おいおい、証言してる奴らって、みんな西ノ宮千代の仲間じゃないか」

 俺が口をはさむ。「どうせ、口裏あわせてるだけだろ。証言だけで、罪が成立するなら、誰でも簡単に罪をでっちあげられるぜ」


「そんなことはありませんよね、校長」

 大河原が校長のほうを見て言う。「北川、南山、王子は、みんな品行方正、Aクラスの成績優秀な生徒たちです。嘘を言うわけがありません。彼らの証言がこれだけあれば、大宮司キララの罪は確定ですよね」


「あたし様はそんなこと、絶対やってないわよ!」


「うるさい。大宮司キララ、犯罪者のキサマに発言権はない!」

 大河原は、完全にキララがやったと決めつけ高圧的な態度にでる。酷い話だ。


「……そ、それは。も、もう少し、しっかり調べてみないとなんとも、その……」

 校長の言葉がしどもろもどになっている。


 この学校の大スポンサーは大宮司グループである。大宮司グループ・トップは西ノ宮総一朗。その実の妹である千代の言うことを頭から否定するのは、校長としてはやりにくいことなのだろう。

 ただし、完全に俺の言い分を無視することもできず、校長は板挟みな状態だ。


「あははは……!」

 俺の笑い声がアリーナに響きわたった。


 笑い続ける俺を見て、大河原が眉をひそめる。



あるじさま。映像が見つかった。どうする?』

 碧佳あおかの声が、俺の脳内に聞こえてきた。碧佳あおかとは、翔子のバフ魔法『遠隔通信』でつながっていた。


『よし、流せ』

 声にはださず、脳内だけで会話する。


『……了解』


 アリーナの巨大モニターの映像が突然切り替わった。


 観客たちが見守る中、巨大モニターには監視カメラで撮影された教室の録画映像が映った。日付や時間までちゃんと表示されている。千代たちが腕輪を隠されたと主張する日付・時間と一致していた。


 映像で映った教室には王子が一人でいた。机の上に腕輪を置いたところで、誰かに呼ばれて教室を出ていく。


 そこに3人の人影が入ってきた。

 入ってきたのは西ノ宮千代、そして北川と南山だ。

 机の上に置かれていた王子の腕輪を目にとめると、3人は悪人っぽい表情になって、お互い目くばせしあう。


 高性能な高解像度カメラのおかげで、顔の表情まではっきり確認できた。


 千代は、机の上にあった王子の腕輪を手にとると、後ろの共用ロッカーの中に隠した。そして、3人でくすくすと笑っている。

 やがて3人は、なにも知らないふりをして教室からでていった。


 少しして、キララが教室に入ってくるが、自分の席の荷物を取りに来ただけで、すぐに教室を出ていってしまう。


 そして、キララと入れ違いに王子が教室に戻ってきた。腕輪がなくなっているのに気づいて周囲をキョロキョロと見回している。


 一部始終が、完全に映像に残っていた。


 俺の大爆笑がとまらない。

「ぎゃははははっ! 結局、キララに罪をきせるための自作自演じゃねーか! 演習失格、停学になるのは、どうやら西ノ宮千代の方のようだな。あはははは! 腹が痛てえ!」


 観客席もざわついている。

「なに? この映像ほんと?」

「ダン校には、ありとあらゆる場所に監視カメラが備えつけられてるらしい。その映像だろ」

「西ノ宮千代って、なんか顔つきが意地悪そうだよね」

「でも、どうして、こんな映像が突然映るの?」

「ここのモニターも大宮司のサーバーで管理してるらしい。でも、あのサーバーはバグが多いからな」

「大宮司の超超スーパーコンピューターは人間では完璧な管理が不可能なほど複雑らしい……」



 電脳演算都市要塞『バベル』の超超スパコンは複雑すぎて、人間には管理できないほどのオーパーツであるのは事実だ。だが、突然、千代たちが映ったのはバグではない。

 人間には管理が不可能なので、超超スパコンは、電気を自由に操ることのできる雷の精霊、ハイ・ハオカーの碧佳あおかが管理しているのである。


 碧佳あおかは、表向きは西ノ宮総一朗が率いる大宮司グループに従っている。しかし、本当のところは俺の配下なのだ。


 というわけで、俺は大宮司の超超スパコンや、各所から集められた膨大なデータが使いたい放題なのである。


「こ、これはなにかの間違いよ!」

 千代が、ひきつった顔で叫ぶ。


 モニターには、千代が腕輪をロッカーに隠すシーンが何度もしつこくリピート再生されていた。それを、生徒たちだけでなく、満員になったアリーナの観客席の観客が見ていた。


「なにをしておる。早く映像を止めろおおおおっ!」

 大河原が、映像モニターを管理しているオペレーターたちを怒鳴りつけた。「どうした? 映像を止めるんだ! そんな簡単なこともできんのか!」


「そ、それが……、なぜか映像が止まりません!」

 オペレーターが、混乱した顔つきで叫ぶ。


 ダン校の監視カメラやマイクはもちろん、映像モニターまで、すべてが電脳演算都市要塞『バベル』の超超スパコンによって制御されている。ところが、学校のオペレーターたちより、碧佳あおかのほうが管理権限が上位にある。最上位の管理者権限をもっている碧佳あおかが操作している以上、オペレーターがいくらコマンド入力しても、映像パネルの制御装置は命令コマンドを受けつけないのである。


「おかしい! わたしがこんなことするわけないでしょ! ねえ、みんな。わたしがこんなことすると思う?」

 ふてぶてしくも千代が、Aクラスの生徒たちにうったえかけた。


 Aクラスの男子生徒たちが答えた。

「西ノ宮さんが、そんなことするわけないよ」

「俺もそう思う。ありえない」

「そうだそうだ。映像はなにかの間違いだ!」


 千代の表情がニヤリと、少しゆるみそうになる。


 しかし……


 ひそひそ声を出しはじめたのはAクラスの女生徒たちだ。

「西ノ宮さんって、なんかおかしいところあるのよね」

「そうよね。性格が悪いっていうか、いかにもあんなことやりそう」

「イケメンの男子生徒たちをいつもはべらせててなんか嫌い」

 女生徒たちの刺すような目線が、千代につきささる。


「ぎゃはははっ!」

 俺の笑い声がとまらない。


 西ノ宮千代の固有魔法、【魅了】は、相手との大きなレベル差がなければ、非常に強力な能力だ。相手を自由自在に操ることができるのである。ただし、効くのは男のみだ。女生徒には効かない。そこが千代の最大の弱点である。


「くっ……」

 女生徒たちのあからさまな態度をみて、西ノ宮千代は次の一手をだしてきた。


「小山田くん」


「な、なに?」

 千代が突然話しかけてきたので、小山田が警戒心をあらわにした。


「小山田くん、正直に言いなさい。演習中に、神崎は不正を働いたわよね」

 千代は言いながら、小山田の目を見つめた。


 千代の目が、一瞬、不気味に光った。


 うわっ。こいつ、小山田に魅了の魔法をかけやがった。


 そうやって小山田を操って、俺が不正をしてたと、嘘を言わせるつもりなのだろう。とことん性根が腐ってやがる。


「そんなことないよ。僕たちはちゃんと狩りをして魔石を稼いだんだ。神崎くんもだよ」

 小山田の答えを聞いて、千代が驚きに目を丸くする。


「ど、どうして? 小山田は確実にわたしよりレベルは下のはず。男である以上、わたしの魅了の魔法が効かないはずはないのに……」


「ぼ……僕、心は女の子だから」

「なっ」

 思わぬ小山田の答えに、千代がはっと全身を硬直させた。千代の顔が青ざめる。


「ぎゃはははは! あー、おかしい。腹が痛いんだって。これ以上笑わせんでくれ。はははは……!」

 その間、俺はずっと腹をかかえて爆笑しっぱなしだった。

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