第82話

 ピエロはムキになった顔で、次々に攻撃を繰りだしてきた。俺は、その攻撃をすべて完璧かんぺきかわしていく。


「これが、わたくしの回転斬りですーっ!」


「その動きは知ってる!」


「大ジャンプ強攻撃っ!」


「その動きも知ってる!」


「ええいっ……。目にもとまらぬ連続攻撃です!」


「それ、さっきやっただろ? もうネタ切れか? そういや、おまえは、攻撃パターン少なかったな」


「おかしいですよ! ど、どうして、変幻自在のわたくしの攻撃が、まったく当たらないのですかっ! ありえないことです!」


「おまえの技など、とっくに全て見切っている」


 ゲーム『ファースト・ファイナル』にでてきた、ピエロの姿をした魔物『ゲームマスター』は、まるで意思を持ったように自由に話していた。そこは、決まり切ったことしか言わないゲームと違っている。

 だが、こいつの戦闘時の動きは、ゲームのまんまだ。NPC魔物の動きを見切ることくらい、俺には簡単だった。


「なぜだ! なぜ、あたらないぃぃぃっ!」

「じゃあ、そろそろ決めさせてもらうわ。あばよ」

 俺は言って、剣をふるった。


「ぎゃあああっ!」

 ピエロは断末魔の声をあげる。スローモーションのように、ゆっくりと床に崩れおちた。

 ピエロは床にうつ伏せになり、絶命する。


 メガネ少年は、崩れおちたピエロを呆然となって見ていた。


「とりあえず、おまえも殴っとくぞ」


「ぼ、僕は……」


 バキッ。


 顔面を殴られたメガネ少年が、後ろの部屋の壁まで吹っとんだ。メガネが割れた少年は、白目を向いて倒れた。口から泡をふいて痙攣けいれんしている。



 俺は、翔子のバフ魔法『遠隔通信』で、碧佳あおかに話しかける。


碧佳あおか、朝風エリカの正確な居場所を教えてくれ」


『了解。検索中……、わかった。そこからすぐ奥の部屋にいる。部屋にいるのは、菊地組の組長、組の若頭、闇金業者、そして朝風エリカの4人。完全防音の部屋なので、まだあるじさまの襲撃には気づいてない』



  ☆☆☆

  【三人称、闇金業者の視点】


 畳敷きの和室に4人の人物がいた。


 朝風エリカは、学校から帰ってきてすぐのところで借金取りのヤクザたちに連れてこられた。そのため、服装はセーラー服のままだ。


 50歳近いヤクザの組長が、朝風エリカの身体をジロジロ見まわして、いやらしそうに笑う。

「……しかし、いい世の中になったもんだな。ぐひひひ」


「本当に、ダンジョンが突然あらわれて、わたくしどもも金がガッポガッポでございますわ」

 闇金業者が、こびを売るように愛想笑いをした。


「金さえだせば、素人の女子高生を性奴隷にできる時代がくるとはな……」


「本人に聞いたら、今まで男とつきあったことがないそうです。処女ですよ。正真正銘の処女です!」


「最高だな。誰にでも抱かれるような商売女は、もう飽きたわ。しかも、この女、なかなかの上物だ」

 朝風エリカの容姿は、トップクラスではないものの、決して悪くはない。普通の高校にいれば、上の中くらいには、十分に入る美少女だった。


「この娘のオヤジのほうが、闇金に手を出したのが運の尽きですね。まあ、オヤジのほうには、ほとんど価値はありませんでしたけどね。オヤジだけなら、金なんか貸さなかった。どうせ、とりっぱぐれるのがわかってましたからね。この娘がいたから貸したんでさあ」


「でかしたぞ。うひひひ……」


「いいえ、とんでもございません。組長にケツモチしてもらってから、闇金で、たんまり儲けさせていただいてますんで。やっぱり闇金は、ちゃんとしたバックがあってこそ、取り立ての追い込みがうまくいくってもんでして」


「おまえも、そうとうな悪だのお」

「いえいえ、菊地の組長さまにはかないません」

「「うははははっ!」」


 二人して高笑いしたあと、 組長がいやらしい顔つきのまま、エリカの手首をとった。自分に近づくようにひっぱる。


「さあ、女、エリカといったか? もうちょっとこっちにこい」


「いやあああ。許してください」


「よいではないか。よいではないか。ぐひひひ……」

 脂ぎった組長の顔が、朝風エリカの顔に近づく。組長が無理やりエリカの唇にチューをしようとしたときだった。


 部屋に耳をつんざくような轟音が鳴りひびいた。



 装甲が施された防音扉をぶち破って入ってきたのは、白銀色のフルプレートの人物。中世風の騎士のような、フルフェイスのヘルメットを被っているので、顔は確認できない。


「ひゃああっ」

 突然の乱入者に、闇金業者が間のぬけた悲鳴をあげた。


「なんだ、てめえはっ!」

 組長は驚きの表情のまま、さけんだ。

 さすがにヤクザだけあって、すぐに床の間に飾ってあった日本刀に飛びつく。


 組長は日本刀を抜きながら言った。

「他の組員らはどうした?」


「全員始末した」

 フルプレートの男が厳然げんぜんと応じる。


「ありえねえ!」

 組長が叫ぶ。「しかも、その扉は、装甲扉だ。簡単に破壊できるような代物じゃないぞ!」


「俺をこんなチンケな扉で、はばもうとしてもムリだ」


戯言ざれごとを! てめえ、こんなことをして、ただですむと思ってんのか? 返答次第じゃ、小指エンコつめたくらいじゃすまねえぞ!」

 組長の言葉は、何度も修羅場を抜けてきた百戦錬磨のヤクザの威嚇いかくだった。


 しかし、フルプレートの人物はみじろぎもしない。


「てめえ、ここは天下の菊地組の組事務所と知っててやってんのか?! ダンジョンの中じゃ、警察の手も及ばねえんだ。この場で斬り殺してやるから覚悟しやがれ!」

 日本刀を手にした組長がフルプレートに襲いかかる。


 その瞬間、見ていた闇金業者には理解できないことがおこった。

 フルプレートの男が、一瞬でワープするように動いたのだ。


 気づくと、フルプレートの籠手ガントレットでつつまれた左手が、組長が持つ日本刀の刃を握りしめていた。


 動画のコマが途中で、何フレームも飛んだと錯覚するような動きだった。


 現実にはそんな動きをすることはありえなかった。

 フルプレートの動きが、あまりにも速すぎて、闇金業者の動体視力では捕らえられなかったのだ。


「は、はなしやがれっ!」

 組長は、必死で少年の左手から日本刀を引きはなそうとする。が、日本刀は万力で固定されたように微動だにしなかった。

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