第88話

 俺の高校の敷地には、従来なら、完成までに余裕で一年以上かかかるだろうと思われるような建造物が、3週間とかからず、たちまちのうちに建ってしまっていた。

 大宮司建設の工法はどうなってんだ?


 ちょっとした競技場並の巨大な体育館。近未来的なデザインの豪華な食堂。200インチ液晶ディスプレイが備えたデジタル化された教室。各種トレーニング施設。シャワールーム。ホテルのような寮施設。スポーツトレーナーの資格をもったスタッフがいるマッサージルーム。医師免許をもった本物の医者と看護師が常時待機している保健室……、etc.

 普通の公立高校ではありえないほどの豪華な設備だ。日本政府が莫大な金をかけて、ダンジョン科に期待しているのがよくわかる。当然だろう。日本の領土はダンジョンから出てきた魔物に侵食されつつある。特にB市では、魔物たちのスタンピードがおこり、町ひとつが魔物の廃墟と化した。魔物と戦えるダンジョン・ハンターの育成は急務だった。


 すぐにダンジョン科の生徒たちが、俺たちの高校に通いはじめた。


 昼休みだった。


「おらおら、道をあけろ。ダンジョン科さまのお通りだ!」

 3人のダンジョン科の生徒たちが、普通科の教室が並んだ廊下の真ん中を、我が物顔であるいていく。

 ダンジョン科と普通科の生徒は、制服が違うのですぐにわかる。

 1人の普通科の女生徒が、おしゃべりに夢中になって、道をあけるのに遅れた。


「ほら、どけよ、邪魔なんだよ! ごらぁっ!」

「きゃあっ!」

 ダンジョン科の坊ちゃん刈りの生徒に、かなり強く身体を押され、女生徒が跳ね飛ばされるように床にたたきつけられた。


「普通科のくそ雑魚くせに、ダンジョン科さまの通り道を邪魔してんじゃねえよ、馬鹿野郎っ!」


「そうだ、そうだ!」

 坊ちゃん刈りの仲間のマッシュルームカットの男が言った。「ちょっとは、身の程をわきまえろよ。俺達はダンジョン科の中でもBクラス。つまり上位クラスなんだよ。同じダンジョン科でさえ、下のものは上のものに敬意を評して、道をあけるほどなんだ」


「ましてや、普通科なんか、ダンジョン科のエリートを見たら、おそれおののいて、脇によけて土下座くらいするもんだろ! 普通科のおまえらごとき、俺達の顔を拝むことさえおこがましい」

 ダンジョン科の3人目の男は、金●恩そっくりの小太りのチビだった。


「ご、ごめんなさい」

 絡まれた女生徒は、泣きじゃくりながら、平謝りにあやまっている。


「どうした、おらっ。めそめそ泣いたら、許されるとでも思ってんじゃないだろうな! ダメなもんはダメなんだよ」

「普通科なんてもんは、人間じゃねぇ!」

「ダンジョン科さまの邪魔してんじゃねえぞ! おら、おら、おらっ!」

「きゃっ!」

 3人は、地面で土下座している少女の身体を、げしげしと蹴りはじめた。


「おい、いくらなんでもやりすぎだろ。相手は女の子だぞ!」

 細田という名前の普通科の男子生徒が前にでて、女生徒をかばうように立ちふさがった。


「なんだと、こらっ!」

「普通科のくせにイキってんじゃねえぞ」

「俺達に口答えしようってんのか! てめえ、こんどダンジョンに入ってきたら、ぶっ殺してやるからな」

 3人の攻撃の矛先が、女生徒から細田へと向かう。


 攻撃がさらに過激なものになっていく。


 全員ではないが、ダンジョン科の生徒の多くには、他にない非常に特殊な面があった。


 目につくのは、エリート意識だ。自分たちは全国から選抜された特別な人間だという思いがとても強い。それは一番下のFクラスでも変わらなかった。

 だから、自分より下の人間は徹底的に見下す。そして上の人間には、嫉妬意識をあからさまにするか、みじめなくらいヘコヘコと媚びへつらうかになることが多い。本当になさけない連中だ。


 ダンジョン科というだけで、まるで貴族のように扱わなければならない。クラス順位が一つでも違うと、下のものは上のものを、徹底的に丁重に扱わなければならないと信じこんでいるのだ。


 しかも、日本政府や学校自体が、ダンジョン科の生徒たちのエリート意識や、学年順位・クラス順位をあおって、競争を活性化させようとしている。それにともない、差別意識はさらに助長されていた。

 その弊害が、顕著にでている。


「ご、ごめん。許してくれ。これからは、他の普通科の生徒たちにも、ちゃんと道をあけるよう言っとくから」

「いまさら、遅えんだよ」

 細田の謝罪に、坊ちゃん刈りがさらに蹴りを加える。


 ダンジョン科3人と細田の回りには、普通科の生徒たちの人垣が遠巻きにできていた。誰も細田を助けようとはしない。当然だ。普通科の人間では、ダンジョン科の奴らに勝てるわけがないからな。下手に助けにはいれば、今度は自分が攻撃されるのがわかりきってるから、助けにはいれないのだ。


 俺は移動教室から帰ってきたところだった。ペンケースの中から硬めの砂消しゴムを取り出すと、パチンコ玉くらいの大きさにちぎった。

 ちぎった消しゴムを右手の親指と人差し指の間にはさむ。

 俺は、人垣の中にはいっていった。俺は普通科の制服を着ていたから、普通科の生徒の群れにはいれば、それほど目立たない。そのまま、人垣の隙間から親指の力で、砂消しゴムの小片をはじきとばす。


 いわゆる、『指弾』という奴だ。


 俺の弾いた消しゴムが、拳銃の弾丸のように坊ちゃん刈りのケツに命中した。


「ぎゃあああっ!」

 突き刺さった場所から血飛沫ちしぶきがあがり、坊ちゃん刈りが悲鳴をあげた。


 間をおかずに、続けて2発、指弾を発射する。


「うぎゃあああっ」

「ひいいいいっ」

 マッシュルームカットと、チビデブの身体にも砂消しゴムがめり込む。


「「「痛い、痛い、痛い!」」」

 ダンジョン科の3人が痛みにのたうち回る。


 人は簡単に痛めつけるくせに、自分たちは、めっきり痛みに弱いようだ。意気地いくじがなさすぎる。


 傷は加減してある。回復ポーションを飲めば、すぐに完治する程度だ。市場価格で一本数十万円はするけどな。


「だ、誰がやりやがった?! ちくしょーっ、覚えてろよーっ!」

 坊ちゃん刈りが、傷ついた尻をおさえながら、悲鳴のように叫んだ。


 俺は答えず、そのまま自分の教室へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る