第85話


「これで、どうだっ!」

 花凛が三角絞めに力を入れる。


 花凛の生太ももの感触は、かなり名残惜しかったが、男としてもいつまでもやられてるわけにもいかない。


「そんな技は俺には効かないよ」


 俺は首に太ももを巻きつけた花凛の身体ごと、上半身を起こす。


 花凛を肩に抱えたまま俺が立ち上がった。


「わあっ!」

 花凛が声をあげた。


「これでどうだあっ!」

「きゃあああっ!」

 そのまま、花凛の身体を両手で持ちあげ力いっぱい床に投げ落とす……、ふりをしながら寸前でソファーの上に、ゆっくりと降ろした。


 ソファーにちょこんと座ったかたちになった花凛は、とまどったように目をパチクリしている。

「……わたしの三角絞め、決まってなかった?」


「ちゃんと、決まってたよ」


「じゃあ、どうしてなおくんは平気なの?」


「花凛程度の力じゃ、今の俺の身体にダメージを与えることはできないよ」


「ふんっ。そんなことわからないもん」


「いくらやったって、花凛なんかの技なんか効かないよ。くひひひひ……」


「あー、また馬鹿にしてぇ」


 絨毯の上に座り込んだ俺に花凛がのしかかってくる。


 俺が仰向けに倒れこみ、花凛が俺に馬乗りになった。

「これ、マウントポジションって言って、圧倒的に有利なポジションなんだからね」


「それはどうかな」

「きゃっ」

 俺は力まかせに体制を入れかえた。


 俺が上側で横四方固めサイドポジションになって、花凛をおさえつける。


 花凛がのがれようと、もがいた。


 しばらく二人で取っ組み合いを続けていたが……


 ……なんか、いろいろとこすれた。おっぱいとか、おっぱいとか、おっぱいとか……


 なんだか、エッチな気分になってくる。


 俺の顔のすぐしたに花凛の顔があった。唇と唇は十センチもはなれていない。


 見れば、もみあっているうちに花凛のメガネがはずれていた。本当に美人さんになった。花凛の顔も上気したように赤らんでいる。


 花凛のつややかな唇が近い。

 その顔がとてもかわいくて……


 チューくらいいいよな。


 小学校にあがるまえの幼稚園時代、花凛とは何度も一緒に風呂にはいったり、毎日チューしたりしてたものだ。


 俺が顔を近づけると、花凛も察したのか、瞳をうるませながら目を閉じた。


 唇と唇があわさりそうになる……



 と……


 ふと、視線を感じた。



「わあああっ!」

 俺が飛びあがった。


 織田結菜ゆいなが、庭に面したリビングの大きなガラス窓に、全身をべったりと張りつかせて、こっちをじっと見つめていた。



  ☆☆☆


「…………」


 俺の家のリビングだった。

 俺と花凛が横にならんでソファーに座っていた。


 俺のすぐ前の床の絨毯の上には、結菜ゆいなが正座をしたまま首をすくませている。




「なんだ、おまえは?! 人の家に勝手に入ってきやがって」


「そっ……、それはその……」


「門には鍵がかかってただろ。どうやって入ってきた?!」


「…………」


「どうやって入ってきたって聞いてるんだ」


「……あれくらいの低い門なら、簡単に乗り越えられるから」


「乗り越えんなっ!」

「うっ」

 俺が怒鳴ると、結菜ゆいなは正座したまま、さらに身を縮こまらせた。


「おまえ、何してたんだ?」


「……なおさまを」


なおさま?」


「早瀬さんが、神崎のことなおくん、って言ってるから、あたしは『直さま』呼びがいいかなーって……」


「…………」


「…………」


「で、何故うちの庭にいた? 目的は?」


なおさまと結菜ゆいなの愛の観察日記を……」


「え?」


なおさまと結菜ゆいなの愛の観察日記を後世に書き残すために、なおさまを観察してたの……」


「愛の観察日記? なんだ、そりゃ?」


なおさまと、あたしが熱烈に愛しあった、熱い恋の詳細な記録を残しているのよ」


「織田さん、それ、ただのストーカーだよっ!」

 花凛が叫んだ。


「でも、なおさまと、あたしの熱烈な恋の記録を歴史に刻まないと……」


「熱烈に愛しあった事実はないから。それ、捏造ねつぞうだからっ!」

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