第87話
連休が終わって、学校に登校した。
校門のところまで来る。
「わあー、何が起こってるの?」
いっしょに登校してきた花凛が声をあげた。
少子化で生徒数が減り、使用されていなかった旧校舎が跡形もなくなっていた。さらに、あたらしい建物を建てるための足場が組まれている。
それどころか、学校の隣にあった公園も遊具が取り払われ、なにか巨大な建造物を建てようとしているようだ。
☆☆☆
昼休み、校長室に呼ばれた。
俺の学校の校長は、サカヤキの形に頭のはげた、白髪のじいさんだ。
「やあ、やあ、神崎くん、よく来てくれたね!」
校長は、まるで重要人物でも迎えるように、校長室の扉をひらいた俺を出迎えた。
「さ、さ、こっちに座ってちょうだいね!」
校長は部屋の応接セットのソファーを指ししめす。その表情は、この上もなく良いことがあったかのように、嬉しそうだ。
「いつになく、ニッコニコじゃないですか。いったい、なにがあったんです?」
「え、そんなにうれしそうにしてるかなあ? いつもどおりだと思うんだけど……」
校長は、とぼけて知らん顔をしたが、あいかわらず喜びを押さえきれないといった表情だ。
「で、今日は、また何ですか? 約束どおり、『国立ダンジョン専門高等学校』の選抜試験は受けましたよ」
「そうそう、それね!」
校長は、さらに嬉しそうに目をキラキラと輝かせた。応接セットの対面のソファーから身を乗り出して、俺に顔を近づける。鼻息まで荒くなっていた。「ほんとうに、すごかったよ、神埼くん。選抜試験の受験者は、ダンジョン探索能力で全国でもトップクラスに優秀な猛者たちだ。その中で一位合格なんて、とんでもないことだよ! わたしも、君の学校の校長として鼻が高いよ。オーホホホ!」
「で、その話は、もう終わりじゃないですか。合格、不合格にかかわらず、俺はこの高校からは移らない。ただし、カタチだけは選抜試験を受ける。その代わり、特別な単位取得方法を校長から申請してもらう、って約束だったはずです」
「うんうん。そうだね、そうだね。君の言うとおりだよ。神崎くんは、この学校から移らなくていいんだよ! 高校は3回留年して、合計6年間いることができるから、期限いっぱいまでの6年間、ずっと、この学校に通ってくれていいんだよ!」
それは嫌だ。
「じゃあ、とりあえず、これを渡しておこう」
校長が、一枚の黒いカードを差し出した。クレジットカードの大きさで、ICチップが埋め込まれている。
カードには、『学年順位』とあり、その後に、でかでかと『1位』の文字が印刷されてあった。
「なんですか、これは?」
「これは、『国立ダンジョン専門高等学校』の生徒であることを表す学生証カードだよ」
「いや、だから、俺はこの学校から移らないって約束だったはず」
「うんうん、神崎くんは、この学校から移らなくていいんだよ! しっかりと、6年間いっぱいまで、高校生活を満喫してね!」
だから、留年は嫌だって。
「高校を移らないのなら、そのカードはいらないはずですよ」
「いや、いや、神埼くん。高校は移らなくていいんだよ。なにせ、この学校が『国立ダンジョン専門高等学校』になることになったからね!」
「え?」
「この学校が『国立ダンジョン専門高等学校』になることになったからね!」
「え?」
「この学校が『国立ダンジョン専門高等学校』になることになったからね! アハハハハハハ!」
校長は、喜びいっぱいの顔で笑い声をあげる。「いやー、水面下で新設校の誘致合戦が行われてたんだがね、神崎くん!」
「…………」
「我が校は、近くに、初心者向けのダンジョンがあったり、あたらしい施設を建てる敷地が確保できたりなど、誘致合戦では、いくつかの条件で有利だったんだ。そのうえに、この学校に新設校を誘致できた最後の決め手となったのは、なんだと思う?」
「…………」
「神崎くん、君だよ。圧倒的な成績で選抜試験を1位合格した。君が通っているようなダンジョンが近くにあるなら、他の学生のレベリングにもいいだろうということで決まったんだよ!」
「…………」
「ありがとう神崎くんっ! 本当に感謝してるよおおおっ!」
校長は満面の笑みで、俺の両手をつかんで上下にふる。
「選抜試験を受けてない、この学校の生徒たちはどうなるんです?」
「彼らは普通科として、いままでどおり、この学校に通うことになる。そして、この学校に、新たに『国立ダンジョン専門高等学校』として、『ダンジョン専門科』が新設されることになったんだ!」
「…………」
それで、学校の敷地内での大規模工事というわけか。
「でも、あの工事、間に合うんですか?」
「なんでも、大宮司建設の最新技術が使われているそうだ。突貫工事で、建造終了まで一ヶ月とかからないらしい」
とんでもないな。違法工事とかしないと無理じゃないのか、それ?
大宮司グループがらみなら、建物に大量の監視カメラや録音マイクが仕掛けられているだろうな。
「どうだい、素晴らしいだろ? 神崎くん。『ダンジョン専門科』では、生徒たち同士で激しく競争してもらうことになるようだ。成績により学年順位も激しく入れかわることになる。そのかわり、順位が上の者にはさまざまな特典が与えられるんだ! どうだ、わくわくするだろう?」
「俺は、普通科でいいですよ」
「えー、だめだよう。神埼くんは、一番優遇される『ダンジョン専門科』のAクラス決定だよ! 専門科はAクラスからFクラスまでの6クラスになる予定だ。Aクラスでは、ダンジョン探索のための徹底的な英才教育が行われるんだよ。今やトップクラスのダンジョン・ハンターともなれば、一ヶ月で数億円を稼げるような国民的大スターだ。そんな大スターへの道が開かれるんだよ。どうだ、わくわくするだろう?」
まったく、わくわくしないんだが。
いくら専門的なことを教えるといっても、ゲーム『ファースト・ファイナル』の知識と加護のある俺に教えられるような教師なんているとは思えない。Aクラスなんて、まったく興味がわかなかった。
「一方で、Fクラスは、ほとんど普通科と変わらない授業になる。ごく一部の選択授業で、ダンジョン探索のための教育が行われる予定だ。そこは競争だね。学年順位が変わったら、クラスも変えることができるんだ」
「いや、そういうの全く興味ありませんから。今までどうりのクラスでいいです」
「えー、そんなのもったいないよー。日本政府もこの新設校に期待して、莫大な予算を投入してる。学年順位1位となれば、従来ならありえないほどの特典が得られるんだよー」
「いや、従来のクラスでおねがいします」
「じゃあ、ダンジョン専門科のFクラスでも、在籍してよ、神崎くん。おねがいだからー! このとおりだ!」
校長が両手をあわせて頭をさげた。「政府から学校に無理難題が課せられたとき、できそうなのは神埼くんだけ、みたいなことになるかもしれないからー。おねがいだよおおおー! 一番下のFクラスなら、いままで通りのクラスで授業を受けてもらって、ごく一部の選択科目だけが別の授業になるから。もちろん、特別な単位取得方法の申請もさせてもらうよぉー」
校長が涙ながらに俺の手をつかんで、必死な表情になった。
ちょっと哀れっぽい表情になる。
まあ、国が力を入れて大金を投じているあたらしいダンジョン専門科設立のプレッシャーは、校長としてもかなりのものがあるのかもしれない。
そのとき、校長室の扉をノックするものがあった。
「だれだね?」
校長が返事をすると、扉が開いて、高校の事務員のおばさんが顔をだした。
「校長、豊菱制服株式会社の福崎という方がいらっしゃってますが」
「ああ……、通してくれ」
ビジネススーツをビシッと決めた中年男が入ってきた。
「営業マンの福崎と申します。よろしくおねがいします」
「なんだね、今日は?」
「新設校の制服のサンプルができまして、校長先生に見ていただこうと思いまして」
福崎という営業マンが、持ってきたスーツケースから男女用で2着の制服を取り出し、応接セットのテーブルの上にひろげた。
その制服は、異世界もののアニメの魔法学園なんかに出てきそうな変わったデザインだった。
生地や仕立てを見ても、かなり高価そうだ。
ちなみに、この学校の従来の制服は、昔ながらのオーソドックスな詰め襟とセーラー服だ。
「どうですか? 校長先生、このデザインは? やはり新設校の制服は、弊社のものを採用していただけませんか?」
「どうしよっかなぁ~……」
校長はとぼけるように、天井を見た。
「詳しい商談は、のちほど、弊社いきつけの高級キャバクラでいたしましょう。いいキャバ嬢紹介しますよ。オッパイが大きくてカワイイんですよ~。高価なボトルを注文したら、オッパイちょっとくらい揉んでも怒らないし」
「あはははっ……、そう? 制服の採用のほう、ちょっとばかし考えてみちゃってもいいっかなぁ~」
……おい、ハゲジジイ。
もう、校長には敬語つかわない。俺は、かたく心に決めた。
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