第92話

 昼休みだった。俺は、学校の中庭のベンチに一人で寝転がって、スマホゲームをしていた。


 ここは、ちょうど生け垣の陰になっている。学校の中で人目につかずに、ゆっくりとゲームができる、貴重な場所だ。



 少しすると、人の声が聞こえてきた。


「あなた、わかっているんでしょうね?」


「は、はいっ!」


 若い女の声が、野太い声の男を叱っている。


 生け垣の隙間からのぞいてみた。


 校舎の壁際に西ノ宮千代がいた。千代は、ゴリラのような体つきの男をにらみつけている。身長190cm、体重120kgはあるだろう。


 ゴリラのような男は、名を大河原権三という。たしか、28歳。ダン校、Aクラスの担任指導員である。本人もSランクのダンジョン・ハンターの資格を持っていたはずだ。


「本当に、わかってるの?」

 腕を組んだ千代が怒鳴る。


「もちろんでございます!」

 大河原は、背筋をピンと伸ばしての姿勢だ。完璧なまでの上下関係が、すでにあるようだ。


「大宮司グループが、こんなチンケな学校に莫大な大金を投入してる理由は、理解してるわよね」


「当然でございます」


「それを無駄にするわけにはいかないのよ!」


「はいっ! 重々承知しております」



 なんと、この学校には大宮司グループの金が大量に投入されているらしい。特別な学校とはいえ、たかが高校。あの豪華すぎるまでの施設の数々には違和感があった。そいういう裏があったのか。


「未来の優秀なダンジョン・ハンターを大宮司グループに心酔させるためには、Aクラスのような上位の生徒は徹底的に優遇、D・E・Fクラスのような下位の生徒たちは実力差を徹底的にわからせて、恐怖と劣等感で支配するのよ」

 千代が続けた。


 この学校にどうしてこんなにも金がかかっているのか。なんだか、わかってきた気がするな。


 いまや、腕のいいダンジョン・ハンターはどこでも引っ張りだこだ。

 それは、世界最大の魔石ビジネスを展開している大宮司商事においても例外ではない。


 優秀なダンジョン・ハンターを数多く育て、大宮司グループに取り込もうとしているのだ。


 今のところ、一部はうまく行ってるように見える。しかし、完璧にはほどとおい。特に優遇されて、校内でも威張っているAクラスの連中への、他の生徒たちの反感はおおきくなっている。


「わかっております。特にEクラス、Fクラスは、徹底的に痛めつけて現状をわからせてやるつもりです」

 大河原が、みじめなまでに千代にへりくだって言う。


 指導員までもが、率先して下位クラスの生徒たちを差別してるわけだ。そんな学校に差別やいじめがなくならないのは当然だろう。


 しかし、28歳、いい歳した奴が、15歳の少女に、ひたすらペコペコ頭下げまくりって悲しくなってこないのかね。



 と……


 俺のいる中庭を挟んで、今度は千代たちがいる場所と反対側の渡り廊下から、複数の声が聞こえてきた。


 逆側の垣根の隙間から、再びのぞいてみる。


 小柄な小山田が、Aクラスの北川、南山にまたからまれていた。懲りねえ奴らだな。


「いいから、その杖、貸せよー」


「この杖は僕のだって言ってるでしょー!」


「奪うとは言ってないだろ。永遠に借りとくだけだ」


 どこのジャイアン理論だよ。



 北川と南山が、執拗しつように小山田を蹴ったり小突いたりしつづける。


 さらに、小山田の腹に北川の強めのパンチが入った。


「うっ!」

 小山田がうめきながら、身をよじった。その瞬間、小山田がもっていた杖の先端が北川の鼻を強打した。


「うあっ」

 北川が、うめく。


 鼻をぬぐった北川の手の甲に、鼻血がべっとりとついた。北川の表情が激怒にかわる。


「こ、この野郎。やりやがったな。ゆるさねーぞ!」

 北川が小山田の襟首をつかみ、締め上げる。


「ひゃあっ!」

 小柄な小山田は恐怖に顔から血の気がひいている。


「どうした?」

 騒ぎを聞きつけた大河原と千代が、北川たちに歩みよっていった。


「あ、これは、千代さんと、先生」

 Aクラスの担任指導員より、千代のほうが先に呼ばれた。校内の序列がわかりやすい。


「暴力です! Fクラスの小山田くんが、北川の顔を杖で殴りました!」

 南山が叫んだ。


「なんだと? おい、小山田。Aクラスの生徒がねたましいのはわかるが、暴力をふるうのは許されないぞ!」

 さっそく大河原が、小山田に怒鳴りつける。


「ぼ……、ぼくは、暴力なんか振るってません!」


「きさま、優秀なAクラスの生徒が嘘をついたとでもいうのかっ!」

 大河原が大声をあげた。


 酷い話もあったもんだ。本当は、理不尽な暴力をふるっていたのは北山ら(Aクラス)のほうだ。


「僕は本当に暴力なんてふるってないです! たまたま、杖の先に北山くんの顔が……」


「だまれ! この期に及んで、まだ嘘をつこうとするか! Fクラスのゴミめがっ! この俺みずから鉄拳制裁をして、その性根を叩き直してやるわ」

 大河原が拳をふりあげた。


「や、やめて……」

 小山田が、おびえた表情になる。


 どこの旧日本軍だよ。大河原、おまえ、いまさっき暴力をふるのは許されないと言ったばかりだろ。しかも、今どき、指導員が生徒を殴るなんて時代錯誤もはなはだしい。



 と……


 昼休みの終わりを告げる、予鈴のチャイムがなった。


 教室に戻るか……。俺は寝転がっていたベンチから立ちあがった。


 ちょうど、大河原たちがいる方向に教室がある。俺が歩いていくと、大河原と目があった。


 大河原は、今にも小山田を殴ろうとばかりに、腕をふりあげている。


「あははは……」


「なんだ? きさま!」

 俺の笑いに大河原が眉をひそめる。


「指導員が生徒に暴力は、さすがにまずいんじゃ……」


「ほう……。暴力、そんなものは誰がふるうのかね」

 俺の言葉に大河原が答えた。


「はっ?」


「ほら、こうだ!」

 大河原の右拳が、小山田の頬をとらえた。


 大河原は体重120kgはある。小山田は、女の子のように細身で小柄だ。体重40kgもないだろう。体格差があるだけでなく、レベル差も大きい。

 そんな奴に殴られたら、非常に大きなダメージが入る。


「ぎゃあっ!」

 小柄な小山田の体がふっとんだ。背後の壁に背中を叩きつけ、床へと落ちる。


「こいつ……、ほんとうに殴りやがった。指導員なのに」


「たしか、神崎とか言ったな。だから、いつ、この大河原権三が暴力をふるったというのかね?」


「…………」


「俺が暴力をふるったって証拠がどこにあるというんだ? 言いがかりはやめてもらえないかな? なあ、北川、俺が暴力をふるってるのを見たか?」


「いいえ、先生が暴力をふるうなんてありえませんよ」


「だよなあ、南山、俺は暴力をふるったか?」


「いいえ、決してふるってないです」


 大河原がドヤ顔で俺を見てきた。

「ほら、エリートのAクラスの生徒がこう言っている以上、落ちこぼれFクラスの証言など、だれも信じないだろうなあ」


「あー……、よくわかった。なるほど、そういうやり方ね」

 俺は、肩をすくめた。酷いもんだ。とことん腐ってやがる。


「神崎、なんだ、その反抗的な態度は?」


「いや、ただ、あきれてるだけさ」


「なんだと? 指導員に向かってその横柄な態度は許されるものではないぞ。神崎、おまえにも鉄拳制裁が必要だな!」


 大河原が拳をふりあげた。


 俺は、まったくひるまない。ニヤニヤ笑いつづける。それが、さらに大河原のかんさわったようだ。


 大河原が俺の顔面めがけて拳をふるってきた。手加減なしだ。並の人間なら顔面の骨がくだけてもおかしくないような威力だった。


 俺はほんの少しだけ頭をさげて体をかがませる。俺の、おでこの上、頭の非常に硬い部分が前にでた。パンチ力のあるボクサーが、相手を殴って、よく拳を骨折する部分だ。しかも、レベリングによって、俺の体は、身体能力だけでなく、骨の硬さも驚くほど向上している。


 大河原の拳が命中した。


「ぎゃあああああっ!」

 大河原が悲鳴をあげた。


 俺の頭にあたった大河原の右手の拳がおかしな形に変形していた。指が、ありえない方向に曲がっている。拳の骨がくだけたのだ。


「あはははっ! とんでもない馬鹿がいたもんだ」

 俺は、腹をかかえて笑った。


「なっ……、なんだと、きさまーっ!」

 大河原は手の痛みをこらえながら、俺をにらみつけてくる。「自分がしたことがわかっているのか!」


「俺がなにをしたというんだ?」


「Fクラスの生徒の分際で、指導員に暴力をふるったんだぞ!」


「はんっ? 俺がいつ暴力をふるったって?」


「みろ、げんに俺のこの右手の骨が折れているではないか。医者に見せれば、診断書も書いてくれるだろう」


「あははは……」

 俺はおもわず笑ってしまう。「なんて説明するんだ? 俺が顔面でおまえの拳を殴ったていう説明するのか? それにAクラスを受け持つ指導員が、劣ってる能力しかないFクラスの生徒に簡単に怪我をさせられたって公言するのかよ? そんなことを大っぴらに喋れば、逆にあんたの立場がなくなるんじゃないのかな。ははは……」


「ぐぬぬ……」


 大河原がカッとなるのがわかった。まだ無事な左の拳をふりあげ、俺を殴ろうとする。

「神崎、きさまーっ! ぜったいに許さんっ!」


「学習しない野郎だな。そっちの拳もおなじようにつぶしたいなら、ほら、殴ってこいよ」

 俺がこれみよがしに顔をつきだす。「ほら、ほらほら!」


「ぐぬぬぬぬ……」

 完全に言い負かされて大河原が言葉を失う。


「やめなさい!」

 口をはさんだのは、西ノ宮千代だった。



 近づいてくる千代を見て、俺が思わずニヤリとしてしまう。「西ノ宮、なんか鼻の先が赤いぞ」


 さっきまで気づかなかったが、近くで見ると、千代の鼻が心持ち、赤く腫れているような気がした。このまえ、発勁はっけいでかるく飛ばしたつもりだったが、もろに鼻から壁につっこんでいたからな。鼻骨くらい折れていてもおかしくない。もちろん、金持ちの千代のことだから、高価なポーションを使って一瞬のうちに治しただろうが……。


「ひいっ!」

 千代が、鼻をおさえて恐怖にすくみ上がる。発勁でふっとばされて壁に激突したときの痛みを思いだしたのかもしれない。傷はポーションで治るが、メンタルのダメージまでは治らない。こいつの魔法・スキルは俺には効かないし、俺の強さにもなんとなく気づいているだろう。


 千代は、踵を返すと、「行くわよ」と、大河原に声をかけた。


「しかし……」

 一瞬、大河原が拒絶しようとするが、


「わたしが行くと言ってるの」

 千代は、この戦力で俺と真正面からやり合うのは、まずいと思っているようだ。



「は、はいっ。わかりました」

 大河原は、やたらかしこまる。千代の命令は絶対のようだ。


「おい」

 千代と一緒に歩み去ろうとする大河原の後ろ姿に、俺が声をかけた。


「なんだ?」

 殺意のこもった表情で大河原が振りかえる。


「あんたのその拳は自業自得だ。結果はどうあれ、あんたが俺を殴ったんだ。その事実に変わりはない。そのことは、絶対に忘れないよ。俺の頭の中にしっかりセーブしておく。殴られた借りは、いずれ返してやるから楽しみにしてろ。ダンジョン内でな」


「きさまー」

 大河原が激怒して左の拳を握りしめる。「この、落ちこぼれが……っ! 指導員に対してそんな態度をとって学校に残れると思うなよ。神崎、きさまは、この俺が絶対に退学処分にしてやる。その薄っぺらな威勢がいつまで保つか、見ててやるわ」


「あははは。それも一興かもな。でも学校を去るのは、案外あんたの方かもしれないぜ。いや、学校じゃなくてこの世を去るのがあんたかもしれないな」


「くぅ……」

 歯噛みした大河原の口から、息がもれた。


「千代さん、こんな奴、なんでもないっすよ。ここでやっちまいましょうよ!」

「そうですよ」

 と、北川と南山。


「わたしが、やめなさいっていってるの!」

 千代が少し高い声をあげると二人の態度は激変した。


「「はいっ。申し訳ありませんでしたっ!」」

 北川と南山が直立して、千代に頭を下げてあやまる。

 どうみても、高校の同級生に対する態度じゃない。


「行くわよ」

「「「はい」」」

 千代の歩みに、三人が後をついていく。


 北川や南山とも、そのうち決着をつけないといけなさそうだな。立ち去る千代たちの姿を見ながら俺は思った。



「……小山田大丈夫か?」

 床に座り込んだままの小山田の腕をとり、たたせてやる。「怪我はないか?」


「うん」

 どうやら、大河原も生徒にあからさまな怪我をさせるほどの馬鹿じゃないようだ。さすがに骨折とかすれば、それ自体が証拠になるからな。


「……ありがとう」

 小山田がちょっとうつむき加減にはにかむ。なんだよ、その表情は? まるでラブコメにでてくるヒロインのような微笑ほほえみみだ。こいつ、男だぞ。


 何故か小山田は制服まで、上はダン校の女子生徒向けのセーラー服だ。そして下はそれに合わせた半ズボン。ダン校では、ある程度まで、制服の改造は許されてるらしいが、どうして女子向けの制服を着てるんだよ。

 わけがわからない。


 小山田と二人並んで、Fクラスの教室に戻っていく。



 廊下を歩きながら、俺は頭の中で話しかけた。

『翔子2、いるか?』

 俺が、翔子2のバフ魔法『遠隔通信』をつかって脳内で会話をはじめる。


『はい。ここにいますです!』

 姿と音を消す魔法、『隠蔽スニーキング』のせいで、翔子2の姿は見えないが、俺の近くにいるはずだった。


『大河原権三と西ノ宮千代のレベルはわかるか?』


『探知Lv.4を発動します! ……わかりましたです。西ノ宮千代はレベル25。大河原権三はレベル29です』


 まあ、そんなもんか……。俺の推測した数字とおおかた同じだ。


 大河原も指導員になるまえは、大宮司グループおかかえのプロのダンジョンハンターだったらしい。


 ダンジョンが現れて何ヶ月もたってないのだから、年季の差なんてものは、ないも同然だ。ただ、高校生は学業があるので、平日から1日中ダンジョンにこもってレベリングができない。千代と大河原にレベル差があるのはそのせいだ。


 千代のレベルが高校生にしては異常に高いのは、お抱えのプロハンターたちをつかってパワーレベリングをしているせいだろう。


 ただし、俺は例外だ。俺は【加護】により、経験値10倍のボーナスがもらえ、しかもDLCで飛び抜けた性能の装備を使うことができる。学校に通いながら、プロのダンジョンハンターを超えることができるのだ。


 現在の俺は、レベル39になっていた。


 さて、明日はダンジョン演習の日だ。

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