第90話 後ろに【主要登場人物表】あります


 ダンジョン科、通称『ダン校』の制服は、かなり異質だ。現実の世界にあるような制服ではない。異世界アニメやエロゲにでてくるような制服に似ている。


 町中でこの制服を着ているだけでも、やたら目立つが、さらに目を引くのがえりにつけられたクラスを表すバッジだ。AからFまでのバッジは、大きさが5cmちかくもある。特に上位クラスのAクラスは赤、Bクラスはオレンジ、Cクラスは黄色と目立つようになっている。それ以下のクラスは目立たないグレー色だ。差別があからさますぎて笑えるほどだ。

 ダンジョン科の生徒であったとしても、普通科の生徒と同じように、下位のクラスは上位クラスから差別される対象なのだ。



 その日、俺は、ダン校のアリーナにいた。Sランクハンター講師による対魔物を想定した模擬演習が終わったところだった。講師が施設からでていき、アリーナに残された生徒たちの声で騒がしくなる。



 ……泣きそうな、か細い声が聞こえてきた。


「僕のつえ、返してよお」

 声をだしたのは、女の子みたいなかわいい顔をした小野田という小柄なFクラスの男子生徒だった。Aクラスの二人組、北川と南山という名前の生徒にからまれている。


「聖クリスタルのスタッフかよ。これほど状態のいいものだったら、市場価格80万円はくだらねえだろ。Fクラスにしては、不相応なものもってんじゃねーかよ! うへへへ……」

「だめだよ。それ、僕のだよ。返してよぉーっ!」

 北川が取りあげた杖を頭上にかかげる。小柄な小野田では手をあげても、杖までとどかない。


「へい、パス、パース!」

「おう。ほーらよ」

「おうっ、もらったっ」

 北川が投げた杖を南山が受けとった。


「わあー、返してよおー。その杖は、僕がバイトで稼いで買ったんだよ。足りないお金は、おばあちゃんに出してもらった大切な杖なんだよー! お願いだから、返してよおー」

「あはは……。この杖はお前にはもったいないよ。俺達が、しばらく借りて、有効利用してやるから安心しろ。そのほうが杖も喜ぶってもんだ」

「だめだよぉー。それ、僕のだよぉ。返してよー」


「るっせえんだよーっ! しつこいぞ、てめーはっ!」

 南山から杖をとりかえそうとしている小山田に、北川が横から蹴りをくらわせた。


「うわあっ」

 小野田が地面にたおれ、脇腹をかかえてうめく。



 やれやれ。この学校は、どうしてこんなアホな奴らばかりが、後から後から、どんどんいてくるんだよ。呪われてでもいるのか?



 そのとき、1人の少女がすすみでた。


「あんたたち、なにしてんのよ!」

 イジメの現場を目撃して声をあげたのは、金髪ツインテール少女の大宮司キララだ。


「しゃしゃりでてくんなよ、大宮司」


「イジメなんて最低よ。それに、80万円以上もするものを無理やりとりあげるなんて、普通にそれ犯罪よね」


「うるせー。このダン校では、学内順位がすべてだ。俺は学内13位、南山は15位だぞ! Fクラスなんか、いくらしいたげてもいいってことだ」


「なーにいってんのよ、雑魚が。あたし様が、学内順位2位なの知らないわけじゃないでしょ。バーカ!」


「2位だからって、調子に乗ってんじゃねえぞ! いくら2位でも、俺達に2対1で勝てるとおもってんのか! ダン校は結果主義でもあるんだ! どんな条件でも、最終的に勝てば、評価されるんだ。友達のいないボッチより、優秀な仲間がいるというのも実力のうちだからな」


「ふん、あたし様があんたたちみたいな雑魚に負けるわけないでしょ」


「言ったな! ボコボコにしてやる! 覚悟しやがれ!」

 北川が背中に背負っていた剣を抜いた。江戸時代の侍が、いつも刀を身に着けているように、ダン校の生徒も武器を常時身につけているものが多い。ハンター協会が発行する許可証を持っていれば、公道を歩いていても銃刀法違反にもならない。


「俺達は、ずっと一緒にレベリングしてきた。息のあった連携攻撃をみせてやる。大宮司、おまえに勝てる見込みはねーよ! あはははは……!」

 北川の声にあわせて、南山が小山田からとりあげたばかりの杖の先をキララに向け、攻撃呪文を唱えはじめる。


 キララの動きは一瞬だった。武器を持ちさえしない。北川の手首に手刀を入れて剣をはじき落としてから、腹にパンチ一発。

 さらに間をおかずに、すばやいステップで踏みだす。呪文詠唱が完成していない南山の腹にも、キララのパンチがめり込んだ。


「うがっ!」

「ぐはっ!」

 北川と南山は、あっさりとKOされてしまった。2人は、うめきながら床の上で身悶みもだえするが、立ち上がれない。


「ふんっ」

 キララは、倒れた二人を軽蔑するような視線をちらりと見せ、きびすをかえして、出口に向かっていった。


 ちょうど、キララの進行方向に俺がいた。


「なによ、ペラペラジャージ。なんか文句でもあんの?」

 俺の視線を感じたのだろう。キララが言った。


「いや、文句はないよ。おまえも、なかなか、いいところあると思ってな」


「ふんっ。そんなのあたし様なら、当然でしょ!」

 キララは、プイッと向こうを向いた。顔は見えなかったが、なぜか耳が赤らんでいた。


 キララは、俺の前を早足でとおりすぎていく。アリーナの出口近くまで行くと、そこにいた、西ノ宮千代とすれ違う形になった。二人は犬猿の仲だ。お互い目線を合わせようともしない。


 そして、すれ違う瞬間……、


 不意に千代が足を横にだして、キララの足をひっかけやがった。


「わあっ!」

 不意をつかれたキララが、顔から床に転倒する。


 キララはすぐに立ち上がって、千代をにらみつけた。鼻をうったのか、真っ赤になっていた。

「ちょっと、あんた、なにすんのよ!」


「え? どうしたの、キララさん。理由もなく、なぜか突然、倒れたみたいだけど、大丈夫? お医者さんに見せたほうがいいんじゃないかしら?」


「なに、すっとぼけてんのよ! しらじらしすぎるでしょ!」

 キララが怒りで声をあげ、千代の襟首えりくびをつかんだ。


「きゃーっ。こわーい! キララさんが、おかしいの。誰か、助けてー!」

 千代が、棒読みぎみに叫んだ。



 と……


「どうしたんだ?」

「いったい、何があったってんだよ?!」

「どうしたのですか?」

 馬鹿3人組があらわれた。


 馬鹿3人組とは、

・正統派、王子様キャラ

・直情系、脳筋キャラ

・クール系、インテリ眼鏡キャラ

 のダン校、Aクラスの3人だ。


 3人共、少女漫画や乙女ゲームにでてきそうなくらい、やたらとイケメンだった。


 西ノ宮千代は、加護【乙女ゲームの主人公】の固有能力を持っている。その効果は、『誰かに責め立てられていると、何故かイケメンが登場して、助けてくれる』、というものだ。


 『正統派、王子様キャラ』の名前は、王子誠志おうじせいしという。


「どうしたんだ? 千代」

 王子が、たずねた。


「その……、キララさんが……」

 千代が言いにくそうに、しおらしくうつむいた。もちろん、これも、千代の演技だ。


「大宮司がどうしたというんだ? はっきり言ってくれないとわからないだろ」


「うっ、うっ……」

 千代が、しゃくりあげはじめた。「キララさんが、突然、千代の襟首をつかんで、怒鳴りつけてきたの。千代、とっても怖くて。ううう……」


 千代は、王子に抱きついて胸に顔をうずめながら大声で泣きはじめた。


「なんてこった。今どき、高校生にもなってイジメかよ。やりすぎだぜ! 頭を冷やせ、金髪ツインテール!」

 馬鹿3人組のひとり、脳筋が声をあげた。


「ほんとうです。千代さんがかわいそうですよ。すぐに謝罪してください」

 インテリ眼鏡が言う。


「2人の言うとおりだ。やりすぎだ! 大宮司、こんなことは二度と起こさないと誓え! でないと承知しないぞ!」

 王子が、キララをどなりつけた。


「なっ……!」

 キララが、驚きのあまり、一瞬声を失う。


「俺も大宮司に暴力を振るわれました」

「俺もです。いきなり、腹を殴られて、このとおりです」

 床に倒れていた北川と南山が、かすれた声で身体の痛みをこらえるように言った。


「なんてことだ。いくら大宮司財閥のご令嬢とはいえ、やりかたがひどすぎるだろ。ダン校では、学年順位上位者が優遇されるとはいえ、君のやりかたはあまりにも目に余るぞ!」

 王子が叫ぶ。


「違うわよ! 千代のほうが、あたし様の足をひっかけにきて……」


「バレバレの嘘をつかないでほしいな!」

「そのとおりだぜ。白々しすぎるぜ」

「盗人猛々しいとは、このことですね」

 馬鹿3人組が声をあげた。


「あーやまれ! あーやまれ! あーやまれ!」

 脳筋が腕を振って、繰りかえしはじめた。

 王子、インテリ眼鏡、北川、南山もそれに唱和する。


「あーやまれ! あーやまれ! あーやまれ!……」


 さらに、周囲にいたAクラスの男子生徒たち数人も声をあげはじめた。どうやら、馬鹿3人組だけでなく、こいつらも西ノ宮千代の加護による魔法、【魅了】をかけられているようだ。



「だめ、みんな! 千代のためなんかに、キララさんをあまり責めないで! ううっ。千代が、すべて悪くていいの。そうすれば、この場は丸くおさまると思うから」

 千代が、めそめそと泣き声をあげたが、涙はでていない。セリフも、かなりの棒読みだったが、【魅了】の魔法をかけられている男たちには、そんなものは関係なかった。


「だめだよ、千代。そうやって、いつも自分を犠牲にしようとするのは」

 王子が千代の両肩をつかんで、説得しようとする。




「くっ」

 キララが、くやしそうに唇を噛む。顔がこわばっていた。しかし、キララは毅然きぜんとした態度をしたまま、アリーナを出ていった。




 しかし、なんてこった。とんでもなく酷いことになってんな。学校から菊地グループを一層したと思ったら、次はこれか。



  ☆☆☆


 あくる朝、俺は校舎の廊下を歩いていた。


《翔子2による、魔法『遠隔通信』Lv.4の効果が発動しました》

 突然、空中から、いつもの状況説明の声が聞こえてきた。


「どうした、翔子2?」

 『遠隔通信』のバフで、翔子2と直接話せるようになっている。


『ご主人さま、ちょっと気になることが!』


「なんだ?」


『西ノ宮千代が、20mほど先の狭くなった場所の陰に隠れてご主人様のことをうかがっています。なにか、心当たりはありますか?』


「まー、あれだろな」


『わかっているなら問題ないです。ごめんなさい』


「いや、報告してもらってよかったよ。とても有益な情報だ」


『ご主人さまのその言葉が何よりのご褒美です。お役にたてて、とってもうれしいですぅー!』

 翔子2がはしゃいだ声をだした。




 俺は、なにも気づかないふりをしながら、廊下を進んでいった。


 狭い通路を通り過ぎようとしたとき、死角から、俺の脚をひっかけようとする西ノ宮千代の脚がでてきた。


 瞬間、俺がスキルを発動する。ゲーム『ファースト・ファイナル』で、レベル30を超えた物理アタッカーが使用できるスキル、『ゼロ距離発勁はっけい』だ。


 これは、本来は素手で戦う武道家のスキルのはずだったのだが、なぜか、糞ゲー『ファースト・ファイナル』では、全部の物理アタッカー共有のスキルとなっていた。


 このスキルは2種類の効果を自由に選べる。一つは内蔵など、相手の身体の中にダメージを与えるもの。もう一つは、体内のダメージはそれほどではないが、相手の身体が派手に吹っ飛ぶものだ。


 俺は後者を選択する。


 俺は、脚をひっかけにきた千代にむかって、脚と脚が接触した状態で、発勁はっけいを軽く打った。


「きゃああああっ!」


 悲鳴を千代の身体が吹っ飛んでいくのが見えた。空中でくるくると縦回転し、7メートルほど離れた廊下の壁に、顔面からベッシャっとぶつかった。


「うぎゃっ!」

 壁にぶつかった千代の姿は、踏みつぶされたカエルのようにガニ股になっていた。そのまま、廊下の床にずるずると落ちて、うつ伏せになったまま、全身をピクピクとふるわせている。


 あいかわらず、踏みつぶされたカエルのような、ガニ股の格好だった。


 もちろん、死なない程度の手加減はしている。


 まあ、これからの、この超腹黒女のやりかたによっては、俺の手加減も必要なくなる時が来そうな気がする。



 西ノ宮千代は、床にうつ伏せに倒れこんで、ピクピクと身体を痙攣けいれんさせていた。俺は千代を後にして、その場を立ち去った。



_____________

【主要登場人物】

キャラも増えてきたので、主要登場人物の簡単な紹介をしておきます



神崎直也かんざきなおや】 主人公、俺。ゲーム好き。高校1年生。両手持ち一刀流の物理アタッカー


早瀬花凛はやせはなり】 主人公のおさななじみでお隣さん。高校1年生。ヒーラー

早瀬篠凛はやせしのり 早瀬家3姉妹の次女。小学5年生

早瀬鈴凛はやせすずり 早瀬家3姉妹の三女。小学2年生


織田結菜おだゆいな】 主人公と同じ学校に通うギャル。高校1年生。バッファー


【翔子】 ショゴス・ロード。自由に姿形を変えられる魔物。普段は、20歳くらいのメイドの姿をしている。斥候スカウト

●翔子1、翔子2 翔子が2つに分裂した姿。普段は10歳くらいのメイドの姿をしている


碧佳あおか】 ハイ・ハオカー。雷の精霊。電気を自由にあやつり、意識をコンピューターと直結できる。普段は電脳演算都市要塞『バベル』の超超スパコンの管理をしている。外見は13歳くらいの少女。雷撃系魔法使い

●ピピ ハオカーの召喚獣。霊獣サンダーバードがセキセイインコの姿になっている。雷撃系魔法が使える


大宮司だいぐうじキララ】 大宮司家、先代当主の正妻の娘。小柄な金髪ツインテール。現在は大宮司グループの経営権を、西ノ宮総一朗に奪われている




【西ノ宮総一朗にしのみやそういちろう】 大宮司グループの実質上のトップ。白髪の少年。高校3年生


【西ノ宮千代にしのみやちよ】 総一朗の妹。高校1年生

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