第89話

 高校の昼休みだった。

 クラスは喧騒けんそうに満ちている。生徒たちは、弁当や、買ってきたパンを食べていた。


「ねえ、直くん、今日のお昼どうする?」

 隣の席の花凛がたずねてきた。


「そうだな。見物がてら、ダンジョン科の食堂を見にいってみるか。花凛もいっしょに行くだろ?」


「新設の食堂って、ダンジョン科の生徒じゃないと入れないって聞いたけど?」


「俺には、これがある」

 俺は制服の内ポケットから、学生証であるブラックカードを取り出した。


 結局、俺は、ダンジョン科のFクラスで通学することに妥協した。ダンジョン科に入るといっても、Fクラスは、ごく一部をのぞき、いままでどおり花凛と同じ教室で普通科の授業を受けることになる。だから、俺の学校生活はほとんど変わらない。


 そして、なによりも、ダンジョン科の学生証、それも学年順位1位をあらわす、ブラックカードの特典がかなり魅力的だったのだ。最終的に、俺が普通科でなくダンジョン科を選んだのはこの特典が大きかったからだ。


「わたしも、食堂に入れるの?」


「このカードがあれば、同伴者も入れる。しかも、食事は無料だ」


 校内ではダンジョン科と呼ばれている、正式名称『国立ダンジョン専門高等学校』。略して『ダン校』と呼ばれている。1クラス40名。A、B、C、D、E、Fの6クラスで、全部で240名いる。

 その生徒たちは、学年順位によって、徹底的なまでに区別されている。


 本来、食堂に入れるのは、学校の教員と、ダン校の学生証カードをもっているものだけだ。

 学年順位が上になると、さまざまな優遇措置を受けることができる。


食堂においても学年順位で、

100位以内のものは、3割引き

30位以内のものは、5割引き

5位なら1人まで部外者の同伴可能(本人・同伴者が無料)

4位なら2人まで、

3位なら3人まで、

2位なら5人まで、

1位なら7人まで部外者の同伴可能(本人・同伴者が無料)となっている。


 ヤバイほどの、すごい優遇だ。

 さすがに、日本政府が馬鹿のように大金をじゃぶじゃぶ投入して、ダンジョン科の生徒たちの競争をあおっているだけはある。


 俺と花凛が椅子から立ちあがると、別のクラスである織田結菜ゆいなもやってきた。

なおさま、今日のお昼どうするの?」


「ダンジョン科の食堂に行く。おまえもくるか?」


「行くぅーっ!」



 俺、花凛、結菜ゆいなが、連れだって食堂へと向かった。


 廊下を歩いていると、窓枠の隙間から黒いタール状のドロドロした液体がみ出てきた。黒い液体は、壁をつたって廊下の床までいずるように降りていく。

 やがて、液体が盛り上がり、人の形へと変化していくと、すぐに、13歳くらいの美少女の姿になった。


 翔子2だ。分裂した状態では13歳くらいの年齢になるのが上限のようだ。普段はメイド服姿だが、今は花凛や結菜ゆいなと同じ普通科のセーラー服姿だった。まあ、ぎりぎり童顔で小柄な高校生に見えなくもない。


「こんにちは、ご主人さま。なにか、ご用事はありますか?」


「今、昼飯を食べにいくところだ。翔子2、おまえも来るか?」


「はい。同行させていただきますですぅ!」

 翔子2が、嬉しそうに答えた。


 ダンジョン科の新設の建物の出入り口で、読み取り装置に学生証カードをかざす。扉が開いて、俺達は中に入っていった。


 建物にはいると周囲がぱっと明るくなる。大手ショッピングモールのような明るい照明だ。廊下まで冷暖房完備で、適切な温度になっている。


「うわあ、さすがに新設だけあって建物も新しくてピカピカだねえ」

 花凛が、おのぼりさんみたいに周囲をキョロキョロ見ながら言った。


 建物は公立高校というより、アメリカの大手IT企業のおしゃれなオフィスみたいなデザインだ。


 食堂の出入り口には、駅の自動改札のような装置があって、前に制服の警備員が立っていた。


 警備員は俺達を見て、露骨に顔をしかめた。

「どうして、普通科の生徒がこんなところにいるんだ?」


 警備員は、普通科の制服を着た俺達を見下げた態度で威嚇いかくしてくる。


「この食堂は、ダン校生以外は、立ち入り禁止だ。さあ、行った、行った」

 警備員のおまえまで差別主義者かよ。


「俺は、ダン校の生徒なんだけど?」


「そんなわけないだろ」

 警備員が威丈高いたけだかにらみつけてくる。「ダン校の生徒だというのなら証明証を提示してみろ!」


「はいよ」

 俺は、制服の内ポケットから学生証のブラックカードを取りだした。


 ダン校では、学生証カードまで学内順位によって明確に区別されていた。

 学年順位で、

 5位以内は黒色のブラックカード

 30位まではゴールドカード

 100位まではシルバーカード

 それ以下は、ブロンズカードである。


「ひゃあああっ」

 警備員が変な声をもらした「ぶ、ぶ、ブラックカード???! しかも、学年順位1位ィィィ?! ふわああっ……。……で、でも、その制服は普通科の……」


 驚きすぎだろ。警備員のリアクションが、やたらと大きい。


「俺のこの制服は、校長から直々に許可をとっている。疑問があるなら、問い合わせてくれればいい」


「そ、そうでしたか。これは、これは、当方の不手際により、大変失礼いたしました。ご迷惑をおかけいたしましたことをおび申し上げます」

 警備員の態度は一変していた。急にかしこまって気をつけの姿勢になり、ペコペコとあやまりはじめた。

「本当に、本当に、もうしわけございませんでしたぁー!」

 警備員は腰を直角にまで曲げて、頭をさげている。


「ブラックカードなら、友達も同伴していいんだよな?」


「もちろんでございます。どうぞ、ご自由に入場くださいませ! 今回のわたしの失態、重ね重ね、お詫びいたします。平に平にぃ……」

 警備員は、何度も何度も頭をさげた。


 態度かわりすぎ。

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