第93話

 学校でのダンジョン演習の日だった。


 今日はAクラスとFクラスの合同演習だ。

 ダンジョン探索用装備での登校が指定されていた。俺は、例によって、『安物ジャージ』に『鉄の剣』を身につけると家を出た。



 演習は、10時スタート。集合場所は、校内にある体育館アリーナになっていた。


 なにげなしにアリーナに入っていくと、大変なことになっている。


 観客席がいっぱいだ。


 この学校には、高校にはそぐわない豪華すぎる施設がいくつもある。豪華な体育館アリーナは、そのひとつだ。体育館アリーナ備えつけの観客席の収容人数は9000人。その席が、ぎっしりと埋めつくされていた。


 なんだ、この観客数は? 今日行われるのは、たかが高校の演習だぞ。一大イベントかなにかと勘違いしてないか?


体育館アリーナには、すでにほとんどの生徒たちが集まっていた。まあ、俺が時間ぎりぎりに来ただけだけどな。多くの生徒たちは観客席の上を見ていた。


 生徒たちの視線につられて、俺も上をむく。


 体育館アリーナには、超巨大な液晶パネルが周囲を取り囲むように16枚も設置されている。そこにダン校の生徒たちの顔写真が、簡単なプロフィールとともに、次々と表示されていた。


「さあ、まだまだAクラスの生徒たちを紹介していくぞぉーー!」

 司会進行らしき男が、アリーナ正面の一段高くなった舞台ステージに立ち、マイクを持って叫んでいた。

「「「「うおおおーっ!」」」」

 観客席がく。

 司会進行の男は、あきらかに素人ではない。滑舌かつぜつがよく、しゃべりがやたらなめらかだ。プロの実況アナウンサーでも雇ってるのか?


「なお、実況・司会進行は、わたくし桑原が担当いたします!」


 どうやら、学内順位・下位の方から紹介されているようだ。学内順位4位の王子誠志おうじせいしのプロフィールが表示されると、観客席の声がいっそう高まった。まるで、スターみたいだ。ダン校の生徒って、こんなに人気があったのか? まあ、今や、トップクラスのエリート・ダンジョンハンターは、有名スポーツのスーパースター並の扱い。子どもたちの一番の憧れの職業となっているのは事実だが……


「なお今日の演習は、テレビの地上波にて全国放送されております!」


 え、テレビ中継までされてるの? 知らなかった。


 観客の声は、学内順位3位の西ノ宮千代、2位の大宮司キララが表示されるにしたがって、さらに高まっていく。


 ま……、まさか次に表示されるのは俺?


 俺の顔が、でかでかと巨大モニターに映ってしまうのか? それをテレビで全国放送されちゃうの?

 超恥ずかしいんだけど……


「以上、『国立ダンジョン専門高等学校』Aクラスの生徒たちの紹介でした!」


 拍子抜けした。ずっこけそうになるのを、なんとか踏みとどまる。


 Aクラスだけの紹介だったのか……。どうやら、俺のようなFクラスの生徒の紹介はないようだ。


 クラス差別の酷い学校だから、Fクラスの生徒なんか、どうでもいいんだろうけども……



「時間だ。みんな、整列しろ!」

 舞台ステージに、ゴリラのような体格の男が立った。


 Aクラス担任指導員の大河原権三おおがわらごんぞうである。

「いいか。ダン校はエリートのダンジョン・ハンターを育成するためにある。成績下位の者に価値はない! はっきり言ってゴミだ! 特に学内順位下位のものは、少しでも順位をあげることができるように、今日の実践演習は死ぬ気で頑張ることだな!」

 クラス担任の指導員が、成績であからさまに生徒を差別するのだから、ひどい学校もあったもんだ。


「では、4人組をつくれ!」

 大河原が声をあげた。


 え? まずいぞ……。


 ふだん普通科のクラスで授業を受けている俺に、ダンジョン科の友達がいるわけない。いや、俺は、普通科のクラスにおいても、ゲームをするために家に直帰するのが好きな帰宅部だ。普段から、つきあいの悪い俺には……


 そう思っている間にも、4人組のグループが次々にできていく。


 ヤバイ……


 そんな俺に、背後から、とつぜん声がかかった。

「あーっ! ボッチ発見!」

「ぎくっ!」


 振り向くと、金髪ツインテールの小柄な少女が立っている。大宮司キララである。


「なによ、ペラペラジャージ! あんた、ひとり? はずかしー。ププーッ!」


 キララは、なぜかドヤ顔だ。この前の千代たちに酷いことをされたことの心の傷は、少なくとも外見には出ていない。メンタル強いなこいつ。そんなメンタルじゃなきゃ、とっくに、千代の嫌がらせでつぶされてたのかもしれないが。


「なんだよ!」


「あんた、ひょっとして友達がいないんじゃないのー?」


「うぐっ……」


「あははは……やっぱり図星じゃないの! まーったく、あたし様がいないと、なんにもできないんだから。どうしようもないわね! ボッチのペラペラジャージは」


「だれが、ボッチだっ!」


「どうしても、あたし様の奴隷になりたいって言うなら、あたし様のパーティにいれてやらないことはないわよ! ふふーん! さあ、はやくあたし様にひざまずいて、奴隷にしてくださいと言いなさい。そうしたら、頭を靴でふんであげるから。どう? 想像しただけで嬉しくなってくるでしょ?」


「なるかーっ!」


 俺が叫んだとき、背後から別の声がした。


「あ、神崎くん。おはよう」

 

 振り向けば、すぐ後ろに小山田が立っている。


「おう。おはよう」


「昨日はありがとう」


「ん? 別に感謝されることはしてないが」


「でも、大河原先生の攻撃から、助けてくれたでしょ」


 小山田が、ちょっと恥じらって、もじもじしはじめる。こいつ、性別は男だけど、外見はいかにも女の子なんだよ。しかも、かなりの美少女でさえある。


「俺は、たまたま、教室に戻ろうとして通りがかったところに、大河原が絡んできただけさ」


 俺がいうと、次は小山田の後ろにいた人物が声をかけてきた。

「神崎くん、おはよう」


 小山田と同じくらいの身長の少女だった。たしかFクラスの……なんて言ったっけ?


「紹介するよ。僕がクラスで一番仲のいい、渡瀬桜わたせさくらちゃん」


「よろしくー」

 少女がひらひらと手を振った。


「おう……。神崎直也かんざきなおやだ、よろしくたのむ」


「はやく、4人組をつくれー!」

 大河原の声が飛ぶ。


「ほら、ボッチ! 早くあたし様の奴隷にならないと、仲間はずれになるわよ!」


「うるせー!」


「あ、神崎くん、よかったら僕と桜ちゃんとで、一緒にやらない?」

 小山田が言った。


「え、いいのか?」


「もちろんだよ。僕たちが弱すぎて、神崎くんの実力に見合わないかもしれないけど……」


「いや、そんなことないさ。是非とも仲間にいれてくれ」


「これで、3人か。あと1人だね」

 小山田が言う。


「ふーん。どうしてもと土下座してたのむなら、あんたたちを、あたし様のグループに入ってあげてもいいのよ」



 やたらと上から目線のキララに小山田がぼそっと言った。

「ひょっとして、大宮司さんの方がボッチなんじゃ……」


 今度は、キララのほうがひるむ番だった。

「ぎく、ぎく、きぐっぅぅぅ……」

 強がってみてるが、やっぱりボッチだったんだな、こいつ。


 まあ、Aクラスのほとんどは、西ノ宮千代の派閥だからな。こいつだけが、仲間はずれになるのは当然かもしれない。


「だ……、だれがボッチよーっ!」



……で


 結局、俺、小山田、桜、キララの4人組で演習をすることになった。


「よーし、全員、4人組をつくったな! では、本日の演習について簡単に説明する」

 舞台ステージ上の大河原が、体育館アリーナの生徒たちを見回した。「いいか、このアリーナには、人工ダンジョンが備えつけられている。世界最高の技術をもつ大宮司グループが総力をあげて開発したものだ!」


 人工ダンジョン? なんだそりゃ。


 大河原が説明を続ける。

「さーて……、今日の最初の課題だ! 今からこのアリーナに設置された人工ダンジョンに入り、90分を制限時間として、魔石を集めてもらう。魔石を一番あつめたチームが一位だ!」


 各チームに魔石を入れる袋がくばられた。この袋も特別製で、中にはいっている魔石を価値を計量し、その総量の情報を、無線で学校のサーバーにリアルタイムに送信できるようになっているらしい。袋の入口に液晶表示が備えられており、今は『0《ゼロ》』と表示されていた。


「では、スタート! ……といきたいところだが、ルールを守らない奴には罰が必要だ。これも、指導者としての愛のムチというやつだな!」

 大河原が俺を指差していた。


「神崎! おまえ遅刻しただろ!」


「遅刻って、時間には間に合ったぞ。ぎりぎりだったけど」


「嘘をつくな。本日の学生の集合時間は予鈴の時間に指定されていた。神崎、きさまが来たのは、本鈴がなるぎりぎりの前だ。つまり、あきらかに遅刻だ。お前にペナルティを課す。神崎と、そのチームが魔石集めにダンジョンに入れるのは30分遅れとする!」


「なによ、そんなの不公平すぎるじゃないの!」

 キララが声をあげた。


「うるさい。ダン校の演習においては、この俺がルールであり、審判だ!」


「でも30分ってやりすぎよ! 魔物を倒しながら適正な狩り場に行くまでだけでも30分くらいかかるのが普通じゃないの!。効率的な狩りができる時間は、事実上、半分になっちゃうじゃない! ちょっと、ペラペラジャージ、あんたもなにか言ってやりなさいよ!」


「あはははは……」

 突然、俺が爆笑した。


「なっ……?」

 俺の反応が意外だったのか、大河原の体が一瞬固まる。「神崎、ついに狂ったか?」


「いや、なに……。そう来るのかと思ってさ。よくわかったぜ。はは……。だったらこっちも、やりたいようにやらせてもらうとするか」


 俺は学内順位なんてそれほど興味もない。現在、俺は学内順位1位だが、それだと目立つし、上昇志向の他の生徒の嫉妬や敵意も向けられる。

 だから、今日の演習は適当にやって、意図的に学内順位を下げようと思っていたのだ。


 だが、大河原が、こんな嫌がらせをやってくるのなら、俺も、少しばかり本気を出させてもらうとするか。



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